第25話 全員とても失礼である。
知は宝である。
これはフィロース家の家訓で、何より大切にしているものだ。
というわけで、僕は今、いかにしてチキュウという世界の知識をメアリーアンに思い出して貰うか、ということに腐心している。
「記憶……記憶……どうにか記憶を引き出す方法がないものか……」
「あぁ、記録魔法かな? 速読術と暗記術、速記術の三つをまとめて知識を司る女神メネースが授けた古代魔法だね」
「え、そんなのあるの!?」
夕食後の家族団欒の時間。腕を組んで打開策を考えていた僕に、助言をしたのはお父様だった。
だけどその魔法って……。
「その魔法って、あれですよね。図書室にあった、メネースの魔法書っていう解説書の」
「そうそう、それだよ」
「でもお父様、それ、僕も前に読みましたけど……暗記術は習得したあとに覚えたものにしか影響しないんじゃないですか?」
「あれ、リオンはあの魔法は覚えなかったのかい?」
「はい。数年前に読みましたけど、わざわざ魔法を使わなくても、一度見聞きしたら覚えるものなのに、なんでこんな魔法が? って思って流し読みして、速読術と速記術だけ覚えました」
「はっはっは。リオン、それ、よそでは言っちゃいけないよ?」
「我が息子ながら腹が立つわねぇ~……」
「お兄様……。普通の人は、一度でなんでも覚えるとか無理です。そんな記憶力のいい人は特殊です」
「リオン坊ちゃんは特殊というか異常というか……一、二歳の頃のことも覚えておいでですもんね」
お父様やお母様、メアリーアンに胡乱な目を向けられ、お茶を給仕していたサリーには呆れた顔でため息をつかれた。
全員とても失礼である。
一、二歳どころか生まれた時から覚えていると言ったらますます異常者を見る目で見られた。本当に失礼だ。
「いや、僕だってさすがに今は、記憶力に個人差があることくらい知っているよ」
領地の子たちとの交流で学んだことのひとつである。考えてみれば、個々の能力に差があるのは当然だ。勉強が得意な子も居れば、運動が得意な子も居る。自分ができることが他人も出来るとは限らないし、逆もまたしかり。そういうものだと既に学習済みだ。
「私はリオンほど記憶力は良くなかったが、メネースの記録魔法を習得した後は、忘れていた幼少期の記憶もすぐ鮮明に思い出せるようになったんだよ」
「えっ!?」
なんということだ。それならば、もしかすると……!
「メネースの記録魔法を覚えれば、メアリーアンのオーシスの忘れ物がもっとはっきりするかもしれない、ということですか!?」
「流石に前世の記憶の場合もちゃんと思い出せるようになるかは、やってみないと解らないだろうがね」
「メアリー!」
「ええーっ! い、嫌ですよ、なんか難しそうだし!」
期待を込めてメアリーアンの名を呼べば、練習しよう、と誘う前に断られてしまった。
「でも君だって、化粧品とか、もっとちゃんとしたものを作りたいって言っていただろう?」
「うっ」
「ニホンで受けたという教育の内容を書き出してくれたら、それを元に僕らが研究を発展させて、メアリーが欲しいものを作れるようになるかも」
「ううっ」
「それにメアリー、お気に入りの本は何度も読み返すタイプだろう? 前世で読んだり見た物語を書き留めておけば、何度でも読み返せるんじゃない?」
「うううぅーっ!」
一番最後の提案がトドメになったようで、メアリーアンはメネースの記録魔法を勉強することに同意した。
この魔法が王立魔法大学で学ぶものだというのは、内緒である。難しいものだという先入観で身構えてしまったら、習得できるものもできなくなってしまうかもしれないからね。
「私としてはそれよりも、貴族のマナーを勉強してほしいのだけどねぇ」
ぼそりとお母様がぼやいていたら、談話室のドアがノックされ、家令のローダスが銀盆を持って入ってきた。
「失礼いたします。旦那様……」
「ああ、手紙か。どれどれ……。おや……」
銀盆の上の、立派な封蝋を施された手紙を手に取り、お父様は差出人を見て首を傾げた。んん? あの封蝋の紋章、見覚えあるなぁ。セイクリッド公爵家のものじゃないか。
もしかして、自動船に関する話だろうか。
「……セイクリッド公爵が、自動車に興味があるみたいだよ。リオンたちが開発したタイヤや防水布についても知りたいと。現物が見たいから訪問してよいかとお尋ねだ」
タイヤと動力炉の問題が解決したが、自動車を作るには車体をどうにかしないといけない。その部分についてはセイクリッド公爵にも相談してみるとお父様がおっしゃったので任せてたけど、もう返事が来たのか。はやいなあ。一週間もたっていないのでは?
