オベロンとティターニア
Y字型の飛行物体の1体が、まさに迫りくるキマイラの巨大な頭部の前に立ちはだかる。キマイラはそれを邪魔な虫けらでも払うかのように気にするそぶりすら見せず、その大きく開いた口で飛行物体ごと噛み砕こうとかぶりついた。
ガァァァン――ッ!
響き渡ったのは、肉や金属が砕ける音ではない。耳を劈くような凄まじい衝撃音だった。
瀬戸が思わず息を呑んで見やると、キマイラの凶暴な牙は飛行物体に突き立てられるどころか、目に見えない強固な壁に阻まれたかのようにピタリと止められていた。獅子の頭はどれだけ力を込めても、その小さな飛行物体に触れることさえできずにいる。
「なんだ……これ?」
[ディアーナ:機体名=オベロン。固有振動による強力な空気圧の圧縮シールドを展開しています]
ディアーナの冷静な声が、呆然とする瀬戸の脳内に答えをもたらす。
だが、キマイラもただ驚いているわけではない。すぐさま体勢を立て直して追撃に移ろうとしたその瞬間だった。
それを遮るように、もう1体の飛行物体から鋭い攻撃用のビームが放たれ、ヤギの頭を狙い撃つ。その鮮烈な光線に驚いたのか、瀬戸を押しつけていた目に見えない空気の枷がふっと消え去ると同時に、キマイラはその巨体を大きくのけぞらせて攻撃を回避した。
瀬戸もまた、この好機を逃さず地面を蹴ってキマイラから一気に距離をとり、両手に握った剣をしっかりと構えなおす。
『ミア! いったいあれはなんだ!』
戦況の急変に、その場にいた誰もが感じた疑問を代弁するかのように、ゼノが答えを知るであろうミアへ問い詰めた。
『サポート用ドローン、名づけて「オベロン」と「ティターニア」だよ! こっちからでもしっかりフォローできるように、急きょ作り上げたの! 急場しのぎの寄せ集めで悪いけど、面倒な解析こっちは全部引き受けるから――お姉ちゃん、ディちゃんと、思いっきりやっちゃって!』
ミアの弾けるような、やり切ったぞと言わんばかりの威勢の良い声が響く。
『…ミア!……っ! ディアーナ、ティターニアの制御権限をこちらに移して!……紬!今度は私も一緒に戦うわ!』
「っ!」
瀬戸の両脇にオベロンとティターニアが並び浮かぶ。そのそれぞれが、キマイラを逃すまいと鋭くにらみつけているかのようだ。
「まだそんな力を隠していたのね」
「これで3対3かな?」
「でも所詮羽虫だよね」
キマイラが傷ついた足を毛づくろいするようにしながら、余裕ぶった声音でこちらに問いかける。これまでの攻撃は、まだ意に介していないようである。
「……うちの新商品だ……羽虫かどうかは、その目で確かめてみな!」
言葉が終わるや否や、両の妖精から鋭いビームが放たれる。それと同時に、瀬戸もまたキマイラに向け疾走した。
キマイラも負けじと、炎と空気弾を両の口から放ち、それらが一塊の炎となって迫りくる。キマイラのいた場所にビームが着弾するが、奴はバックステップですでにそれをかわしていた。
追撃する為、勢いはそのままにナノマシンから発せられるプラズマを纏ったビームサーベルで、向かってくる火炎弾を縦に切り裂き、その中心を突き進む。
爆炎の向こう、すでにキマイラが両前の足に体重をかけ、再び突っ込んで来ようとしていた。
「!……こっのくそっ!!」
反対の手に握る黒剣を振るう。纏わせたプラズマが斬撃となり放たれる。放電しながら迫るが、上から叩きつけられた空気塊によって届く前に霧散してしまう。
だが、想定内と言わんばかりに瀬戸は勢いを止めない。が、その爆炎の死角から、蛇が鋭く噛みつこうと姿を現した。
「ざんねん……」
その顔は動物のものでありながら、どこかいたずらが成功した子供のようにはにかんでいる。
『させない!』
だが、今は1人ではない。爆炎の上空よりティターニアが蛇の頭に向けてビームを放つ。それに驚いたのか、獅子か山羊か、あるいはその両方の意思か、キマイラは身体をひねるようにして蛇のしっぽを強引に引き寄せた。噛みつこうとした蛇の牙が、無惨に空を切る。
[ディアーナ:逃しません!]
体勢を崩したキマイラに向け、今度はオベロンよりバルカンを模したビームが絶え間なく放たれる。散弾と化したビームがキマイラへと殺到するが、奴はその抜群の脚力を生かし、森の中へと走り抜けて回避した。ビームが横なぎに森の木々を次々と打ち倒しながら、キマイラを容赦なく追撃する。
「「「っつ……!」」」
ここにきて、ようやくキマイラにも焦りの色が浮かび上がる。走りながら回避しつつ、火炎弾をオベロンに向け放ち激しい打ち合いになる。
だが、キマイラの進路の前に、突如としてシールドを展開したティターニアが立ち塞がった。
ドォン!
その勢いのまま激突する。
「「「!」」」
その衝撃はさながら巨石にぶつかったがごとく、さすがのキマイラも大きくふらつく。それを逃すまいと、対の妖精から再びビームが放たれた。
慌てたキマイラがその場から高くジャンプすると同時に、ビームが先ほどまでいた地面を激しく打ち抜く。
だが、安心したのもつかの間――。
「…準備は?」
『いつでもOK!』
上の空から見据える。立ち込める砂煙の向こうで、まばゆいプラズマが激しく発光していた。
そこには、巨大な砲身がしっかりとキマイラをとらえていた。
眩い発光がさらに強まる。
「ちょい待ちっ!!」
森の中に、慌てふためく叫び声がこだました。




