幕間の問いかけ
「ちょい待ちっ!!」
トリガーにわずかな重みを感じ、引き絞る瞬間だった。
森の中に慌てふためく叫び声がこだますと同時に互いの間におびただしい異性物質の霧が集まりだす。それはやがて人の形をとり、瀬戸が見知った人物――幻灯こと、神楽坂葵へと姿を変えた。
神楽坂は、瀬戸が知るいつものひょうひょうとした表情とは一変し、青ざめた様子でキマイラをにらみつけている。あまりの慌てぶりに演技ではないと肌で感じるものの、警戒を解けば一瞬で命取りになりかねない。瀬戸はいつでもトリガーを引き絞れるようキマイラをにらみつつ、構えを解かない。それは、左右に浮かぶ妖精たち――オベロンとティターニアも同様である。
それを知ってか知らずか、神楽坂はキマイラに向かって詰め寄った。
「ちょっ! キィやん! ウチにお使い頼んでおいて、何やってんの!?」
「「「……」」」
「……キィやん……! ことと次第によっては、先輩側につくで……」
その獣の表情から何を考えているのかを読み取ることはできないが、キマイラはゆっくりと地面に着地するや否や、先ほどまで肌に刺さるような殺気をすんなりと引っ込め、あっさりと臨戦態勢を解いてしまった。
「……わかったわ。もう……少し遊んでいただけじゃない……」
「そうだよ。悪気があったわけじゃないんだよ……」
「うん、うん。ちょっと試したくなってね」
「ちょっととか、悪気がなかったとか言うてるけどわざとやろ……ウチを遠くまでお使いに行かせて、初めから戦う気満々やないの? 確信犯やん……」
神楽坂は諦めた様子で額に手を当て、深い溜息をつく。
『瀬戸……一体どうなっているんだ?』
(……わからない)
皆の疑問を代弁するかのようにゼノが口にする。だがその答えを誰も持ち合わせておらず、ただただ困惑するばかりである。だからこそ――。
「そんで、これはいったいどういうことなんだ?」
目の前の状況を理解している張本人である神楽坂へ答えを求めるのは当然だった。
「……先輩……ウチの協力者が迷惑をかけたようで……えらいすんません。けがとかは大丈夫なん? ほら、キィやんも」
神楽坂に促されたが、キマイラは我関せずといった様子で、自分の傷ついた前足を淡々と毛づくろいし始めている。
「……はぁ、ほんますんません……。幻獣どもはどうも我が強うて……」
「ちょっと待て! 幻獣ども?」
神楽坂の返答に聞き捨てならない言葉が混ざり、瀬戸は思わず聞き返す。
幻獣ども……?
神楽坂は「しまった」と顔に出し、横目でキマイラを見やる。瀬戸もつられてキマイラに目を向けるも、当の本人は相変わらず毛づくろいを続けている。神楽坂はその様子を見て頭を掻きつつ、困ったような表情を見せながらも意を決したように言葉を紡いだ。
「……どうやらここまでがお膳立てのようやね。……あの時代に生きとった、うちらから見て太古の遺跡から出てきた幻想上の生き物の総称です。キィやん……キマイラもその中の1体に含まれます」
神楽坂はキマイラに視線を向けつつ話す。その様子からして、何かキマイラに口止めされていたのだろうか。だが今はこれ以上詮索できる様子もなく、瀬戸はただ困惑を深めるしかなかった。
「……はぁ、とりあえず詳しい内容は中で話そな。ほらキィやん、そんなにおっきな体のままやなくて小さくなり」
神楽坂の言葉にしばしの沈黙ののち、キマイラを中心にして突如として激しい竜巻が巻き起こった。
一瞬のうちに瀬戸とドローンが迎撃の構えをとるが、神楽坂がさっと瀬戸の前に移動し、手で制して攻撃を止める。竜巻はすぐに収まり、そこには先ほどと同じヤギ頭の女性の姿があった。
「キィやん、ちゃんと服も着てな」
キマイラは無言のままどこからか現えたローブを纏い、そのまま教会の中へと静かに消えていく。
「先輩も、中へどうぞ」
神楽坂がそう促してくる。
『紬、どうする気?』
(……もともと、あいつから情報を聞き出すつもりだったんだ……行くしかないだろう)
『ですが……』
(虎穴に入らずんば虎児を得ず、だろ)
『……何それ?』
『あえて身の危険や困難を冒さなければ、大きな成果や成功は得られない、だったか……まさしく今の状況だな』
脳内のアーカイブでステーションの面々と会話を交わしつつ、瀬戸は重い足を教会へと向けた。
「ああ、先輩。無駄と思てますけど一応、その両脇のは閉まっておいて欲しいねん」
神楽坂はオベロンとティターニアを指さして告げる。
実際にはナノマシンで出来た機体の構成を解除しても、必要になればすぐに再構成できる。しかし、先の戦闘で受けた脅威がどうしても脳裏に残り、ディアーナに至っては聞く耳すら持たないといった様子でドローンの稼働出力を維持している。
「……わかったよ。その代わり、すべて話してもらうぞ」
[ディアーナ:瀬戸、それは危険すぎます。許容できません]
『そうだよ! せと!』
ステーションからは当然のように反対の意見が飛んでくる。しかし――。
(神楽坂の言う通り、すぐに再構築できるだろ……みんなを信用してる)
瀬戸のその言葉に、ステーションの仲間たちは一瞬息をのんだのち、みな押し黙った。
やがて、両の妖精の機体構成が霧散するように少しずつ解かれていく。
『……本当に、こういう時ばかりはずるいですね』
「おおきに」
ドローンが完全に消えたことが答えとなり、神楽坂はどこか切なげでありながらも優しい笑みを浮かべて礼を告げた。




