明かされた因縁と、ナオミの企み
『紬! 結婚していたんですか――っ!?』
「いや! してないって!」
『えっー! まさかの無責任!?』
「んなわけあるかぁ!!」
「でも、私のお父さんだし」
「少し黙ろうか!」
通信回線を通じて響くエマの声は、今にも泣き出しそうなほどに裏返っており、完全に錯乱状態に陥っているのがありありと伝わってくる。
『お前ら、いい加減に落ち着け……!』
『落ち着けと言われても無理です! いつの間にそんな大恋愛を隠していたんですかっ……!』
「だから恋愛も何もねぇよ! 俺だって寝耳に水だわ!」
頭を抱えて絶叫する瀬戸の横で、当事者であるはずのナオミは、どこ吹く風といったきょとんとした顔で自分の「父親?」を見上げていた。
「お父さん、なんでそんなに慌ててるの?」
「慌てるだろ常識的に考えて! 俺はついさっきまで、お前が誰なのかすら――」
『お前ら! 落ち着けと言ってるだろうがぁっ!!』
我慢の限界を超えたゼノの怒号がステーション内に響き渡る。そのあまりの剣幕に、通信の向こう側もピタリと静まり返った。
そして――。
"ふぇ、ふぇえぇぇぇぇんっ!"
大人たちの殺気立った雰囲気に当てられ、ソフィアがたまらず大号泣を始めてしまう。場はまさしくカオスそのものだった。
その後は、みんなで代わる代わるソフィアをあやしたり、冷え切った紅茶を飲み直したりと、全員が精神的な落ち着きを取り戻すまでにかなりの時間を要することになった。
"ひっく、っひ、すん……"
『とりあえず、みんな落ち着いたな……では、ちゃんと説明するぞ……』
ゼノのげんざりとした声が響く中、ようやく全員が冷静さを取り戻し、深刻な状況共有の場が整う。
『あらためて説明しよう。ディアーナ、データをみんなに共有してくれ』
[ディアーナ:了解しました]
ディアーナによって、アーカイブに次々とデータが流し込まれていく。そこに映し出されたのは、極秘施設でかつて行われていた非人道的実験の数々、その中で行われていた人工培養、いわゆる試験管ベイビーの実証実験データだった。
『瀬戸、改めて言おう。彼女はお前のクローンだ……』
改めてゼノから突きつけられた真率は、先ほどのドタバタ劇とは一変して、逃れようのない現実として瀬戸の胸に重くのしかかった。
「そう、だから私のお父さん」
「いや……今、まじめな話してるから……」
ナオミのマイペースすぎる天然発言で、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らぎつつ、ゼノの解説は続けられる。
『彼女は、キャンサーの極秘実験で生み出された。かつての帰還作戦のために、お前の抗体データをベースにして生み出され、地球へと降下させられたメンバーの一人だろう』
ディアーナが切り替えた映像には、かつてのキャンサーのクルーたちによって非人道的な処置が施されていく様子が克明に記録されていた。
非道な実験の被験者だったという暗い過去を微塵も感じさせない、目の前ですまし顔をしているナオミの姿を見つめながら、瀬戸は複雑な思いに言葉を詰まらせる。
『ナオミっち、その……ほかに、生き残りのメンバーはいるの?』
ミアが、痛々しい話題に配慮しつつも素朴な疑問をナオミにぶつける。
「ん? いるよ。ヴィラがそう。あと、何人かいる」
「彼女も、お前と同じクローンなのか?」
ナオミの言葉の真意を確かめるように、瀬戸が少し身を乗り出して問い質す。
「ううん、お父さんのクローンは私だけ。ヴィラは、コールドスリープのまま地上に降下させられたクルーメンバーって言ってた。ほかのメンバーも大体そんな感じ」
ナオミは一切の悪びれもなく、淡々と事実を告げていく。
『その他のメンバーは、今はどこに?』
「ヴィラが用意した拠点にいる。でも、異性物質による変異がみんなひどくて、まともに動ける状態じゃない」
「そうなのか……」
「うん。私はたまたま強い抗体があったからまだよかったけど……」
「……そう、か」
ナオミが無事に生き延びていてくれたことへの安堵と、非道な実験に人生を狂わされた人々への同情とが、瀬戸の胸の中で複雑に織り交ざっていく。
「ヴィラも、本当は変異の進行がかなりひどかったらしいんだけど」
『えっ、でも、この前、会ったときは特にそんな様子はなかったようだけど……』
「エルフが、ヴィラの体内の異性物質を正常化させたって言ってた。だから、ほかのメンバーも全員助けるために、ヴィラは今『エルフ』を探してるみたい」
ナオミの口から、ヴィラがエルフを追う明確な目的が明かされる。
「でも、そんなことしなくてもよくなる! お父さんの抗体データを、ナノマシンを経緯して仲間に分け与えれば、きっとみんなも落ち着くはず。早くヴィラに会いに行かなきゃ!」
ナオミは自らの発見に希望を見出し、どこか嬉しそうな笑顔を浮かべる。しかし――。
(異性物質を、正常化できる、だって……?)
瀬戸はその話の端々に、どうしようもないきな臭さを感じ取っていた。
先ほどの戦闘で命を落とした粘田は、自分の意志で異性物質を自在に操っていた。そして、神楽坂葵に至っては、その身を完全に異性物質の影へと変化させてみせたのだ。
もしも、そのエルフとやらが粘田や神楽坂、刀使いと同じ組織――あるいは、彼ら自身が瀬戸たちと相反する目的に行動しているならば、今後、彼らは避けて通れない強大な敵として相まみえることになるかもしれない。
胸の奥に広がる嫌な予感を振り払うように、瀬戸は小さく息を吐き出すと、現実の課題を片付けるべくダンジョンの出口へと歩き出すのだった。




