第24話 メアリーアン
うっかり湖で溺れて高熱を出し、前世の記憶を思い出してから半年と少しが過ぎた。
前世の名前は佐藤楓。なんか甘そうな名前だと自分でも思う。佐藤錦じゃなかっただけマシよね、とあの頃は思っていた。
今の名前は、メアリーアン・フィロース。フィロース子爵家の長女だ。
そう――愛読書「竜の乙女は光を抱く」という小説の子悪党的なチョイ役に転生してしまったのである。
ラノベかよ! と突っ込んだのは当然の反応だと主張したい。
竜の乙女は……長いな、通称リュウヒカは分類としては異世界恋愛ものとか、ロマンスファンタジーにくくられる小説で、ヒロインをいじめる悪女も出てくる。いわゆる悪役令嬢的ポジションだ。その悪女の取り巻きが私、メアリーアンというわけ。
なんでよりによって破滅確定の小悪党に転生してしまったのか、と頭を抱えたのもせいぜい半日のこと。
切り替えの早さは私の長所だ。
こうなったからには私を破滅に導く悪役令嬢のローゼリアとは関わらないよう気をつけよう。取り巻きのひとりくらい減ったって、誰も気にしないでしょう!
そんなことより、困窮している我が家を立て直すのが先よ!
ラノベや漫画の中の先達たちのように、うまいこと前世の記憶を使って知識チートするのよ!
なぁーんて息巻いていたのだけれど……。
「メアリー、この前言ってた重力についてもう少し詳しく聞きたいんだけど」
ブルーグレーの眸をきらきらと輝かせ、ノートと羽ペン片手に問い詰めてくるこの少年のおかげで、なんだか思っていたのと違う展開になっている。
薄く入れたミルクティーのようなくすんだ金髪に、光の加減で青にも灰にも見える知的な印象の眸を持ったこの少年は、容姿レベル良くてそこそこの両親の顔の良いところを上手いこと拾ったようで、身内のひいき目をひいてもなかなかの美少年だ。惜しむらくは、長年の極貧生活のせいか少々痩せすぎで、せっかくのブロンドもパサついていることと目の下にクマが――いや、違うわね。これお兄様の不摂生が原因だわ。
そう、お兄様。
この少年は私の四つ上の兄で、リオンという。学者だらけのフィロース家に娘を嫁がせはしたが、学者があんまり好きじゃない母方の祖父が、せめて孫だけでも勇猛果敢な騎士のような子になりますようにと願いをかけて百獣の王の名を与えた……そうなんだけど。
しかし生憎とお兄様は名前に反して、誰も疑いようもない立派なフィロースの男に育ってしまった。
「あと、相対性理論とやらの論文、覚えている分だけでもいいから内容を教えてくれないかな」
いつもは私に文字から始まり、地理、歴史、算学などあらゆる学問を教えてくれるリオンお兄様に、私はここ一週間ずっと質問責めにあっている。
私が前世の記憶を持っていることを、お兄様にバレてしまったからだ。
いや、正確に言うなら、お兄様には私が前世の記憶を思い出した直後からバレていた。お父様にもお母様にも、メイドのサリーにまで。
どうやらこの世界には、前世の記憶を持って生まれてくる人の伝承があり、その記憶をオーシスの忘れ物と呼ぶそうなのだ。なので、家族はみんな、突然大人びて、知らないはずの知識をダダ漏れにする幼児を見てすぐピンときたらしい。
それならそうとはやく言ってよ!
必死に子どものふりしてたのが恥ずかしいじゃない!
私が頭を抱えたのは当然だろう。
ちなみに、誰もすぐに問い詰めてこなかったのは、私が前世の記憶持ちなのを隠そうと必死な様子だったから、という。優しさが逆に辛い。
私が打ち明けるのを待とうというスタンスだったお兄様たちが、一転してオーシスの忘れ物について言及するようになったのは、私がうっかり漏らした「気象学」というワードのせいだった。
そう、この世界では気象学をはじめとした自然科学のみならず、科学技術は発展していない。異世界あるあるだ。かわりに魔法があるけれど、もちろん魔法なんて使えないひとの方が多いし、魔物の脅威に対抗するため戦闘魔法の方が圧倒的に発展していて、生活魔道具はまだまだ未発達だ。
雷の発生原理もまだ判明していなかったところに、私がソレを知っていると匂わせたものだから、お兄様の知的好奇心が抑えきれなくなってしまい、前世で得た知識を教えろと詰め寄られたというわけ。
その記憶がこの世界の他国のものとかでもなく、まったく異なる世界のものだということすら、「創世神様も異界から来たって神話にあるしね」と納得されたのは驚きだったわ。
薄気味悪い子ども、とか、変な子、とか、妄想をわめいてるなんて思われて疎まれなかったのは良かった……なんて思ったのはほんの一瞬。
次から次に飛んでくるお兄様とお父様の質問責めに、私は早々にギブアップしてキレた。
もう、それこそ幼い子どものように泣いてわめいて暴れた。
おかげでお父様は遠慮するようになったんだけど、お兄様はちょっと時間がたてばすぐこうしてあれこれ聞き出そうとしてくる。
「……お兄様、言いましたよね? 私、そんなになんでも覚えてるわけじゃないって」
「もちろんわかってるよ。だから覚えているだけでいいんだ」
「相対性理論なんて名前くらいしか知りませんよ!」
「でも有名な理論なんだろう?」
有名だとしても私は元々文系だったのだ。漫画世界の偉人シリーズでアインシュタインの伝記を読んだくらいのあっさい知識しかないのである。
「覚えてないったら覚えてないのーっ! それより今日は魔法の訓練でしょ!」
お兄様の腕を引っ張って、修練場へと向かう。
このままお兄様の知識欲に付き合っていたら、陽が暮れるどころか朝になってしまうと身に染みて知っているので。
まだたった九歳のリオンお兄様は、知的好奇心の塊だ。お父様も領主になる前は農学者だったし、二人の伯父様方も学者だという。曾お祖父様が魔道具研究の第一人者で、お兄様は曾お祖父様と同じように魔道具研究の道に進みたいらしい。
私から見て、お兄様は間違いなく天才だ。お母様たちは本の虫で魔道具で変な物ばっかり作っている研究バカの困った子扱いしてるけど。それも事実だけど。
普通の九歳の子どもは、妹に理論立てて学習指導なんてできないし、雑な説明とイラストを元にドライヤーだの自動船だの作れるわけないのよ。
……そう、知識チートしてやるぞ! と息巻いた私のアイディアを形にしたのは、ほとんどお兄様なのだ。
いつの間にか魔物素材でゴムの代用品まで開発して、タイヤも完成させてしまってるし。副産物で防水布までできちゃって、冒険者ギルドも巻き込んで新しい工房立ち上げて弱者支援にもつなげちゃったし。
もちろん前世の料理再現レシピは私が……! いや、お母様にめっちゃ頼ってたけども……!
ううん……。いや、まあ、ね。
自分ひとりで出来ないことは周りの協力が必要なものだものね。うん。そうよ、転生ものあるある、前世知識を魔法に応用して強力な魔法を産み出してしまうのよ!
それこそ異世界の醍醐味……!
お兄様があっさりなんでも作ってくれちゃうものだから、悔しくなって、凄い魔法を開発してやる! 決意を新たにした私は――。
すっかりと忘れていた。
前世の記憶を思い出したばかりの頃、ふっと胸をよぎった違和感のことを。
――小説のメアリーアンに、こんな何でもできる兄なんていたっけ?
それを思い出したのは、最悪の事態に陥ってからのことだった。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




