第20話 「うぅ……。増えてる……」
防水布作りは、無事にフィロース領の新たな産業となることに決まった。
お父様もお母様も良い考えだとおっしゃって、すぐに工房の為の建物の吟味と、人員の募集を始めてくれた。荒れ地の開墾とは必要な人材が被らないし、こちらは比較的すぐ現金化のめどが立ちそうだったしね。ひまわり畑作りと並行して行うことになったのだ。
防水布工房はギルドのすぐ近くに、ちょうど空き家になった建物があったので、そこを子爵家が買い取ることになった。元は金物屋だったらしく、ちょっとした修理も請け負っていたため、大きめの炉があったのが決め手になったそうだ。
領の特産品にするとなれば、僕も人任せにするわけにはいかないので、メアリーアンと一緒に用途に合わせた最適な配合比率を割り出した。最終チェックはお父様。一ヶ月ほどサンプルを冒険者ギルドで使って貰って、耐久性テストもしたあと、商業ギルドに登録する運びとなった。
配合比率さえ割り出せば、僕やメアリーアンの手からこの件は離れ、あとは大人たちにお任せだ。
子どもの僕らはのびのびと、タイヤの研究に励もうと思っていたのだけれど……。
「お兄様! 稽古の時間よ!」
「うん……」
朝食後。タイヤの研究をしようとしていた僕のところに、メアリーアンが意気揚々とやってきた。僕の腕をひっつかんで、向かうのは敷地の一画に設けられた修練場だ。これでも一応、貴族家の領主館なので、領兵の訓練のための設備がそなえてあるのだ。貧乏貴族でも最低限、必要なものだからね。
とはいえ、ギリギリの人数しかいないものだから、大抵みんな門番当番や領内の巡回で出払っていて、使われることは少ないのだが……。
僕らの訓練場所にもなるからいいんだけど、本当は領兵も増やして、ちゃんと鍛錬できる環境も整えてあげないといけない……はず……。うん、まあそこはお父様が考えるでしょ。
「ビクターおじさん! おはようございます!」
「おはようございます、お嬢……」
既に修練場で待っていたビクターおじさんは、メアリーアンの元気な挨拶に反射で返してから、目を丸くした。メアリーアンが、僕のお下がりのズボンとシャツを着ていたせいだろう。
「……お嬢、その格好はどうかと」
「え? ダメだった? お兄様の運動着をお下がりしてもらったんだけど」
「令嬢がズボンってのは……」
「最近は、令嬢だって、乗馬用のズボン履くのが流行ってるのよ、おじさん」
「そうなんですか?」
ビクターおじさんは怪訝そうだが、一応本当だ。王都の最新の流行らしく、馬の名産地である友好国から嫁いできた王弟妃が広めたとかなんとか。お母様が慣れないお茶会で仕入れてきた、あまり我が家では役に立たない情報である。
「スカートよりもこっちのほうがずっと動きやすいじゃない」
「まあ、そりゃあそうですけどね……。しかし、ううん……。旦那様や奥様が良いってんなら良いのか?」
「そうよ。それより、はやく魔法を教えて!」
「はいはい、その前に柔軟体操と走り込みからですよ」
「ええーっ」
メアリーアンが不満の声をあげたが、ビクターおじさんはにっこり笑って取り合わない。戦闘魔法も剣術も、まずは基礎体力ありきというのがビクターおじさんの方針なのだ。
てっきりすぐ魔法を教えて貰えるものだと思っていたらしいメアリーアンは不服そうだったが、教えて貰う立場で強く出ることもできず、おとなしく僕と一緒に体操をして、走り込みを始めた。
「お嬢は修練場を五周。坊ちゃんは二十周ですよ」
「はーい」
「うぅ……。増えてる……」
去年は十五周だったのに……。
しかも走った後は素振り千回、打ち込み台に打ち込み五百回と指示された。王都に行っている間サボってたのバレてるなぁ、コレ……。
ビクターおじさんには王都でも走り込みと素振りはするよう言われてたけど、お父様もお母様も金策の為に日中出かけることが多く、家事を一手に担っていたサリーも忙しく、監視の目が緩かったので本を読んでばかりいたのだった。
自動船の開発を初めてからはそっちで忙しかったしね。
まだ九歳だから、王立魔法学園の入学に向けての体力作りはそこまで本格的にやらなくていいのだけど……。メアリーアンのおかげでいろんな魔物素材を使ってみたくて仕方ないし、できれば魔石も小型のだけじゃなくて中型も集めたい。その為には中層にも行けるようにならないとだし。
うん、ちょっと心を入れ替えてしっかり鍛錬しよう。
タイヤの研究もしたいのはやまやまだけど!
――と、まあ。
僕が必死に走って素振りして打ち込みしている間、メアリーアンは木剣の持ち方から教えてもらっていたのだった。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




