第14話 …………うーん、荷が重い。
領地に帰りついたのは九の月の半ば。その月の末には、領主館の使用人の数が増えていた。
まず、料理人がひとりと、メイド見習いの少女がひとり。それから従僕見習いの少年がひとり。このうち、メイド見習いと従僕見習いは領内の神殿付属孤児院の子ども達だ。
普通、貴族の家で孤児を雇うことはないのだけれど、お父様にくっついて領内視察にでかけたメアリーアンが連れて帰ってきてしまった。貧乏領地の孤児院らしく、困窮していたため、最近稼いだ金のうちいくらかを寄付し、働ける子は連れてきたようだ。
前世の世界では、義務教育といって、全ての子どもは学校に通って勉強する義務があったようだ。幼い頃からの教育は大事だというのはもちろん理解できる。だけど平民もみんな学校に行くなんて聞いたこともない話だ。
驚いたけれど、メアリーアンの前世の国、ニホンでは、文明が高度に発達する何百年も前からテラコヤとかいう教育機関を国内のあちこちに作って、庶民も気軽に読み書き計算を学べる環境があったらしい。
外国の制度を本で読んだと取り繕いつつ、メアリーは必死にお父様に平民の教育がいかに有益かを説明していた。妹はこの産業の乏しい貧乏領の子ども達を教育し、有能な人材に育て上げたいと息巻いているのだ。
その為の第一歩として、メアリーは孤児院から連れてきた二人に、文字の読み書きを教え始めた。僕が教えたことを、メアリーが二人に教える、という形だ。
人に教えるためには自分がしっかり理解していないといけないのだから、メアリーが教師役をやるのはまあ悪くはない。あの子にとっての復習にもなるからね。ただ、二人は働き手として雇ったのだから、どうしたって仕事が優先になるのだけれど……。
学びたい者には学びの機会を、が我が家のモットーだ。領民に学びたいという者がいるなら学ばせたい。それができるだけの経済的な余力を、領民達が持てるように考えるのは領主の仕事。つまりお父様の仕事であり、いずれは僕の仕事にもなるのだろう。
…………うーん、荷が重い。
僕としては魔道具の研究をして過ごせればそれでいいんだけど……。領主家となった以上、領民の生活を守る義務があるからね。
ようやく財政が上向いてきたのだから、少しずつでもよくしていけたらいい。
と、いうわけで。僕はメアリーアンに勉強を教えたり、自主学習をする傍ら、ビッグフロッグの素材の加工法をせっせと研究し続けた。その結果、ようやく、メアリーアンが言う「ゴム」のようなものができあがったのである。
「うわあ、すごい……! 本当にタイヤみたいだわ……!」
「ビックフロッグの粘液に炭と塩を混ぜてしばらく放置すると、固形化したんだよ。配合量によって硬度が変わるみたいでね。なめしたビッグフロッグ皮を車輪に貼り付けて、この加工した粘液を厚く塗って乾かしたんだ」
古い車軸の壊れた荷車の、放置された車輪で実験したところ、どうにかそれらしいものができあがった。メアリーアンの絵図では、自動車や自転車のタイヤとやらは、内部が空洞になっていて空気を入れるものであるらしいが、まだそこまでは再現できていない。そのあたりは今後の課題だ。
「前から思ってたけど、お兄様って本当に九歳なの?」
「そうだけど?」
何かな、その奇妙なものを見るような目は。
「普通の九歳はこんなにいろいろ開発とかできないと思うわ。家庭教師すらついてないのに」
「読み書きや算術ならお父様から教えてもらったよ。他の知識は主に本から得たかな。解らないことはお父様に聞けば教えてもらえたし。ウチは学者の家系だから、貧乏だけど蔵書は他家より充実していたからね」
困窮しても先祖代々集めた書籍を売却しなかった両親のおかげである。
ちなみに、我が家のマナー教育担当はお母様だ。
貴族の教育は、幼少期は家庭教育が中心で、十二才から魔法学校に通うことが義務づけられている。貴族は平民よりずっと魔力が強いから、きちんと扱い方を学ばないと周囲に危険を及ぼす可能性があるし、何よりその魔力でもって、民を守る義務があるからだ。
希に平民でも魔力が強い子が産まれることがあるが、その場合も魔法学校に通う義務がある。その中でも王立ウルディネ魔法学校が一番いい学校で、爵位を継ぐにはこの学校の卒業資格が必須だ。だからどの家も、跡継ぎは物心つくかどうかの頃から猛勉強させるのだ。
王立ウルディネ魔法学校は王国で最初にできた学校で、貴族の嫡子は無条件で入学できるけれど、卒業資格を取得するのは非常に困難らしい。
昔は跡継ぎの長男だけが通わされていたそうだけど、現在はそんな制限はなく、余裕のある家は次男三男だけでなく、女児も入学させるようになった。跡継ぎ以外は必須ではないので、わざわざ王都の学校ではなく、地元の学校に通わせる方が楽なんだけどね。
地方貴族は、跡継ぎとスペアの次男だけは王立ウルディネ魔法学校に入学させて、三男以下や娘は地元の魔法学校に入れるっていうのが一般的だ。
王都や王都近郊の領地の貴族は、跡継ぎ以外も無理してでも王立魔法学校に入れようとする、らしい。
そういったことを説明してやれば、メアリーアンはますます困惑した表情になった。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




