第28話 「ほほう、ブラックボックス! なんだか格好いいなぁ」
ローダス経由で馴染みの鍛冶屋に相談し、メアリーアンが描いた図面どおりの金属の箱が領主館に届いたのは、十日後のことだった。
食品を冷やす魔道具にはお父様も興味を示したので、お父様、僕、メアリーアンの三人がかりで冷蔵庫と冷凍庫を作り上げた。どちらも使ったのは中型の魔石だ。厨房に設置し、管理はマルクに任せた。
「冷凍庫があればシャーベットやアイスも作って保管できますね! お客様にお出しする料理に加えたらいいかも」
どうやらメアリーアンはまた前世で親しんだ料理に思いを馳せているらしい。べったりと冷凍庫に抱きついてニヤニヤしている。
金属箱が届くまでの間、お母様とマルクと何度もお客様に出す料理の相談をしていたのに、また新しい物を思いついたらしい。
「しかしこれは、また需要が多そうなものを作ったね、ふたりとも。これも商業ギルドに登録するのかい?」
「そうですね。一ヶ月試用して問題がなければ」
冷蔵庫も冷凍庫も、本体は金属の箱の中に仕切りをつけた棚のようなものだ。両開きの扉は、接地面にビッグフロッグの加工液で作った「パッキン」を張ってあるだけで、見た目はただの大きなキャビネットに見える。このパッキンが密閉性を高めるのだ、とメアリーアンが言っていたけど、構造としては複雑なものではない。
洗浄機と違って常時稼働しないと意味がないから、冷却の他に魔力消費軽減の回路も組み込んである。温度調節に苦心して、そこはお父様に協力してもらったわけだが……。船と違って本体は作るのは難しくないはずだ。
わざわざセイクリッド公爵の助力をあてにする必要もないんじゃないかな。
「しかし、貴族や裕福な商人相手ならこれでいいかもしれないが、庶民には手が出ない価格になってしまいそうだね」
「そこなんですよね、問題は。小型魔石じゃあすぐ動力が切れてしまうんです」
「魔動船のように魔石の魔力を増幅する回路も組み込んでみてはどうだ?」
「それやると流石に本体の劣化が早くなりません? 冷蔵庫や冷凍庫は金属だからまだマシでしょうけど、洗浄機はただの樽や木箱ですし……」
「む。確かになぁ。もっと魔力効率のいい回路を考えてみるか」
「販売するときは、いっそ専用の強化した素材を使うっていうのも考えた方がいいかもしれませんね」
冷蔵庫を前にお父様と相談していたら、メアリーアンが口を挟んだ。
「動力部をユニット式にして、取り外しできるようにしたらどうですか? そこだけ頑丈にしておけば、本体への影響も抑えられません?」
「……それだ!」
「メアリー! なんてことだ、私の娘は天才だな!?」
「んふふ。それとお兄様、お父様。魔石は取りはずしやすくするために露出するのも仕方ないですけど、魔術回路は隠した方がいいですよ。これは稼働するかどうかのお試しだからこのままでもいいかもですけど、こんな堂々と表に出してたらすぐ技術が盗まれちゃいますからね」
「そ、それもそうか」
「商業ギルドに特許登録するとはいっても、用心できるところはしないと」
「流石だメアリー、可愛い上に賢いね!」
お父様にこれでもかと褒められて、メアリーアンは平たい胸を反らしてご満悦だ。
「洗浄機や冷蔵庫あたりは単純な構造だし、既存の魔術回路だから、誰でも簡単に真似して作れてしまうだろうけど……。魔動船や自動車の動力部の魔術回路はもっとちゃんと隠蔽したほうが良さそうですね」
「ああ。ちょうど自動車向けに開発した改良版ができたわけだし、それに隠蔽術式も組み込めないか試してみよう」
「はい! 動力炉を包む外枠の方に隠蔽術式を組んで、無理に開いたら回路が消滅するようにしたらいいと思います! ブラックボックス化してしまうの!」
「ほほう、ブラックボックス! なんだか格好いいなぁ」
にこにこ顔のお父様は、早速隠蔽魔法の魔術式を魔術回路に落とし込むべく、書斎に引っ込んだ。もちろん僕もついていく。
お父様の専門は農学だけれど、学生時代は魔道具開発の第一人者である曾お祖父様から魔道具作りを教えてもらったそうだ。実に羨ましい限りだ。まだまだ魔術式や魔術回路の理解はお父様に及ばないので、お父様との研究開発はとても勉強になる。
魔道具開発に関してお父様を超えるというのが、当面の僕の目標だ。
メアリーアンは厨房に残って、マルクにアイスクリームの作り方を教えると張り切っていた。シャーベットは果汁を使った氷菓だというのは知っているけど、アイスクリームもそうなのだろうか。 もうだいぶ寒くなってきているのに、氷菓とは。相変わらず、メアリーアンの考えることはよくわからないものだ。
そういえば、セイクリッド公爵はどのくらいの日数我が家に滞在するのだろう? 貴族的なマナーとして、訪問客に滞在日数を尋ねるのはよろしくないそうなので、直接聞けないのがもどかしい。まあ、お忙しいだろうから、そう長くはないだろうし、一日二日くらいかな?
