第29話 「ようこそいらっしゃいました、セイクリッド公爵」
良く晴れた秋の日、セイクリッド公爵一行がフィロース子爵家の領主館にやってきた。このあたりでは見たこともないような立派な馬車が何台も連なってブルウッドを囲う防壁をくぐる様は、さぞ領民たちの目を引いたことだろう。
僕ら一家、それから領主館の使用人、騎士に領兵が勢揃いで領主館の前に並び、お客様を出迎える。
記憶にある限り、こんな風にお客様を出迎えるのは初めてのことだ。だってこんな田舎領主のところに訪ねてくるのなんて、親戚くらいのものだったもの。
お母様に教えられたとおりのマナーに乗っ取って、右手を胸に当て、頭を下げ礼をする。
「ようこそいらっしゃいました、セイクリッド公爵」
「お招きありがとう、フィロース子爵」
当主同士が挨拶の言葉を交わしたところで、やっと僕らは顔を上げた。
ら、思いがけない顔を見つけて目を丸くしてしまう。
「ウィリアム公子もいらっしゃったのですね」
「申し訳ありません、フィロース子爵。父に無理を言って、連れてきてもらったのです」
「すまない、子爵。出発直前にバレてしまってね。馬車に無理矢理乗り込んできてしまったのだ……」
そう、セイクリッド公爵だけでなく、公子様まで一緒だったのだ。公子様がいらっしゃるとは聞いていなかったので驚いたが、どうやら公子様は自動車に並々ならぬ関心をもっているらしい。王都に居た頃も頻繁にタウンハウスにやってきていたし、まあ不思議でもないか。
「いえいえ、もちろん構いませんとも。何もないところですが、どうぞゆっくりしていってください」
にこやかにお客様を迎え、応接室へと案内する。まずはそこでティータイム。大人は大人同士で会話し、子どもは基本しゃべらない。大人から話を振られない限りはお行儀良くお茶とお菓子をつまむだけだ。その間に、使用人たちは荷物を客間に運び荷ほどきをする。
ちなみに、公爵の随従は、我が家の使用人総勢より多かった。流石は我が国の筆頭公爵家である。
さて、普通ならこうした正式な来客をもてなすティータイムなんて、子どもにとっては退屈な時間になるはずなのだが、本日のお客様はマナーを重視するより、実利を重んじるようだった。
形式張った会話を交わしたのは最初の数分だけで、セイクリッド公爵はお父様に動力炉の改良術式や、防水布を見たいと申し出た。そう言われるのは予想してあったので、お父様が目配せをすれば、壁際に控えていたローダスが銀盆を持ってやってくる。盆の上には、お父様と僕とで作成した報告書や仕様書と、防水布のサンプルが乗せられていた。タイヤは流石に室内には持ち込むのは憚られたので、この場にはない。
「これが防水布か……。変わった手触りだね。水をかけてみても?」
「どうぞ、こちらでお試しください」
お母様がそう言えば、ジゼルがしずしずと洗面ボウルと水差しを公爵の前に置いた。セイクリッド公爵も、ウィリアム公子も、よく似たわくわく顔で防水布に水をかける。布の表面から水滴が滑り落ちるのを見て、おお、と声をあげた。
「素晴らしい! 魔道船のみならず、この短期間でよくもまあこんなものまで作り上げたものだ」
「防水布は、自動車開発の副産物なのです。リオンが自動車の車輪に設置するタイヤを開発したのですが、その素材で防水加工ができそうだと、メアリーアンが思いつきまして」
「いやはや、本当に素晴らしい才能だ! 流石は叡智のフィロース家だ」
あれ、学問がいつのまにか叡智になってるな?
まあいいけども。
セイクリッド公爵はさっそくもっと詳しく聞きたいと前のめりになってしまったので、ティータイムははやめに終了となった。セイクリッド公爵とお父様だけが応接室に残り、詳しく事業の話をすることになる。
「リオン、メアリーアン、久しぶりだね」
「お久しぶりです、ウィル様」
「お久しぶりです、公子様」
ウィリアム公子も流石に大人の話に混ざるわけにはいかず、応接室を出た。子どもの接待は子どもの役目、というわけで、僕らは公子に領主館を案内することになった。っていっても、田舎領主の領主館なんて、そう珍しいモノではないとは思うけど。
「公子様、従者は一緒じゃなくて大丈夫なんですか?」
いつも公子がうちのタウンハウスに訪ねてくるときは、護衛兼従者のジョセフという青年がついてきていたのだが、今はその姿が見えない。
「ああ。ジョセフは荷ほどきをしてると思う。……というか、リオン。前も言ったけど、公子様はやめてくれないか」
「そうおっしゃられましても……」
セイクリッド家の公子様の、お母様は王妹であらせられるのだ。つまり公子様も王家のお血筋。本来、貧乏子爵家の長男ごときが気安く話ができる相手ではない。
「普通に話してほしい。そうでなければ……君の方が年上なんだから、俺が敬語で話そうか」
「えっ、勘弁してくださいよ」
「お兄様、さっさと諦めた方がいいですよ。ウィル様でいいじゃないですか」
早々に公子様に気安くなっていた妹は、あっさりと言ってのける。高位貴族に対して構えない姿勢は、見習うべきか矯正すべきか迷うところだ。
「……はあ。わかりました。それでウィル様、うちを案内するとは言っても、大して見所はないんですが……」
「図書室とお父様の畑は見所だと思いますよ。とくに畑と温室は、アンテック大陸の珍しい作物だらけです」
「どちらも興味あるが、俺としてはまず、タイヤが見たいな。防水布を作るところも見てみたいんだが……」
「防水布は領の特産品になるので、作成工程はちょっと……」
「加工液の配合比率とか教えなければ大丈夫では?」
「んー。まあ、そうだね。セイクリッド公爵にはお世話になってるし……。じゃあ地下工房に行きましょうか」
「地下工房!」
ぱっとウィル様の空色の眸が輝いた。
「まあ、工房と言っても、地下室を実験場にしてるってだけなんですけどね」
そんなにたいしたものではないのだが、もの凄く期待に満ちた様子だなぁ。がっかりされないといいのだけれど。
すっかり僕の根城になっている地下工房にウィル様を案内し、試作したタイヤや防水布で作った簡易テントを披露した。加工液にハンカチを浸して、防水加工する行程も試してもらい、それはそのままプレゼントすることに。……防水加工するから普通の麻のハンカチなんだけど、公爵家の嫡男様にあげるようなものではないんだよなあ。
そもそも防水のハンカチなんて、ハンカチとしては役に立たないだろうに。本人は喜んでいたからいいのか?
「すごく楽しかった! ありがとう、メアリー、リオン」
「どういたしまして。そうだ、ウィル様、厨房にも試運転中の魔道具があるんですけど、そっちも見ます?」
「あ、メアリー、それは」
「是非! 見せて欲しい!」
「そう言うと思いました。こっちですよ」
僕が止めるまもなく、メアリーアンはウィル様の手を取って厨房へと走って行く。レディが走るなとか、本来厨房は貴族の子が立ち入る場じゃないとか、言うべきことは多々あったけれど、もう遅い。僕が慌てて追いかけた時には、既に二人は晩餐の準備で戦場となっている厨房に突撃してしまっていた。
厨房ではマルクと、この日ばかりはマルクの補佐についていたダーナとドニが目を白黒させていて。
貴賓をそんな裏方の場に連れて行ったことを、メアリーアンだけでなく僕までお母様とサリーからこっぴどく叱られたのは、言うまでもないことだろう。
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




