第23話 「荷車をもってくるべきだったかな?」
メアリーアンにオーシスの忘れ物――いわゆる前世の記憶があることを、家族みんな知っていることを本人に暴露してから、はや一週間。
僕はさっそく、ビクターおじさんと一緒に魔の森にやってきていた。メアリーアンは領主館でお母様のマナー講義中だ。
前世の享年を聞いたお母様が、じゃあ早めに淑女のマナーを叩き込んでも大丈夫そうね、と言い出し、ここ数日猛特訓中である。前世が身分制度のない国の庶民の女性だったそうなので、うっかり高位貴族に失礼なことをしないか心配になったようである。セイクリッド公爵の前でもやらかしてたしね。
「ここからが中層?」
「ええ、そうです。探査魔法を切らさないでくださいよ」
「うん」
いつもなら魔の森の浅層までしか来れないし、まだひとりで中層までいく許可は出ていないけれど、今日はどうしても試したいことがあって、ビクターおじさん同伴という条件でここまでやってきている。
「もう少し奥に行けばビッグフロッグの生息する沼です。今日はビッグフロッグの討伐依頼を一旦中止してもらったんで、誰もいねぇはずですよ」
「ありがとう」
ビクターおじさんが言ったとおり、中層の沼地周辺には他に人の姿はなかった。メアリーアンに教えて貰ったレーダーをイメージして、従来のものから改良した探査魔法を展開してみるが……うん、魔物っぽい気配は複数あるけど、人はいないな。さすが不人気な魔物しかいないエリアである。
沼にはビッグフロッグの姿が複数見受けられたが、まだこちらには気付いていない。
あまり近づきすぎないよう、風下の木立に身を隠しつつ、僕はお祖父様の遺品である短杖を腰のベルトから抜いた。杖の先を沼の上空に掲げて意識を集中する。
頭に思い浮かべるのは、一週間前メアリーアンに教えてもらった、雷雲の発生原理。
強い風を上空に向けて吹き上げ、無数の水滴や氷の粒が集まった巨大な雲を作る――ううん、難しいな。
あ、出来てきた、かな?
沼の上空に出来た雲が、少しずつ大きくなっていく。
よし、この調子で……。
もっと大きく、もっと、もっと。
「なんと、本当に雲が……」
横でビクターおじさんが何か言っていたけれど、僕の耳には届いていなかった。
作り出した雲が、気を抜くとすぐ霧散しそうで、維持するのに必死だったからだ。
やがて嵐の夜に見た雷雲のように、大きく育った雲。その中で氷の粒やあられが激しく衝突するのをイメージして……。
――そうして。
ゴロゴロと唸る雲から、強く輝く稲妻がほとばしる。
バリバリ、ドォーン!
すさまじい光の直後、沼に雷が落ちた。
「うおっ!」
「……わぁ」
やがて光りが収まった後には――。
沼に居た全てのビッグフロッグが、ひっくり返ってぷかぷか水に浮いていたのだった。
その数なんと――二十を超える。
「うわぁ……」
「なんとまあ……。坊ちゃん、これは凄いですよ! こんな魔法は初めて見ました! まるで伝説の大魔道士のようだ!」
「うーん……。確かに凄い威力だけど……。実戦で使うにはちょっと改良が必要だよね」
今回は隣にビクターおじさんがいたから、周囲を気にしなくてよかったし、感知能力が低いビッグフロッグに風下から仕掛けたから上手くいったようなものだ。発動までに時間がかかるし、その間ものすごく集中しないといけないから、一人では危険すぎる。
「いやいや、あの耐久力の高いビッグフロッグの群れが一発ですよ? 発動までの時間は護衛をつければいいですし」
「だとしてもなあ。慣れればもっと素早く発動できそうな気もするんだけど……。まだまだ雷……電気とやらへの理解が浅いんだろうな。もう少し研究してみるよ」
「はぁ……。今の魔法も十分凄かったんですがねぇ」
でもメアリーアンが言うには、冬などの乾燥した時期に物にふれるとバチッとなるやつ。あれも雷と同じものらしいのだ。静電気だったかな。
雲の中で氷の粒やあられが激しくぶつかりあうことによって、静電気が溜まって、溜まって、限界に達すると雲の中や雲と大地の間に一気に電気が流れる、というのが雷の原理だそうだ。
