第31話 仕方ないじゃないか、買うお金がなかったんだから。
自動車の車体は、メアリーアンが描いた「初期の自動車」を参考にして図面を作った。パレード用の屋根無しで折りたたみ可能な幌がついた馬車を三輪にしたものだ。まず小型のものから試そうということで、二人乗り。御者席をなくし、座席のうちひとつが操縦席だ。隣は助手席で、運転手のサポートの為の席である。
これで試して、上手く動くようであれば、乗客が乗る後部座席のあるタイプも作ってみようということになった。
自動船と違って、自動車は車体から手探りなので、今後も試行錯誤していく必要がある。幸い、セイクリッド公爵は子どもの僕も閉め出さず、実際に車体を作る鍛冶工房との会議の場も設けてくれると約束してくれた。
ただ、セイクリッド公爵領に工房があるため、春になったら僕らがそちらに訪問することになった。これから本格的な冬越しの準備で、各地の領主たちは忙しくなるし、雪で街道が埋まる地域も多いから、基本領地から出なくなる。公爵様も、本来はこの時期とても忙しいはずだ。
「いつも領地に戻ると、父上は家令や代官からの報告を受けて現場視察で領内を飛び回ってるんだ。領内でも北の方は雪深いし、ここよりずっと規模は小さいけど魔の森もあるからね。明日にはもう帰らないといけないんじゃないかな」
公爵家一行の滞在二日目。午前中は僕らもお父様の執務室に呼ばれ、お父様や公爵様と魔道船の改良案や、自動車について会議を行った。昼食のあとは、僕らは自由時間だ。お父様と公爵様は、まだまだ話し合うことがあるらしい。
ウィル様が言うには、明日には帰らなきゃいけないようだし。
「俺としては、できればもう少し滞在したいんだけどな……。ここは興味深いものが多いから」
「ええ? 何もない田舎ですよ?」
「何もなくないだろう! こんな植物見たことないよ!」
メアリーアンが不思議そうに首を傾げれば、ウィル様はお父様の温室をさしてそう言った。
サボッテンやパイーナップは、確かに他ではあまり見ない形態をしている。どちらもアンテック大陸の植物だ。
他にも、ずっと南にあるフィーカという国原産のアロゥエをはじめ、温かい地方で育つ作物は温室に集められていた。中にはカッカオという、メアリーアンが注目している苗木もあるが、これらがまともに育つかは未知数だ。
「お父様が研究してる作物なんですけど、寒さに弱くて。なかなか上手く育てられないみたいです」
「カカオは! カカオだけは絶対量産したいですっ。うう、うちの領土じゃ寒すぎて無理かも……。大規模な温室? うーん、効率悪すぎるわよねぇ。これは輸入したほうがいいかもしれないわ……」
「メアリーアンはこの木の実が欲しいのか?」
「ええ、カカオ豆は美味しいスイーツの原料になるんです。あと油脂分も多くて、保湿に優れていて、保湿クリームの材料にもなります。絶対大量に確保したいです」
「随分と用途が多い作物なのですねぇ」
「原産地では薬として飲用しているはずですよ」
カカオじゃなくてカッカオなんだけど……。まあ、いいか。
温室の隅で観葉植物のようにひっそり存在していたカッカオの木を見つけてから、メアリーアンは何故もっとはやく気付かなかったかとしきりに悔しそうにしている。いろんなものを思いつくメアリーがそんな調子なものだから、ウィル様も、ウィル様の従者のジョセフも興味津々だ。
「昨晩スープにして出したコーンも優秀ですよ。品種にもよりますが、粉末にしてパンも焼けますし、薄く焼いた生地で肉を包んだりしても美味しいし。甘みが強い品種はゆでたり、じっくり焼くだけでもおやつ代わりになるくらいです。アレも油が絞れるんですよね」
コゥンもメアリーアンがずっとコーンと呼ぶものだから、厨房でもコーンで通り始めてしまっている。
「油が? それは凄いな。そのコーンというのも寒さに弱いのか?」
「ううん、多分こっちの大陸でも育てられるとは思いますよ。流石に今の時期は無理ですけど。温暖な気候と日当たりが良くないとダメだったはず……水と、肥料もかなり要るんじゃなかったかしら。だからフィロースじゃコーン畑は無理なんですよねぇ」
「なるほど……。うちの領の南部でオリーブを育てているが、そこでなら育てられるかもしれないな」
ウィル様も、自領のことをよく勉強していらっしゃるようだ。他にも、今日の昼食に出したハンバーグにかけられたトメットのソース……ケチャップっていったっけ。あれがたいそう気に入ったようで、トメットも栽培したいらしい。
