第30話 「この発想はなかった」
メアリーアンとお母様、マルクの三人がかりで準備した渾身の晩餐メニューは、お客様には大変好評だった。
アンテック大陸原産の食材をメインに使っていて、色鮮やかな野菜のゼリー寄せという前菜に始まり、コゥンのクリームスープ、シルバートラウトのムニエル、口直しはブドウのシャーベット。メインの肉料理はビッグボアのトメット煮込みで、デザートはモンブランという栗を使ったケーキだ。モンブランはもちろんメアリーアンの前世で好んでいたというケーキで、アイスクリームも添えられていた。
どの料理も好評だったが、一番注目を集めたのは、やはりモンブランとアイスクリームだ。シャーベットは他国で昔から作られている人気の氷菓だが、こんなに舌触りが滑らかでクリーミーな氷菓は見たことがない。
モンブランも同様で、こんなデザートは初めてだと、公爵様もウィル様も感激していた。特に公爵様は美食家でもあるらしく、是非レシピを買い取らせて欲しいとお母様に頼み込んでいた程だ。
財政が上向いたとはいえ、質素倹約が身に染みている我が家では、これほど豪華な晩餐は滅多にないので、僕としても満足のいく食事だった。メアリーアンほど食に関心はないけれど、まあ、不味いよりは美味しい方がいいよね。
「いやはや、アンテック大陸の食材は、使い方が良く解らないと言われておりましたが、流石ですな。実に素晴らしい晩餐でした」
「ありがとうございます。娘と共に試行錯誤いたしましたの。お気に召していただけて光栄ですわ」
セイクリッド公爵に褒められて、お母様は嬉しそうに微笑んだ。お母様が褒められたので、お父様も表情が緩んでいる。
「……もしかして、アイスクリームって、あの冷蔵庫でつくったのかい?」
「いえ、アイスクリームは冷凍庫を使っています」
大人たちの会話を邪魔しないように、小声でウィル様がメアリーに尋ねたのだけれど、公爵様はなかなか耳聡い。一瞬にして、顔の向きがお母様からメアリーアンに移った。
「冷蔵庫に冷凍庫? 何だね、それは」
「食品を冷やす魔道具です。数日前に作ったばかりで、試運転中なのです」
「あー……。セイクリッド公爵。その魔道具はまだ試作段階でして……」
「なんと、まだ隠し種があったとは! フィロース子爵、是非その魔道具も見せていただけないか」
「いや、しかし、設置場所が厨房なもので……」
「そこをなんとか、是非お願いしたい」
おお……。お母様の顔色が凄いことになっている。お父様もお母様を気にしてタジタジだ。しかしこの公爵様の様子では、引き下がらないだろうなぁ……。
ウィル様を厨房に入れたことで、僕とメアリーアンがお母様に叱られたのを知っているウィル様は、しまったという気まずそうな顔をしていたけれど、これはもう仕方ないだろう。
一日のうちに、今度は公爵様まで厨房に現れて、マルクはひっくり返りそうになってしまったが、公爵様にどれも美味しかったと料理を絶賛されて感激していた。
そうして冷蔵庫と冷凍庫の他に、洗浄機も発見された公爵様は「この発想はなかった」と唸っていた。うん。どれも使っているのは既存の魔術回路が基本だからね。いつ誰が思いついてもおかしくなかったものばかりだ。
特に洗浄機なんかは、洗浄魔法の術符を洗濯に使うのは、富裕層が既にやってたことだし。
「これもメアリーアン嬢の発案で、リオンくんが?」
「はい、そうです」
「今のままじゃ魔力消費の効率が悪いのと、魔術回路が丸見えなので、近いうちに改良する予定です。商業ギルドには改良版を登録しようかと」
「なるほど……。ううむ。これは生活の質を大きく改善するだろう。食品の腐敗も減らせるし、可能ならば国中に広めたい。子爵、完成品を陛下に献上してはどうだろう」
「は、我が家がですか?」
「見たところ、魔道船や自動車のような特殊な制作技術が必要なものではないようだしな。こちらも我々に製造販売を任せて貰えるなら是非そうしたいが、だとしても子爵から献上すべきだろう」
ええー……。なんかまた話が大事になってるな……。
洗浄機なんて、ただの樽と木箱を再利用したものだってのに……。
現在の我が家では防水布の事業とひまわり畑作りのための荒れ地の開墾で手一杯だ。なんせ小さな領地なもので、人手が全く足りない。
たとえ構造が単純だとしても、魔術回路を刻む魔道具の生産ラインを作るには、魔法学校を卒業した人材……つまり貴族かそれに連なる者を雇う必要がある。当然相応に給金は高くなるのだ。魔物素材を混ぜるだけの防水布とはワケが違う。
うん……。お父様の顔が「そこまでやるのは無理」って言っている。
となればこれも、公爵様に販売権を譲るのが無難だろう。
解りますよ、お父様。工房の設立やら魔道具の販売やらで頭を悩ませるよりも、農作物の品種改良に没頭していたいのでしょう。本当はひまわり畑作りにリソースを全て注ぎたいんですよね。
でも、多分この公爵様の様子だと、すぐに作れそうだし、是非ともすぐ広めるべきという圧が強くなっていきそうだ。
「まあ……どうせ……荒れ地の開墾は時間がかかるし……」
ぼそぼそと自分に納得させるようつぶやいているお父様の、しょんぼりと落ちた肩を見て、自分がまだ子どもでよかったと心底から思った。好きなことを研究だけして、面倒なことは大人にお任せすればいいのだから。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




