第34話 「……森で何かあったのかな」
防水布工房を見学した翌日、朝早くにセイクリッド公爵一行は旅だった。もともと昨日には帰るつもりだったのが、ウィル様の要望により一日滞在が延びてしまったのだ。遅れを取り戻すために、かなり早い時間に出発された。
ウィル様はできればうちに残りたいようだったが、新年祭には領主城で臣民の挨拶を受けなければならないそうで、渋々と馬車に乗りこんでいった。
春になったら僕らがセイクリッド公爵領へ訪問することになるので、すぐ会えるんだけどなぁ。
メアリーアンとは文通の約束をしていたので、このふたりも本当に仲良くなったものだと思う。貧乏子爵家とも気さくに接してくれるウィル様は、本当に良く出来た子だ。
さて、ウィル様たちを見送って、僕らの生活も日常に戻った。
僕は朝食をとると、装備を調えてさっそく冒険者ギルドへと向かった。もちろん馬車はお父様が農地を巡るのに使うので、僕は使えない。体力作りがてら走って移動だ。
ギルドに着く頃には朝一の喧噪はすでに通り過ぎ、ロビーはかなり落ち着いていた。
とはいっても、まったく人が居ないわけじゃない。
あまり依頼を選ぶ必要がない――腕に覚えのある冒険者は、このくらいの時間に依頼を受けに来ることもあるからだ。
僕がギルドに入ると、そんな冒険者たちの視線が向けられる。だいたいは好意的なのは、お父様が自分の研究生活を返上して領の立て直しに奔走しているおかげだろうか。
目が合った者はぺこりと軽く会釈し、おはようございます、と挨拶もしてくれる。無視するのもなんなので、僕も会釈で返した。
貴族的なマナーとして、身分が下のものから声をかけるのはマナー違反とか、まあいろいろあるけれども、僕のような木っ端貴族が平民相手に威張り散らしてもみっともないだけだ。そもそも冒険者としてギルドに来ているのだから、彼らの流儀に合わせて交流するのが当然だろう。
そんなわけなので、声をかけられたら言葉を交わすこともあるのだが、大抵相手は限られていた。
「坊ちゃん、おはようっす。今日は狩りっすか?」
「おはよう、ショーン。ライルとミーナも久しぶりだね」
「お久しぶりです、リオン様」
「ご無沙汰しております」
掲示板を見上げていたら、B級冒険者のショーンが声をかけてきた。ショーンの後ろには「鋼の心臓」のパーティーメンバーのうち二人がいる。リーダーで大斧使いのショーン、剣士のライルと、平民としては珍しい戦闘魔法使いのミーナだ。このパーティーにはもうひとり、斥候役をになっているサイという青年がいるのだが、その姿が見えない。
「サイは一緒じゃないの?」
「ああ、ちっとギルド長に呼ばれてまして」
「……サイが?」
サイは遙か東の果てにあるという島国出身の寡黙な青年で、とても生真面目な性格だ。問題を起こして呼び出された、というわけではないだろう。
「オレらもまだ詳しいことは聞いてねぇんですが、呼ばれたメンツ見るに、探知や索敵が得意な奴集めてなんかしてぇみてぇですね」
「……森で何かあったのかな」
「どうなんでしょー。うーん。でも確かにここのところ、森の奥に行くと背筋がざわざわするっていうか、妙な感じはあるんですよねぇ」
「そうかぁ? オレはなんも感じなかったがなぁ」
「私も特には……。森の奥は強い魔物が多いので、いつもあのようなものではないかと思うのですがね」
ショーンとライルは特に感じるものはなかったようだが、ミーナの発言は気になった。
「いや。魔法使いのミーナが異変を感じたなら、何かあるのだと思う。サイたちは上に?」
「そうっす」
上……ギルドの二階は資料室や倉庫の他に、会議室とギルド長の執務室がある。執務室は書類やバーデンがため込んだ魔物素材やらガラクタやらで足の踏み場もないはずだから、人を集めたなら会議室だ。
ただのE級冒険者なら気にせず依頼を受注して森に入るところだろうが、領主の跡取り息子としてはそうはいかない。他のことならともかく、魔の森のことなのだから。
「わかった、ありがとう。ちょっとバーデンに聞いてくる」
僕はショーンたちにお礼を言って、二階に向かった。すると何故か彼らも着いてくる。どうやらサイ抜きで狩りにいくのもなんだからとヒマを持て余しているようだ。
まあ別にいいんだけどさ。
「バーデン、入るよ」
一応ノックして、会議室のドアを開ける。すると室内の視線が一斉に僕に集まった。鋭い気配は一瞬にして霧散する。
