第33話 「すげぇ、坊ちゃんがちゃんと貴族に見える!」
「あれっ、リオン坊ちゃん!? すげぇ、坊ちゃんがちゃんと貴族に見える!」
冒険者ギルドの真ん前で、とても失礼なことを大声でのたまったのは、スキンヘッドの厳つい大男だった。
名をショーン。Bランク冒険者パーティー「鋼の心臓」のリーダーである。
「どういう意味かな、ショーン」
「どうもこうも、言葉通りっすよ。いつもと違ってお貴族様らしい一張羅なんて着ちゃって。どうしたんすか? あれ? 領主様まで?」
ショーンは僕に声をかけたあとに、お父様やメアリーアンの姿があることに気付いたようだ。
うん。ちょうどたった今、ふたりも馬車から降りてきたところだからね。
そうしてその後ろにウチのオンボロ馬車とは比べものにもならないほど立派な馬車が続いて止まったので、ショーンはあんぐりと口をあけて固まってしまった。
「今日は商談の為に、お客様の案内をしているんだ。防水布の大口取引になりそうでね」
「……! そ、そうっすか。そりゃあ、大事な仕事だ。邪魔してすんません」
防水布事業は、引退した冒険者の救済も兼ねた事業だということは、ブルウッドの冒険者は皆知っている。だからその為にお客様を接待する領主の邪魔をすることはないだろう。僕にからかいの声をかけたことを後悔したのか、気まずそうな表情を浮かべるこの男は、見た目は山賊みたいだが実は気の良い男なのだ。ちょっと調子に乗りやすいだけで。
後ろに控えているパーティーメンバーから咎めるような視線を向けられて、ショーンはそそくさと立ち去ろうとしたのだが、その前にお客様の方がこちらに興味を示してしまった。
「リオン、知り合いかい?」
「はい。知り合いのBランク冒険者のショーンです」
「Bランク冒険者!」
「ショーン。こちらはセイクリッド公爵家の嫡男、ウィリアム様だよ」
「いや、オレごときに紹介するこたなくねぇっすか!?」
冒険者のランクの中でもBランクはかなり上の方で、凄腕のベテランである。その上のAランクともなれば、現在国内でも数組しかおらず、Sランクともなれば大陸中でも片手で数えるほど。
つまり冒険者に憧れる少年少女にとって、Bランク冒険者は十分憧憬の対象なのである。
その証拠に、ウィル様だけでなく、続いて馬車から降りてきたセイクリッド公爵まで興味深そうな表情でショーンを見つめていた。
「こちらはセイクリッド公爵様だよ」
「ひぃ!」
「やあ、突然お邪魔して済まないね。少々見学させて貰うよ」
「ど、どど、どうぞごゆっくり!」
びしっと直立したかと思えばがばっと深く頭を下げ、ショーンは前を向いたまま後ろに後ずさってパーティーメンバーに合流してしまった。さすがベテラン冒険者。逃げ足が速い。メンバーに「このバカ!」と腕を引っ叩かれながら、ショーンはギルドの中に逃げ込んでしまった。
「……お兄様、意地悪ですよ」
「そんな。ただお客様を紹介しただけなのに」
メアリーアンに呆れた目を向けられたけれど、別に一張羅をからかわれた報復なんかじゃないよ? いや、本当に。
「リオンは冒険者の知り合いが多いのか?」
「それほどではないと思いますが……。一応領主の息子だから、みんな気にかけてくれてるようで、ちょくちょく声をかけてくるんです」
「そうなのか」
ウィル様が何故そんなに羨ましそうなのかがわからない。魔道具が大好きだというのは知っていたが、冒険者にも興味があるのだろうか。そこは公爵様の影響なのかな? 公爵様も興味津々って顔でギルドを見てるし。
「冒険者って荒くれ者のイメージですけど、ブルウッドのギルドのみんな、いい人たちですよ。私が防水布工房に行くといつも歓迎してくれて、果物とか焼き串とかくれるんです」
メアリーアンは嬉しそうに言うが、メアリーアンが歓迎されるのは可愛らしい幼女だからというのと、軽量テントの開発者だからというのが大きいはずだ。メアリーアン発案の防水テント、薄い布が防水加工されることで布地も強化され、テント本体にも換気口をつけたりと工夫されていて快適なのだ。
