第15話 「お兄様、防水布は乗り気じゃないんですね?」
「自主学習でここまで……? やっぱりお兄様天才なのでは……?」
「うーん? ちゃんと家庭教師つけて学んでる他家の子の方が学習は進んでるんじゃない? 僕は基礎以外は独学だから、興味のあることばかり勉強しているようなものだし。知識は大分偏っているんじゃないかな?」
「そ、そうなの? 貴族の子ってすごいのね……」
君もその貴族の子なんだけどね。
正直、他家の同年代の子とは交流がまったくないから、よく知らないんだよね。僕がちゃんと話したことのある他家の子って、セイクリッド公子くらいだもの。
なんせ三年前までは、お父様は爵位の継承なんて夢のまた夢。研究でなんらかの功績をあげれば一代限りの準男爵にはなれるかな、っていう立場だった。僕の代あたりから身分としては平民になる可能性が高かったんだよね。
そんなだから、他家の子と交流なんてあるわけもない。お父様が爵位を継いでからは、極貧生活になってしまってなおさらだ。むしろ領地の平民の子たちの方が交流があるくらいだよ。
あっ、そうだ。
そろそろまた森に行かないと。冬になる前に一角ウサギ狩りをしないといけないからね。いくら家計に余裕が出てきたとはいえ、研究用の魔石はいくらあっても足りないんだ。節約できるところはしないといけない。
「それで、ゴムっていうのは、ビッグフロッグの粘液で代用可能かな?」
「えっ? あ、うん! 大丈夫だと思う!」
「じゃあ、タイヤはもう少し研究して改良するとして……。やっぱり問題は車体だよなあ」
馬車の車体を改造するか……? 動力部は、自動船用に開発したものを転用できるかな。このあたりは、お父様に相談しよう。セイクリッド公爵のあの様子だと、自動車の設計図もほしがりそうだし。だとしたら、動力部の設計は子どもの僕だけじゃ荷が重い。
「うん、夕食の時にでもお父様に相談しよう」
「そうですね、さすがに自動車は安全基準もしっかり定めないといけないですし。それにしても、配合によって弾力や硬度も変わるなんて……」
試作品として加工した粘液を固めたものをつんつんつつきながら、メアリーアンはしばらく何か考えていた。
「……お兄様、もしかしてコレ、布とかにしみこませて乾かしたら、防水シートとか作れちゃいません?」
「防水? まあ、できるだろうけど。なんで?」
「なんでって! 布に防水加工ができたら、便利じゃないですか! 馬車の幌とか、テントとか、敷物とか。テーブルクロスだって、防水撥水加工しておけば、さっと拭くだけでシミにならずにすむし。布の種類によって用途は様々ですよ」
なるほど?
確かに荷馬車の幌が防水なら、商品が傷みにくくなるかな。夜露や雨で水がしみてくるのを防ぐこともできるのか。それは冒険者もほしがるかもしれない。
でもなぁ……。
「お兄様、防水布は乗り気じゃないんですね?」
「……便利かもしれないけど、僕はタイヤ作りを優先したいかなぁ」
「もう、わかりました。防水布は私が研究してみます。お兄様のことだから、これまで試した配合比率もメモしてるんでしょう? よければ見せてもらえませんか」
「いいよ。じゃあそっちは任せるね」
ビッグフロッグの粘液は別に毒性もないし、メアリーアンだけでも触って問題ないだろう。あんまり関心が引かれない試作は発案者に任せることにした。
しかしそうすると、問題もでてくる。
そう……このままの調子でいくと、すぐに集めてもらっていた粘液がなくなってしまいそうなのだ。
「ビッグフロッグの粘液、また冒険者ギルドに依頼しないといけないなぁ」
「冒険者ギルド!? あるの、そんなの!?」
冒険者ギルドの名前に、メアリーアンがものすごく食いついてきた。心なしか、目がキラキラしている。荒事仕事をこなす冒険者が集まる場所なだけで、女の子が好むような場所じゃないはずなんだけどな。
「メアリーアンは行ったことなかったっけ。領都に支部があるよ」
フィロース子爵領の領都ブルウッドは、ダンジョンこそないけれど、魔物の生息地である魔の森を擁している。一応正式名称はドラクールの森という。まあ、大抵みんなただ「森」とか、「魔の森」って呼んでるけど。
もともとは青々とした木々の茂る、実り豊かな青い森だったらしい。それが五百年程前から魔物が棲み着くようになり、安全に入れるのは浅いところまでになってしまったのだ。
「多分森の奥に魔素溜まりができてしまってるんだろうな。その影響か、土地も痩せてるし。まあ、その代わり魔物素材目当てに冒険者が集まるから、田舎の割には冒険者ギルドは結構大きいんだ」
「お兄様! 冒険者ギルドやダンジョンについて教えてくださいっ」
妙にわくわくした表情になったメアリーアンに、僕は内心首をかしげた。だってこの妹は、この世界が舞台になった小説とやらを、前世で読んでいたはずなのだ。それなら既に知っていることなんじゃないかと思ったのだけれど……。
うーん、まあ、いいか。
前世の記憶から得た情報と、現実の情報に差違がないか確認したいのかもしれない。だとしたら、それは大切なことだ。
「いいよ。それじゃあ、学習室に移動しようか」
「はいっ!」
いったんビッグフロッグの粘液や加工済の粘液などを片付けて、僕らは屋敷の二階。書庫と続き間になっている学習室へ向かったのだった。
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