真っ先に立ち上がって言葉を発したのは、バーデンだった。
「リオン坊ちゃん? どうしたんですか」
「冬前の狩りに来たら、バーデンが斥候たちを集めてるって聞いたから。森に何かあったのかと思ってね」
「ああ……。耳が早いですねぇ。ちょうど調査隊を編制して、結果が出てから領主館にお知らせするつもりでいたんですが……」
冒険者ギルドの理念は本来、独立独歩。王や領主といった権力とは異なる立ち位置にあり、王都や大都市などでは反目しあうこともたびたびある。が、こんな辺境の領地ではそんなことは言っていられない。
平時はともかく、有事の際は領主が率いる領兵隊とギルドの冒険者が一体となってコトに当たらなければどうにもならないのだから。
「それで、何があったの?」
「どうもここ数日、魔の森の魔物が活発化してるようなんです。昨日なんか、浅層で中層の魔物が出まして。幸いガトーのとこのパーティーが通りがかって、無事討伐はできたんですがね」
「浅層で?」
「おいおい、マジかよそりゃあ」
この話は初耳だったのか、ショーンが驚いて口を挟んだ。バーデンとともにテーブルを囲んでいた三人のうち、一人がこくりと頷く。
この街唯一のA級冒険者であるガトーだ。「銀狐」というパーティーを率いるリーダーで、戦闘魔法使いでもある。
ガトーの隣に居るのはB級冒険者パーティー「花風」の斥候であるリィン。魔力は少ないが、猟師の娘で、魔法に頼らない索敵能力に優れていると評判だ。
いずれもブルウッドのギルドで指折りの実力者が集められていて、ギルドが事態を重く見ているのがよくわかる人選だよね。それも当然か。浅層なんて、冒険者でもない平民だって出入りする場所なんだから。
「ご無沙汰しております、リオン様」
「うん、久しぶり。ガトー。リィン、サイも」
立ち上がってぺこりと頭を下げてくる三人に、気にせず座るよう促す。
本当ならみんな年上で冒険者としては大先輩なのだから、僕が敬語を使うべきなのだろうけれど……。去年冒険者登録したばかりの頃にそれをしたら、やめてくれと言われちゃったんだよなぁ……。銀狐も花風も、他の土地からブルウッドに流れ着いたパーティーだから、余計に領主家相手には構えてしまうんだろう。
こんな木っ端貴族にかしこまらなくてもとは思うけれども、まあ僕らに気さくに接するのに慣れて、他の土地で貴族相手にうっかりやらかしてしまったら首が飛びかねないもんね。最近はそう聞かなくなったけど、昔はちょっとしたことで貴族侮辱罪で平民が処刑されるとかよくあったわけだし。
「この面子を集めたってことは、これから彼らに森の奥の調査に行ってもらうのかな?」
「その予定です」
「んー。それじゃあ僕も一緒に行ってもいい? この中なら僕が一番魔力が多いんだし、広範囲に探査魔法かけられるよ」
冒険者としての戦闘能力は彼らの方が圧倒的に上だけれど、唯一魔力量では貴族の僕の方がずっと多いのだ。ガトーあたりは貴族家の出身じゃないかなぁ、と思うのだが……。それでもあまり魔力は多い方ではなさそうで、家族の中で一番魔力が少ないお母様よりも少ないし。
「いや、しかしそれは……」
「中層まではひとりでも行っていいってマロウ卿に許可を得ているし、ガトーたちが護衛してくれるなら深層まで行っても大丈夫でしょ」
「しかしですねぇ……」
「ギルド長、懸念は解りますが、リオン様が探査魔法を使ってくださるなら、それが一番確実でしょう」
「そうよ。万が一スタンピードの兆候だったら、少しでも早く情報を掴まないと、あっという間に街ごと滅んでしまうわ」
「……」
ガトーとリィンにとりなされ、サイにも無言で頷かれ、ギルド長はうむむと唸った後に折れた。
「せめてマロウ卿に一報したほうがよいのでは……」
「ビクターおじさん、今日はセイクリッド公爵様たちを街道の途中まで護衛しに行ってるし、お父様は収穫祭の件で各村を回ってるから不在だよ。時間がもったいないから、すぐに行こうか」
「はっ」
「はい!」
「うっす!」
「あぁぁぁ……っ!」
冒険者たちは元気よく返事をし、ギルド長は頭を抱えて呻いた。多分、後からビクターおじさんに睨まれると思っているのだろう。どうせビクターおじさんに知らせたところで、やることは変わらないのにね。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