他にも付属品として、空気を内部に入れて膨らませるエアマットも開発しており、これがあれば野宿の時も柔らかな寝床で眠れると大好評。今ブルウッドの冒険者の間では、メアリー印のテントやマットが大流行していると聞く。
僕はまだ日帰りの討伐しか許されていないから使ったことはないけど、何日も森に籠もって野営しつつ狩りをすることも多い冒険者たちには、今後必須装備になっていくだろう。
……まあ、まだまだ全然、生産数が足りてないんだけどね。
防水布工房を見学し、工房の庭で防水テントや膨らませたマットを設営するところまでしっかりと見て、ウィル様もセイクリッド公爵もふむ、と考え込んでしまった。
「父上、これ……」
「ああ。予想以上だ。馬車の幌くらいしか思いつかなかったが、これは……。我が領の兵はもちろん、王国騎士団もほしがるだろう。春と秋の遠征討伐では、毎年苦労しているからな……」
「王国騎士団ですか?」
「ああ。フィロース子爵、サンプル用にいくつか今日購入させて貰えないか。魔物討伐を担う騎士団は春と秋にそれぞれ一ヶ月ほど王国各地の魔の森に籠もるのは知ってのことと思う。あれはなかなか、辛い行軍なのだ。沼地はもちろんだが、雨が降った時など、ろくに眠ることもできんと聞く」
春と秋の遠征討伐というのは、王家直轄地を中心に、魔の森や山、海など、魔物が多く出る地域に王国騎士団を派遣するものだ。
本来領地の防衛は領主の責任なのだが、うちのような弱小貴族家だと、そもそも有する武力が小さく、負担が大きい。そこで王家の威光を示す意図もあり、王国騎士団が毎年王国各地を巡るのだ。
基本は王家直轄領だが、年ごとに順番に各地に派遣される。フィロース子爵領の場合は、冒険者の取り分が減るので、対象になることは滅多になく、縁はないが。
セイクリッド公爵の領土も魔物被害は少ない立地だから、大遠征を受け入れることはあまりないはずだけれど、王家と近しい間柄だから他人事ではないのだろう。
「ううーん。このテントは個人向けに特化してますから、軍団用には別途考えた方がいいと思います。エアマットはこのままでいいとは思いますけど……。より快適さを追求するなら、コットも作った方がいいかしら。アルミが作れればもっと軽くできるかひゃっ」
ぶつぶつつぶやきながら考え込むメアリーの脇を、肘でつっつく。アルミとやらについては是非聞きたいけれど、今この場にいるのは家族だけではないのだ。
僕の注意に、メアリーアンが慌てて口を両手で塞いだけれど、既にセイクリッド公爵の視線はメアリーに向いてしまっていた。
「レディ・メアリーアン。コットとはどういうものだね?」
「え、ええっと……。組み立て式の寝台、のようなものですわ。まだ構想段階なのですが……。細い鉄か木材で骨組みを作って、丈夫な布を張り、その上にエアマットを敷いて寝れば……地面からの湿気や冷えからより身体を保護できますでしょう?」
「なるほど、それは魔法は使わないわけだから、魔道具ではないのだね。平民の職人でも十分作れそうだ」
今は将校の為に重い木製の寝台を荷馬車で運んでいるそうなので、メアリーアンの言うコットとエアマットで代用できるならさぞ荷を減らせるだろう。
それはわかるのだが……。
「領主様……。今の人数じゃこれ以上の生産は厳しいです」
「わかっている。どうにか増員を……するから……。しばらくは頑張って欲しい……」
お父様の後ろに控えていた工房長が涙目になっていて、お父様も青ざめた顔を引きつらせている。
増員なんて……できるのかなぁ。冬の農閑期に農民を大量投入すればなんとか?
うん……。工房を増やすことになりそうだな。
あ、お父様が胃をさすってる。あとで良く効く胃薬を調合してさしあげたほうがよさそうだ。
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




