第3話 「家庭内での政治でも負けたのね、お父様……」
「我が家は世間で、学問のフィロースと呼ばれているのは知っている?」
「へ? いえ……」
僕の質問に、メアリーはふる、と首を振った。そんな設定あったっけ? なんてつぶやいているが、まあ基本的に外出しない貴族の子女なら知らなくても無理はないか。
「フィロース家は代々文官の家系で、元は法衣貴族だったんだ。法衣貴族は解るかな?」
「え、ええと、聞いたことある、ようなないような……?」
「領地を持たない、王宮で何らかの役職を持って俸禄と年金を貰っている貴族だよ。曾お祖父様が魔道具開発で功績を立て、ありがたくも領地を賜ったんだ。領地は王都から馬車で十日ってところかな。なかなかの不毛の土地だったんだけど、曾お祖父様もお祖父様もそれは優秀な研究者だったからね。大金を投じて灌漑設備を整えたり、領地の整備をして、マイナスだった収支がプラスを出せるようになってきたのは十数年前。お祖父様の代の、中程のことだね。お祖父様たちが健在の頃は、お父様は王立研究所で農学の研究をなさっていた。三年前の嵐のあとお祖父様とお祖母様が相次いで流行病で亡くなっただろう? それで、お父様は研究所を辞してお祖父様の後を継がれたんだ」
ここまでうんうんと頷きながら聞いていたメアリーは、不思議そうに首を傾げた。
「……どうしてですか? 別に爵位を継ぐからって、辞める必要はないのでは?」
「まあそこはいろいろあって……。お父様は学者なんだよ、メアリー。派閥争いとか学閥政治とかそういったものは……ね……」
「ああ……。つまり、政治に負けたのですね……」
「ついでに言うと領地は本当に不毛な土地でね。金食い虫の貧乏領を継いで学問どころじゃなくなるのを嫌がった伯父様方が逃げ出したんだ。それで三男のお父様にお鉢が回ってきたんだよ」
「家庭内での政治でも負けたのね、お父様……」
「そうしてめでたくフィロース子爵となったお父様は、研究所の退職金や、これまでの蓄えも領地の復興につぎ込んだ結果、今現在我が家は困窮しているというわけさ」
伯父様方も資金援助はしてくれてるけど、元々みんな富豪とはほど遠いから、焼け石に水らしい。領地運営というのは大変なものなのだ。
「私、領民に重税を課して帳尻をあわせようとしなかったお父様を誇らしく思うべきかしら?」
「僕はお父様を尊敬しているよ。もう少し世渡りが上手ければ文句なしだったなと思わなくもないけれどね」
「我が家が貧乏な理由はよくわかりましたわ。それで使用人が最低限しかいないのですね。ところで私たち、どうして王都に?」
「社交シーズンが始まったからね。爵位持ちは、シーズン最初と最後の王家主催の舞踏会にはよっぽどのことが無い限り出席の義務があるんだよ」
「ああ……なるほど。私たちを領地においていくと、世話をする人間を残さないといけないから……」
うん。そんな余裕はないからね。現在、領地の屋敷は家令兼代官のローダスと、ローダスの奥さんしかいない。ろくに給金も払えない我が家に残ってくれているありがたい夫婦だ。タウンハウスの家事を一手に引き受けているメイドのサリーは、ローダスの娘だったりする。本当にローダス一家には頭が上がらない。
「……貧乏子爵家にしては、タウンハウスは立派ですよね? 古いけど」
「もともと、法衣貴族だったと言ったろう? タウンハウスが本邸で、歴史は結構古いんだよ」
我がフィロース子爵家のタウンハウスは、貴族の邸宅が並ぶ高級住宅地の端っこにある。屋敷の裏手には王都の水源地であり観光名所でもあるネルヴァー湖があり、裏庭をつっきると、湖に桟橋がもうけてあって、ボート遊びもし放題だ。もっとも、それらは遊ぶためというより、荷物の運搬の為にもうけられているんだけど。
このカリスタ王国の王都ウルディネは中心に大きな湖を擁し、都市のあちこちに水路を張り巡らせていて、水の都との呼び名が定着している。貴族の館は大抵湖か水路に隣接するように建てられていて、物流の主役も水路だ。
これについて、妹はヴェネチアみたいなどと言っていた。前世の世界にもそのような都市があったらしい。
「今は領地があるから、年金はないの?」
「そうだよ。領地で得られる税収のうち、国に納める分以外は領主のものだからね」
「その税収がマイナスだから、うちは貧乏……」
「だからお父様たちは今回の社交シーズン中に、支援者を探そうと頑張っているわけだね」
「お金ないのにお母様がお茶会とか行ってるのはそういう……」
この子、オーシスの忘れ物のこと隠すつもりあるのかな? さっきからまったく四歳……来週で五歳だけど、そんな年頃の子どもらしくなさすぎる。これじゃあすぐに周囲にもバレてしまいそうだ。
「裏庭が庭というか畑になってるのは、家計の為ですよね?」
「それもあるけど、お父様の実験用でもあるね」
「あ、そうか。農学研究」
とはいえ、爵位を継いでからは貧乏領地をどうにかしようと金策に駆けずり回っていて、ろくに研究もできないでいるのだけれど……。研究馬鹿のお父様にはさぞ辛いことだろう。なんとかしてやりたいけれど、長男とはいえ、まだ九つの僕にできることなどない。せいぜい裏庭の畑をお父様の代わりに維持するくらいだ。
売り物になるような魔道具でも開発できたら家計の助けになるだろうけれど、そう簡単にはいかないもので……。
……。
……いや、待てよ?
「実はね、メアリー。僕はお祖父様たちのように魔道具の研究をしようと思っていてね。何か生活に便利なものを作れないかと考えているのだけれど、何かいいアイディアはないものだろうか」
「お兄様……! わ、私ちょっとネタだししてきますね……!!」
メアリーアンの前世の記憶は、異世界のもの。この世界のものではないから、モノによっては貴族達に目新しくうつって売れるかもしれない……。そんな打算が、妹の中にも芽生えた瞬間だった。
これがメアリーアンのトンデモ魔道具開発の発端となり、フィロース子爵家の将来を大きく左右することになろうとは……。このときの僕は、まったく予想だにしていなかったのである。
本日はあと一話、19時に更新予定です。
明日からは7時と19時に一日二話ずつ更新いたします。




