3つ口の獣
恐竜と見間違えるほどの巨体。しかし、その巨体から不気味に覗く6つの目が、その異常性をさらに際立たせている。
「剣をとりなさい」
「弓を掲げろ」
「その力を僕らに見せて」
言葉が終わるか否や、その巨大な獅子の前足が容赦なく襲いかかってくる。瀬戸は体を地面すれすれまで這わせるように低く沈み込み、その凄まじい斬撃を間一髪で躱した。
『紬!』
「大丈夫だ!」
叫び声もそこそこに、瀬戸はナノマシンを収束させてビームサーベルとビームガンを瞬時に構築する。そのまま挨拶代わりにとビームガンの銃口をキマイラに向けるが、引き金を引くより早く、獅子の頭から猛烈な炎が吹き上がった。
『回避急いで!』
「っ!」
避ける暇すらない。瀬戸はそのまま燃え盛る炎を超えキマイラの懐へと突っ込む。
『ちょっ! どこ行くの!』
ミアの焦る声をよそに、キマイラの真下へと見事に潜り込み、がら空きになったその胴体をビームサーベルで切りかかる。
だが瞬間、キマイラの足の間から素早く這い出た蛇の尾が、狙い澄ましたように鋭く噛みついてくる。噛みつかれる刹那、瀬戸は真横へ激しく跳び退いて回避した。その際、ついでと言わんばかりに、すれ違いざまの前足をビームサーベルで横なぎに切りつける。
深くはないが、確実にキマイラの体に傷を刻み込んだ。
「グゥ……!」
痛みに驚いたのか、獅子の頭がわずかに上を向く。キマイラの腹の下から這い出た勢いそのままに、瀬戸は再度切りかかろうと両足に力を込めた。
直後、冷ややかな眼差しでこちらをにらみつけたヤギの頭が、見えない空気の塊を瀬戸の真上から容赦なく叩きつけてくる。
咄嗟に力の方向を変え、地面を転がるようにして二度目の回避を行う。そのままの勢いでビームガンの引き金を引いた。ヤギの首筋を正確に狙った弾道はわずかに交わされたが、その首筋の毛皮を焦がす程度には掠めた。
急ぎ立ち上がり、体勢を立て直してビームガンを構えなおす。だが、目の前にはヤギの後ろ脚が迫っていた。その圧倒的な脚力を乗せた蹴りが、瀬戸目掛けて放たれようとしている。
「くっ……!」
武器を構える余裕すらないと悟り、瀬戸はビームガンを放り捨ててその拳で殴りつける。ナノマシンの出力を限界まで上げた拳が、猛スピードで迫る硬質な蹄と正面から激突した。
バチバチと、ナノマシンから放たれたプラズマが激しく弾け飛ぶ。力は互いに拮抗しているものの、強化された肉体がきしみを上げ、衝撃が瀬戸の体を伝って足元へと流れ込み、ついに地面に深い地割れが走った。
「……ッ!……」
「思ったよりやるわね」
「小手調べだったんだけどな」
「すごい、すごい!」
キマイラは侮るどころか、瀬戸の底知れない力に驚きを隠せないでいる。
「でも」
「だからこそ」
「油断大敵」
三つ首のそれぞれの声が重なり合う中、蛇の尾が鞭のようにしなり、真横から凄まじい勢いで振り払われた。
骨がきしむ音と共に、瀬戸は地面を転がるように遠くへと吹き飛ばされる。
「っくしょうが!!」
しかし、すぐに体制を立て直して立ち上がり、ビームサーベルと黒剣を両手にしっかりと握りしめた。
『瀬戸! 大丈夫か……』
(はっきり言って3体1だし、めちゃくちゃやりにくいが……何とかするさ……!)
