第18話 「おじさーん、お願ぁーい!」
ビクターおじさんを説き伏せ、どうにか冒険者ギルドへ引率してもらうことに成功した。
ちなみに僕ひとりなら、領内のギルドもドラグールの森の浅層もひとりでも行っていいことになっているというのは、メアリーアンには内緒だ。
基本的に我が国では、十歳未満の貴族の子は子どもだけで外出禁止なのだが、庶民はそんな縛りはない。庶民に毛が生えた程度の木っ端貴族の我が家も、領地では比較的自由に過ごせる。とはいえ、流石に七歳までは許して貰えなかったけどね。
貧民でも貴族でも、七歳以上は冒険者登録が可能で、ひとたび冒険者となったなら、立派な労働力だ。たとえ比較的安全な浅いところでの薬草摘みや町中での小間使いが主な仕事であったとしても。
そんなわけで、庶民の間では七歳というのがひとつの節目になっていて、一人前にはほど遠いけどある程度自分のことは自分で出来て、お手伝い程度の仕事くらいは任せても大丈夫という扱い。十歳以上で半人前だが、どこかに奉公したり農作業の戦力になりはじめる頃合いで、十五歳になれば成人だ。
……まあ、とはいっても成人したてはまだまだひよっこ扱いされるものらしい。領兵で一番若いダンがそうぼやいていた。
「わあ、あれが冒険者ギルド? 思ってたより立派な建物だわ」
「なんだかんだ、このあたりでは一番大きい支部だからね」
ビクターおじさんの荷車の荷台から、周囲を見回していたメアリーアンが、少し先に見える大きな建物を見て声をあげた。
そういえば、メアリーアンはブルウッドの市街地まで遊びに来るのは初めてのはずだ。領地に居るときは、出かけてもせいぜいマロウ家までだ。これは領地を継いでから、お父様もお母様も金策やら領政の立て直しの為やらで東奔西走していたせいもあるが……。そもそも貴族の子どもは滅多に外出なんてしないものだというのが大きい。
大抵は屋敷の中で生活して、出かけるとしても神殿か親戚の家くらいだ。
我が家の親戚は、伯父様方は遠方にいたり、多忙だったりでここ数年会えてないし、母方の親戚も同様。王都にいるラルフ叔父様がたまにタウンハウスに訪ねてくるくらいだったな。
「市場も思ったより活気があるわ。ねえお兄様、市場にもあとで寄っていってもいい?」
「それはビクターおじさんに聞かないと」
「おじさーん、お願ぁーい!」
「……しょうがねぇなぁ。ちょっとだけですよ?」
やっぱりビクターおじさんはメアリーアンに弱い。わざとらしい甘えた声にもデレデレだ。メアリーアンが無邪気に喜ぶものだから、おじさんも嬉しそう。
「さぁ、着きましたよ」
そうこうしているうちに、ビクターおじさんの愛馬、レディ・イザベラが牽く荷馬車が冒険者ギルドの脇に止まった。
ブルウッドでは領主館と神殿の次に立派な建物で、魔の森に一番近い北門のすぐ目の前にある。
ギルドの前に広場があり、それを囲うように一階が店、上階が住居の建物が並んでいるのだが……。このあたりは魔物の解体屋や武器屋の他、夜に開店する飲み屋ばかりだ。改めて見ると、やっぱり貴族の令嬢が来るような場所ではないんだよな。
「あれぇ? あんまり人が居ない……?」
「まだ昼前だからね。朝一と夕暮れ時が一番混み合うんだよ」
午前中とはいえ、既に陽も高くなったこの時間、冒険者ギルドは空いている。冒険者たちは朝一番で依頼を受けて、ドラグールの森に入るか、町中の仕事をしているからだ。朝というには遅く、昼には少しはやいこんな半端な時間にこのあたりをうろついているのは、ギルド職員か、発注していた素材を受け取りに来た商人くらいのものである。
「ええー。じゃあ冒険者さんはいないの?」
「少しはいるはずですよ。指名依頼の受発注はこういう暇な時間にすることが多いんでね。さ、行きましょうか」
ビクターおじさんがレディ・イザベラを馬車留めにつなぐのを待って、僕らは冒険者ギルドの扉をくぐった。
前にここに来たのは去年の冬前だから、僕も久しぶりだ。
ギルドのロビーは広々としていて、出入り口から向かって右側には売店があって、その隣に受け付けカウンターがずらりと並んでいる。向かって左側の壁面には依頼書が張り出されている掲示板。カウンターと掲示板の間にはベンチがいくつも並べられていて、夕暮れにはここは査定待ちの冒険者で一杯になる。
カウンターの向こうにもう一室広々とした空間があるが、そちらはちょっとした軽食や酒も出す食堂で、冒険者たちの憩いの場だ。今は閑散としているけれど。
「ふあーっ、すごい、ゲームみたい……。あれが依頼の掲示板!」
「メアリー、行くよ」
興奮してあちこちちょこまかするメアリーアンの首根っこをひっつかんで、僕はカウンターに向かった。この時間、受付カウンターにも職員はひとりくらいしかいない。よほど忙しいのか、書類仕事に没頭していた職員は、僕らがカウンターまでやってきてようやく顔を上げた。
「おう、忙しいとこ悪いな」
「へっ? ひゃ! ま、マロウ卿!?」
ビクターおじさんが声をかけると、受付嬢のマリッサが飛び上がった。そんなにびっくりしたのかな。まあ、ビクターおじさんは強面だから、いきなり目の前にあらわれたら恐いのかもしれない。
「ど、どうなさいましたぁ? 追加の依頼ですかぁ?」
「あー、領主依頼ではないがな」
「マリッサ、ビッグフロッグの粘液の採集依頼を出したいんだ。できるだけ多く」
「あらぁ、レオン坊ちゃんまでぇ。そちらは……」
「妹のメアリーアンだよ」
「はじめまして! メアリーアン・フィロースです」
ようやく僕を認識してくれたマリッサに、メアリーアンを紹介する。明るく元気に笑顔で挨拶するメアリーアンに、マリッサも顔を綻ばせた。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