訪問の了承に感謝する手紙が先週届いていて、おおよその人数はそれに書かれてたみたいで、お母様が助かった、と喜んでいた。
今は賓客用の客間と、公爵が連れてくるだろう騎士や従者たち用の部屋の準備でお母様たちはおおわらわだ。このあたり、僕やお父様は戦力外通知を受けているので、手が出せない。せっせと公爵が求めているだろう魔道具のサンプルや資料を作るに限る。
公爵が帰ったら、すぐに領内で収穫祭が開かれるそうなので、僕も跡継ぎとしてお父様と一緒に領内を巡る必要があるだろう。例年なら十一の月の頭にやるんだけど、公爵様一行という賓客がいらっしゃることになってしまったからね。ローダスが各村の長と相談して、公爵様を見送った後に行うことになったのだ。
こちらの都合で延期して貰うこともあり、収穫祭でくばるふるまい料理や酒は例年よりずっと豪華にする予定で、それの手配もあって使用人たちは相変わらず大忙し。今年は王都で商業ギルドに登録した料理レシピやドライヤー、自動船の契約金でかなり潤ったし、防水布も既に受注が始まりつつある。ふるまいを豪華にしても大丈夫なんだろう。多分。
「あ。お父様。公爵様が帰ったら、僕しばらく魔の森に籠もりますね」
「ん? また一角ウサギ狩りかい?」
「はい。あと中層に入る許可を貰えたので、中型の魔石も集められるだけ集めてきます」
「おおっ、いつの間に……。リオンは意外と戦闘魔法や剣も得意だよね……。フィロースなのに……」
「そこはお母様の血筋に感謝してますよ」
お父様も伯父様方も、フィロースの男たちは基本戦闘魔法は苦手だ。もちろんまったく扱えないわけではないけれど、防衛魔法の方が得意である。剣にいたっては壊滅的だと聞いている。
魔法学校は、男子は剣術の授業も必須で、落第したら卒業できないのだが……。お父様たちも、お祖父様も曾お祖父様も剣術だけは落第スレスレ、ギリギリのところを、真面目に努力はしていたという努力点を加味してもらいお情けで合格を貰っていたと聞く。
僕も学問の方がずっと好きだけど、身体を動かすのは別に苦手でも嫌いでもない。これは絶対に騎士の家系であるお母様の血の影響だろう。ありがたいことだ。
ちなみに、剣術の素質はメアリーアンの方がありそうだ、というのはビクターおじさんの見立てである。
「十二の月に入ると、森に入れなくなってしまいますからね」
雪が深くなると、森への子どもの出入りは制限される。浅層ですら立ち入り禁止になるのだ。大人の冒険者は自己責任で自由に出入りできるけれど、休眠に入る魔物も多く、獲物が減る為十二の月から二の月の間は冒険者も活動を減らし、休養期間に入る場合が多い。
春の大討伐に向けて、身体や武器の調子を整えるのだ。
その為に、今の時期は冒険者たちはみんな、冬籠もりのための資金集めにとせっせと森に入っている。最後のかき入れ時というやつだ。
「そうだね。できるだけ間引いておいてくれると、春の冒険者へ支払う報酬が減るから助かるよ」
「うーん。そこまで間引くには半月程度では難しいと思いますが」
「いや、冗談だからね? 真面目に受け取らないでくれ。怪我なく無事に帰ってきてくれればそれでいいよ」
お父様の大きな手が、僕の頭をくしゃりと撫でる。
こういうあからさまな子ども扱いは、お尻がむずむずするのでやめて欲しいものだ。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