畑や温室の見学ついでに、僕とメアリーアンで軽く作物の世話をするのを、ウィル様もジョセフも興味津々で見つめている。言いそうなのに、手伝おうと言い出さなかったのは、昨夜の厨房突撃で僕らがお母様に叱られたせいかもしれない。
本当に、気遣いのできる子だよね。
「さてと、こんなものかしら。ウィル様、この後はどうします? 我が家の見所はもう案内しおわっちゃいましたけど」
「フィロース家の図書室の蔵書量は凄いと聞いたことがある。そちらも見せて貰ってもいいかな?」
「構いませんよ」
温室から出て、母屋へと向かう。道中、修練場の前を通りかかって、ウィル様が「そういえば」と口を開いた。
「リオンもメアリーアンも、今朝随分はやくから外に出ていなかったか?」
「あれ、見てたんですか?」
「いや、起き抜けに声が聞こえた気がして」
「日課の早朝走り込みと素振りをしてたんですよ」
「えっ」
「リオン様はともかく、メアリー様もですか?」
ウィル様もジョセフも、何に驚いているのかと思ったら。なるほど、メアリーアンまで一緒に走ったり素振りをしたりしていたからか。確かに普通、ご令嬢はそんなことしないものな。
「戦闘魔法を学ぶには、まず体力強化からというのが師匠の教えなのです」
「もう戦闘魔法を学んでいるのか!?」
「え?」
「あれ?」
何だかものすごく驚かれている?
ついメアリーアンと顔を見合わせてしまった。ウィル様は僕らの様子に、何か察したように苦笑いを浮かべている。
「一般的な貴族の家では、魔法の訓練を始めるのは十歳を過ぎてからだよ。それまではマナーや文字の読み書きと、基礎的な教養について学ぶものなんだ。幼いうちは魔力の運用が上手くできなくて暴走してしまう危険性があるからね。魔力暴走にも対処できるような家庭教師は人気で、なかなか確保できないし……」
「魔力暴走……!? あっ! だからビクターおじさん、魔力操作がまともにできるまでは生活魔法も禁止って言ってたのね!?」
そういえばそうだった。メアリーアンはオーシスの忘れ物のおかげか覚えがはやく、魔力操作もすぐマスターしたから、生活魔法は比較的はやく解禁されたけれど。おじさんが問題ないと見極めるまでは、おじさんかお父様のどちらかが見てる前じゃなきゃ魔法使うのも禁止されてたんだよね。
戦闘魔法はもっと危険だから、メアリーアンはまだ実際に戦闘魔法の訓練は始められていない。体力作りが先、というのもそうだけど、魔力操作をもっと習熟する必要があるためだ。
「誰に教えてもらっているんだ?」
「我が家の騎士の、ビクター・マロウ卿です」
「そうか、騎士に……。子どもに魔法を教えられるとは、優秀なんだな。しかし、随分はやくないか?」
「あー……」
「ビクターおじさんが、冒険者登録するには初級の戦闘魔法と剣術で最低限の護身ができるようにならなきゃだめって言うんです。それで」
「冒険者……」
「登録!?」
ウィル様とジョセフの顎がかくんと落ちた。
うん、そうだよな……そういう反応に、なるよなぁ……。
貴族から見ると、一般的な冒険者は荒くれ者だもの。貴族の子弟がなる職業じゃない、と言われている。
とはいえ、貴族出身の冒険者、実は結構いるんだけどね……。だって戦闘魔法が使えれば、出世しやすいんだから。ただどうも、貴族にも平民にもあまりいい顔をされないので、出自を隠して登録することが多い、らしい。
僕があんまりにも堂々と冒険者登録したのと、子どもだからというのもあって、ブルウッドのギルドでは好意的に受け入れられてるけれども。領主一家がとても貧乏というのは知れ渡っていたから、平民と変わらないと思われていたってのもあるかもしれないな。
「七歳以上じゃないと登録できないそうなんで、私はそれまでに戦闘魔法を覚える予定なんです。お兄様はもうEランクなんですよ!」
「リオンはもう冒険者登録してるのか!?」
「あー……ええ、まあ。魔道具の実験用に魔石や魔物素材を確保したくて……」
「購入品じゃなくて、ご自分で狩ってたんですか!?」
ウィル様にもジョセフにも信じられねぇコイツって目をされた。だって仕方ないじゃないか、買うお金がなかったんだから。
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