ゼノの心配そうな問いに、瀬戸は苦笑いを浮かべながら心の中で答える。
しかし、状況は圧倒的に不利だった。相手は実質的に3つの意思が完全に独立して動き、互いの死角を完璧に補い合っている。そのため、こちらが決定打を放つ隙を完全に潰されており、逆に相手の卓越した連携に完全に翻弄されている状態だった。これでは完全に手詰まりだ。
『……お姉ちゃん! 解析代わって!』
『! ミア?』
『いいから早く! せと、3分だけ時間を稼いで!』
怒鳴るような勢いでまくし立てた後、ミアはものすごい勢いでキーボードを叩きつけるようにデータを猛烈に入力し始める。
「簡単に言ってくれるな……!」
苦笑いを浮かべながらも、瀬戸は足に力を込め、再びキマイラへと突っ込んだ。
「無理難題は今に始まったことじゃねえよ! クライアント様からのいらいに答えなきゃな……! サラリーマン、なめんなよ!」
目の前に迫る瀬戸に対し、巨体の獅子の足が上から押しつぶそうと大きく振り上げられる。瀬戸は地面に黒剣を力強く突き刺して急ブレーキをかけ、目の前に落下してきた獅子の前足を足場にして、一気に空中へと跳躍した。
それを狙いすましたかのように、ヤギが鋭くにらみつけ、蛇が空中の瀬戸目掛けて飛びかかる。
瀬戸は空中で身を翻し、黒剣で蛇の牙を鋭く受け流しつつ、その頭部を両断しようとビームサーベルを大きく振り上げた。
だが、それを完全に読んでいたかのように、獅子とヤギがそれぞれの口から凄まじい炎と高圧の空気弾を同時に放つ。2つの強力なエネルギーが空中で融合し、巨大な炎の塊となって瀬戸へと迫った。
「っ……!」
咄嗟に、間合いにいた蛇の頭を足場にし、その軌道上へと蛇の体を無理やり誘導させる。結果、放たれた炎の弾丸は、敵であるはずの蛇の胴体を痛烈に焼き払った。
「グアァァッ!」
たまらず蛇は口を大きく開け、苦悶のあまりのたうち回る。
「っかは……っ!」
だが、直撃こそ免れたものの、至近距離でのすさまじい爆風によって瀬戸の体は再度吹き飛ばされ、背中から背後の巨木に強烈に叩きつけられた。肺の中の空気がすべて一気に押し出される。
『……っ! ミア! まだか!』
『あと少し……もう少しだから……!』
『エマ! プラズマ砲の使用を許可する! 瀬戸のナノマシンの権限の一部を使用しろ!』
ステーション内でも極限の緊張状態が続く。
『紬! 聞こえていたわね、権限の一部をこちらに移すわ! 準備するからトリガーを回収して!』
「……っ、ふぅ……了解……!」
視界が揺らぐ中、ふと見れば、キマイラが再び追撃の火炎弾を放とうと体勢を低くしている。
瀬戸は躊躇うことなくトップスピードに加速し、先ほど放り出したビームガンへと向かって一目散に走り出した。キマイラも獲物を逃すまいと、容赦なく連続で火炎弾を浴びせてくる。
熱風が周囲の空気を焼き焦がす中、猛烈な熱気と爆風を紙一重でかわしつつ、ビームガンへと肉薄する瀬戸。しかし――。
「さっきは、よくもやってくれたね」
火炎弾の死角を突くように、傷を負ったはずの蛇の頭が不気味に待ち構えていた。
「ちっ……!」
咄嗟に黒剣で防ごうとするが、上空から容赦なく圧縮された空気の塊が覆いかぶさり、瀬戸の動きを完全に封じる。
「今度のは、耐えられるかな?」
獅子が、その巨大な口をさらに大きく見開き、終局の光を宿した。
『紬! 逃げて……!』
『できたっ……! ディちゃん、いけるよ!』
エマの切羽詰まった叫び声に全く引けをとらない、ミアの絶叫のような指示がディアーナへと飛んだ。
[ディアーナ:了解。ドローン、全機展開します]
瞬間、瀬戸を取り囲むように、2対のY字型の飛行物体が突如として空間に出現し、まばゆい光を放ち始めた。