教えて貰ったイメージ通りにやってみたら実際に雷が落ちたのだから、メアリーアンのこの知識は正しいのだろう。
もちろん、もっとしっかり研究する必要があるが……。電気についてもっと詳しく聞き出したいんだけど、メアリーアンもうろ覚えみたいだったのがなぁ。
静電気や電気についてもっと理解できれば、空から雷を落とすような大がかりなものじゃなくて、もっと手軽にさっと使える魔法もできそうなんだけど……。
うん、このあたりはサミュエル伯父様に研究してもらったほうがいいかもしれない。最近興隆しはじめたばかりの天候学はマイナーで、精度の低い天気予報士程度の扱いなのだ。伯父様は天気が移り変わる原理が解れば農作業にも活かせるのに、なかなか成果が出せず予算が取れないと嘆いていた。雷の原理が解明できれば、注目を集められるだろうし、きっと予算もつくはずだ。
今回の結果をレポートにまとめて相談してみようかな。
「ひとまず、ビッグフロッグを回収しますか……」
「うん……。荷車をもってくるべきだったかな?」
「五、六台は必要でしたな」
結局、一旦ギルドに戻って相談したところ、ギルド長がギルド所有のマジックバッグを持って回収を手伝いに来てくれた。
どうやってこの数を一気に仕留めたのかとしつこく聞かれたけれど、ビクターおじさんが門外不出の秘法の訓練だと言って誤魔化してくれた。
別に秘密にするつもりもないんだけど……。強力な攻撃魔法や便利な魔法を開発したなら、広く知らせるほうがいいに決まってるんだから。
まあ、どうせならもっとちゃんと扱えるようになってからの方がいいだろうし、未完成の魔法で騒がれるのもね。うん、このことはしばらく家中の秘密ってことにしておこう。
それはそれとして、王立図書館で見つけた空間魔法の専門書。アレに載ってた魔法陣や魔術式をもっと研究したら、マジックバッグが作れないかなあ?
マジックバッグって、一部のダンジョンで希にドロップする希少品で、貴族家や上位の冒険者が持っていることが多い。ウチにはもちろんないけれど。
ううん、やりたいことが次から次に出てくるな。
タイヤはこの一週間である程度目処がたったし、自動車の動力については船の応用で行けそうだし、次は雷魔法の改良をして、それが終わったら空間魔法の研究をしよう。メアリーアンに、そっち方面でもなにか前世の知識でいい情報がないか聞いてみないとね。
「ビクターおじさん、帰りに市場に寄ってもいい?」
「いいですが、何か入り用で?」
「メアリーにお土産をね」
この一週間というもの、僕やお父様がニホンの知識を根掘り葉掘り聞き出そうとした結果、メアリーアンはすっかり機嫌を損ねてしまっているのだ。そんなに何でもかんでも覚えてるわけないじゃない! と涙目で怒られて、お母様にもいい加減にしなさいと叱られたばかりである。
お母様だって、麦芽糖について聞き出してたくせになぁ。
知的探究心を押さえられないのはフィロース家の性だ。メアリーアンもその一員なんだから理解してほしいものである。
「いっそメアリーの記憶を転写できる魔法でもあれば……」
「坊ちゃん、無茶苦茶言うのはやめてください。お嬢が泣きますよ」
雷魔法を試すにあたり、ビクターおじさんにもメアリーのオーシスの忘れ物について軽く説明済である。急に大人びたと思ったんですよ、と軽く流されて、メアリーは前世の記憶ってこの世界ではそんな軽い扱いなの? と困惑していたものだ。
いや、普通にとっても珍しいよ。一般的にはおとぎ話みたいなものって扱いだからね、と説明しておいたけど。
この半年の間にメアリーアンの前世の記憶は我が家に多大な富をもたらしたのだ。この事実だけとっても、あまりおおっぴらにならない方がいいに決まっている。家族以外には話さないよう気をつけて、と忠告しておいたけど……。
メアリーは迂闊だからなぁ……。あの独り言をつぶやく癖は、もっと注意してやったほうがいいかもしれないね。
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




