試練
ディアーナに示された座標を頼りに、うっそうと茂る北の森をかき分けて進む。周囲の木々が徐々にまばらになっていくと、木立の向こう側に人工物特有的の直線的なシルエットがぼんやりと浮かび上がってきた。
光学迷彩を切らないよう慎重に足音を殺しながら、瀬戸は目視できる限界の距離までそっと近づく。
「旧時代っていうか、石造りの建物の残骸だな」
目の前に広がっていたのは、金属やコンクリートで造られた近未来的な建造物ではなく、風雨にさらされ、あちこちに蔦やコケがびっしりと絡みついた古びた石造りの遺跡のような建物だった。旧時代のものというよりは、中世のヨーロッパの教会の跡地を思わせる、重厚でありながらもどこか寂れた雰囲気を纏っている。
[ディアーナ:周囲に警戒すべき生体反応なし。ですが、石材の隙間や内部構造に異性物質の微弱な付着反応が確認されます。気をつけてください]
「了解」
ディアーナからの冷静な分析データが頭の中に直接響く。
これまでの9カ所とは違い、建物として明確な形を残している分、中に何が潜んでいてもおかしくない。瀬戸は一瞬の迷いを見せながら光学迷彩を解除する。
「そんじゃ、中に入るぞ。サポート頼む」
『了解したわ。くれぐれも油断しないでね』
軽く笑みを浮かべつつ、今にも朽ち果てそうな扉に手をかけゆっくりと開ける。扉がきしむ音が響き、中へと続く入り口が開く。薄暗い森の中とは言え、目が暗闇に慣れず中は漆黒に包まれている。覚悟を決め、一歩中へと進んでいく。次第に目も慣れ、中の様子が見えてきた。建物はその見た目のように教会のようだ。天井の一部は崩れ、日の光が奥に差している。手前にはたくさんの椅子が設けられているが、そのどれもが朽ち果てそうになっていた。
『こういうのはなんですが、なんか神秘的ですね』
『だよね。なんていうかな……ノスタルジックに感じるよね』
ステーションのメンバーも息をのむように、瀬戸もこの景色に少しばかり感動していた。
『浸るのはいいが、肝心の神楽坂はいるのか?』
ゼノの指摘を受け、現実に引き戻される。あたりを見渡すが神楽坂の気配はしない。振出しに戻ったなと思った次の瞬間だった。
「「「あなたは……何を望むの?」」」
しばしの沈黙。それを破り捨てるかのように声が響く。驚きのあまり、声のするほうから遠ざかるように距離をとる。腰の黒剣の柄を握り、声の主を見やる。先ほどまで確かに誰もいなかった。だが、教会の奥、祭壇の前に人影があった。
「「「終わりを望むの? 混乱を望むの? それとも安寧?」」」
黒いフードに身を包む人物は、答えを促すように尋ねてくる。その声は複数人が同時に話しているかのように不思議と響いている。
[ディアーナ:索敵に反応なし。対象、神楽坂葵と同じく索敵に反応しません]
ディアーナが警告を出してくる。その特徴は今まで会ってきた日本人にも共通するものがあった。しかし――。
「あんた、神楽坂の仲間か?」
「「「………」」」
「だんまりか……」
警戒するように目の前の人物を見やる。声が重なって聞こえるため1人だけではないだろう。
「「「…あなたは何を望むの?」」」
「またそれか……」
どうやら答えないとこちらの問いにも答えないようだ。
「そんな大それたことじゃない……ただ命を救ってくれた仲間と一緒に平穏に暮らしたいだけだ。それだけだ。だが、それを脅かすなら容赦しない。どんな障害も乗り越えてやんよ」
嘘偽りもなく答える。敵を欺くためであってもこの思いは嘘で塗りつぶしてはいけない。それが今、瀬戸を形作っているものであるためだ。
フードの人物はしばらく思案している。
「「「そう、ならばその力を示せ」」」
深々とかぶっているフードを脱ぎ捨てる。そこにはヤギ頭の女性が立っている。変異種! と身を構えるが、変異種にしては異性物質の反応が全くないのが気になる。しかし、相手からの殺気は確かに伝わってくる。瀬戸は慌てるように黒剣を引き抜き構えようとする。
が、次の瞬間、体を正面から強風が襲う。
建物の中というありえない状況。油断こそしていなかったものの目に見えないその攻撃を受け、そのまま建物の外に吹き飛ばされてしまう。慌てて体制を立て直し剣を構えるが追撃はこない。ヤギ頭は悠々と建物から出てくる。
「「「力を示せ」」」
目に見えない不可思議な衝撃が瀬戸の体に走る。
[ディアーナ:対象より圧縮された空気圧が放たれています。回避してください]
「簡単に言ってくれるな!」
空気の塊が瀬戸におそかかってくる。
『異性物質の流れをこちらで解析します。回避して!』
エマの解析により空気圧の弾道が可視化される。その指示に従い空気の塊を避けることができた。瀬戸の背後では回避した空気の塊が木々をなぎ倒している。当たればただじゃすまない状況でも、瀬戸は笑みを浮かべつつ前に進む。
「艦長! ナノマシンの制限解除頼む!」
『了解した。エマ! ミアに解析を回せ! 至急瀬戸のリミッターを解除しろ!』
ゼノの指示でナノマシンの出力解除が行われる。その途端に全身が白光する。白光がいきわたるその前に動きだし、その勢いのままヤギ頭に切りかかる。黒剣の超振動を加速化させ上段から切り倒す。
ガキィィィィィン。
瞬間、硬質的な音が響き渡る。ヤギ頭は黒剣を自身の腕で受けとめていた。見た目は生身なのだが明らかに違う。まるで金属の塊のようだ。
「!……硬いな……あんた人間か?」
「「「…」」」
「やっぱりだんまりか……」
つばぜり合いもそこそこに、すぐに瀬戸は距離をとり、剣を構えなおす。ヤギ頭は剣を受け止めた自身の腕を見つめている。その姿ははたから見れば隙だらけである。だが、薄気味悪い雰囲気が漂い切りかかれないでいる。神楽坂や日本人はそのほとんどが変異物質を身にまとい操作していたが、目の前の人物からは変異物質の気配や操るそぶりがない。
『瀬戸……騙されたようだな……』
ゼノから苦汁を飲み下すような声が響く。
「……ああ、今度会ったらぶん殴ってやる」
「「「…この力はわかった……今度は光の剣と矢をもって力を示せ」」」
「!」
『せと! 周辺の変異物質が急劇になくなってる! 今までこんなことなかった! 異常だよ!』
[ディアーナ:対象の熱量が急激に上昇。エネルギーが増幅しています! 注意を]
ディアーナの警告と同時にヤギ頭の女性の体が変化していく。その体は巨大化し四つ足になり、頭や尻尾が増えていく。
『まさか!』
『ダンジョンで見つからないわけだよ!』
「キマイラ!」
その姿は神話で語られる獅子の頭とヤギの胴に蛇の尾、それぞれの頭が瀬戸を見つめる。
「ここなら思う存分力を示せるわ」
「君の真価を見せて」
「僕たちの希望となりえるかな?」
「「「系譜者よ」」」




