捜索者
――明日、北の森で待ってる。見つけてみ。――
瀬戸はポケットから取り出したその紙片に書かれた文字をもう一度目で追い、ため息とともに再び懐へと丁寧にしまった。目の前に広がっているのは、鬱蒼と木々が茂り、昼間であっても薄暗く不気味な湿り気を帯びた北の森の入口だ。
[ディアーナ:北の森の周囲および内部の索敵スキャンを完了しました……。なお、現時点において、変異種および野生生物以外の特異な人間反応は一切検知されません]
「やっぱりか」
ディアーナに命じて周囲の全域をスキャンしてもらったものの、神楽坂葵の生体反応やそれに類するものは一切引っかからなかった。以前、遭遇した他の日本人たちの時と同様に、彼女たちはこちらの索敵には一切反応しない仕組みを持っているらしい。
ハナから見つかるなどと期待してはいなかったが、実際にこうして空振りに終わるとやはり肩透かしを食らったような気分になる。
「やっぱり、直接足で探すしかなさそうだな」
瀬戸は軽く両腕を伸ばして背伸びをすると、不気味に静まり返った森の奥へと再び視線を向けた。
『こちらでもマッピングを並行して行っていますが、視界も悪いですし、くれぐれも油断しないでくださいね』
「了解、んじゃあ行くとしますかね」
そう呟きながら、瀬戸は意を決して森の中へと足を踏み入れた。
『瀬戸、もう一度念のために確認するが、幻灯――神楽坂葵という人物は、本当に信用に足る人物なのか?』
通信越しに、ゼノの声音には未だに強い警戒の色がにじみ出ていた。それも無理はない。ダンジョンでの戦闘で、彼女は仲間であるはずの粘田という男を、迷うことすらなく冷酷に排除したのだから。
その光景を見た時は、昔の彼女をよく知る瀬戸にとっても小さくない衝撃だった。だが、あのひょうひょうとしてどこか掴みどころのない普段の姿を思い出してしまうと、彼女の根っこの部分まで完全に変わってしまったとは、どうしても思えなかった。
「……まあ、色々と言いたいことはあるけど…あいつの根っこは、昔からそんなに変わってないような気がするんだよ」
自分の直感を頼りにそう答えると、ゼノはわずかに息をのむ気配を見せたのち、渋々といった様子で言葉を返す。
『……お前がそこまで言うのなら、これ以上は追求しまい。だが、何かあってからでは遅い。くれぐれも油断はするなよ』
「はいよ、艦長」
『せとは相変わらず考えが甘いねぇ。女性って生き物はね、いざとなればいくらでもガラリと変わるものなんだよ』
「お前、いくつだよ……」
通信越しに飛んできたミアの冷ややかなツッコミに苦笑いをしつつ、瀬戸はさらに森の奥深くへと歩を進めていく。
事前に進めていたマッピングデータのおかげで、神楽坂が潜伏していそうな怪しいポイントの目星はある程度つけてある。まずはそこを一つずつ潰していくのが今の最善策だった。
* * *
それから、数時間が経過した。
「……だぁ――っ! ここにもいねえのかよっ!」
うっそうとした木立の隙間にぽっかりと開いた小さな広場で、瀬戸は思わず頭を抱えて叫び声を上げた。
『……これで9カ所目か…』
『……紬、もうかなり歩いてますけど、大丈夫ですか? 少しここで休んでは……』
「…いや…まだだ、まだ大丈夫だ。ディアーナ、次の候補地はどこだ?」
ここまで、文字通り休みなしで索敵を続けている。敵に見つからないよう光学迷彩を常に発動させながらの移動だったが、目的地へ真っ直ぐたどり着けるほどこの森は甘くなかった。凶暴な変異種を避けるための大回りな迂回を強いられたり、運悪く遭遇して戦闘を余儀なくされたりと、地図上のわずかな距離を進むだけでも途方もない時間と体力を削られていた。
「にしても、あの馬みたいな変異種たち……なんでこちらの居場所がピンポイントで分かるんだよ……」
『ああ、さっきのやつね。解析した結果、あれはコウモリの変異種らしいよ。超音波を使った反響定位ってやつ? 周囲の空気の揺らぎを感知して、まっすぐ襲いかかってきてるみたいだね』
「……コウモリねぇ」
先ほど、四つ足で不気味に地面を這うように迫ってきた、馬のような異様な姿の変異種の姿を脳裏に思い浮かべる。確かに、前足は異様に細く、前足の中間から背中にかけては黒い飛膜のようなものが不気味に広がっていたのを思い出した。
『すでに解析も完了したし、次の対策はばっちり! 今度遭遇してももう不意打ちは受けないよ。安心して進んでね!』
「……へいへい、頼むぜ」
こうなったら、もはやヤケクソ気味に次の候補地をあたるしかなかった。
『ていうかさぁ、これ、もしかして単純にいいように騙されてるだけなんじゃないの?』
「……うっ!」
ミアの放ったあまりにも直球すぎる一言に、瀬戸は思わずガクッと膝から崩れ落ちそうになった。
『ミア!? 何を急に……』
『あっ……! ご、ごめん、ちょっと口が滑った……』
なぜか本気で申し訳なさそうに謝罪され、その無自覚な一撃がかえって瀬戸の精神を激しく抉った。
よくよく考えてみれば、神楽坂は学生時代からして、面白半分で人を盛大におちょくってはケラケラと笑うような悪癖があった。今更その性質を思い出してしまうと、あの野郎、いい加減にしろよと、胸の奥からマグマのような怒りがふつふつと込み上げてくる。
[ディアーナ:次の候補地は、現在の位置から北北西へ九百メートル進んだ地点です。旧時代の人工物の残骸と思われる構造物が確認されています]
「りょ、了解……向かうさ……」
「お兄ちゃん、がんばれー!」
「ソフィア……!」
ソフィアの純粋で健気な応援の声を背中に受け止め、瀬戸はまるでゾンビのようにフラフラと立ち上がると、そのまま目的の場所へと再び足を向けたのだった。
そして、それから数分後――。瀬戸は、ようやく次の目的地であるその場所にたどり着いたのである。