「まあ、大変! お部屋の用意をしませんと……! いつ頃いらっしゃるの?」
「ええと……街道が雪で閉ざされる前に向かいたいとのことだから……。十一の月の頭……二週間後を希望されているな」
「二週間!」
今が十の月の半ばだから、まあそうなるよね。
それにしても、セイクリッド公爵領とフィロース領は馬車で四日ほどの距離だったはず。十二の月に入るとこのあたりは雪で移動が困難になるから、かなりの強行軍でいらしゃるのだなぁ。
それだけ自動車に注目してくださってるってことか。
一応領主館は改装したばかりなので、貴族の来賓があってもそう問題はないくらいの見た目にはなっている。水回りの設備も改修済みだし、不便をかけることはないだろう。
……とはいえ、貴賓の接待ができるような人手もなければ、豪華な部屋もないのだ。お母様が真っ青になるのも当然だろう。
「まあ、まあ、どうしましょう! 急いで客間の用意と……、ああ、メイドを雇っておくべきでしたわ! うちには教育を受けたメイドがサリーしかいないのよ!」
「いや、ミリアム。セイクリッド公爵は専属の侍女や従僕も連れてきて良いかとお尋ねだ。きっと我が家の事情を汲んでくださっているのだろう」
「それは……そうだとしても、最低限整えませんと、面目が立ちません!」
「ううん、それもそうだが……。とはいえ、こんな田舎で貴賓の対応もできるような人材を雇えるとは……」
両親が頭を抱えるのも当然だ。ド貧乏だからといって、一応貴族としては、お客様の身の回りの世話をする人手がありません、なんて恥もいいところである。
もちろん普通の貴族なら、訪問先にも侍女や従僕を連れて歩くのが当然だが、こうしてわざわざ手紙にも書くと言うことは、通常より多めに連れて行って、自分たちのことは自分たちでどうにかするから無理して歓待しようとしなくて良いよ、という気遣いだろう。
……まあ、そんな気遣いされることが恥と言えばその通りなんだけど。
他の貴族なら嫌味かな? って勘繰ってもおかしくない申し出とも言えるし。
うーん、でも、あの公爵様のことだから、急な訪問を希望しているのはこちらだから、という善意の言葉に違いないと思うんだよな。
「あの、旦那様。それについて、よろしいでしょうか」
情報ギルドに至急で求人を出そうか、と相談を始めたお父様とお母様に、すっと片手を上げて、ローダスが申し出た。
「わたくしの姪が王都のとある高位貴族の屋敷でメイドとして働いていたのですが、故あって出戻っておりまして……。もしよろしければ、こちらで召し抱えてはいただけないでしょうか。気立ても良く働き者で、器量もいいのです。元はメイドでしたが、侍女として教育も受けております。奥様かお嬢様の侍女となさっても問題ないかと……」
「まあ、そんな子が来てくれるの?」
「えっ、それってもしかしてバリキャリってやつじゃない? なんで出戻り?」
お母様はローダスの言葉に二つ返事で頷きそうになったが、疑問を呈したのはメアリーアンだ。バリキャリというのは良く解らないが、文脈からすると、出世頭とか、そういう意味だろうか。王都の貴族家で侍女にまでなったなら、使用人としては確かに有能であるはず。そこまでいったら、そうそう田舎に帰るなんてことはないはずだが……。
「何か問題があったのか?」
「……は。申し訳ございません。隠し立てするつもりがあったのではないのです。ただ、その……」
お父様の問いに、ローダスはちら、と僕とメアリーアンを見た。気まずそうなその視線に、なんとなく事情を察する。
「なるほど……痴情のもつれとか?」
「待って、お兄様。ふしだらなことをしたような子だったら、いくら身内でもローダスがウチに紹介なんてするわけないわ」
「それもそうか。てことはまさか、仕えていた家の主人に目をつけられたとか……?」
「器量よしって言ってたし、その可能性が高いわね。愛人になれとか迫られたんじゃないかしら?」
「あなたたち、もう遅いから部屋に戻っていなさい」
にっこりと微笑むお母様に、逆らうほど僕らは愚かではない。
はい、と良い子のお返事をして、そそくさと自室にひっこんだ。
――翌日、面接にやってきたローダスの姪、ジゼルが無事にお母様のお気に召し、正式採用されることに相成った。
紹介されたジゼルを一目見て、メアリーアンが「爆美女じゃん!!」と叫んで、お母様にげんこつを落とされていたけれど、ニホンでは美人のことをそう呼ぶのだろうか?
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




