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ネオ・テラ:降下者セトの選択 ―あの日の残業、2000年後の誓い―  作者: totoさけ
長い残業の始まり ―2,000年後の地球と、白銀の騎士―

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前夜の告白、あるいは希望の口づけ

降下作戦を目前に控え、ステーション・ラビットは静かな熱を帯びていた。


ここ数日間、瀬戸は過酷な順応訓練に追われていた。肉体に流し込まれたナノマシン『Type-0』は、単に傷を癒やすだけではない。肉体の強度、神経伝達速度を極限まで引き上げ、反射神経を人間離れしたレベルへと押し上げるための「調整」が必要だった。


模擬戦闘シミュレーターの中、瀬戸は幾度となく倒れ、立ち上がった。ゼノが繰り出す電光石火の攻撃を紙一重で回避し、ミアが調整する予測不能な環境下で、意識と肉体の誤差を必死に埋めていく。


[ディアーナ:反応速度誤差0.5593。訓練内容修正。引き続き訓練を継続しますか?]


無機質な声が、現在の瀬戸の数値を叩きつける。 瀬戸は悔しそうに拳を握りしめた。


「当たり前だ!!」

[ディアーナ:了解しました。訓練用ドローン射出します。]


空中に展開された複数の訓練用ドローンが、一斉に軌道を変えて瀬戸へ襲いかかる。瀬戸はナノマシンで強化された反射神経をフル稼働させ、ドローンの攻撃に対し、人間の限界速度を完全に超越した動きでそれら全てを捌き続けていく。


「その調子だ、瀬戸! そのナノマシンを、自分の細胞の一部だと思え!」


「せと、ディちゃん。がんばれー!」


ゼノの厳しい叱咤と、ミアの無邪気な声援。その繰り返しの中で、瀬戸の身体はナノマシンによる最適化と絶え間ない学習によって、かつての自分とは似ても似つかない代物へと変貌していた。意識を集中すれば、複雑な武術の型や、未知の変異体に対する戦術が脳内に浮かび上がる。右腕には、以前とは違う、頼もしいまでの密度と強靭さが宿っていた。



明日、彼は地球へ降りる。 休養が仕事だといわれた瀬戸は、自室のベッドで天井を見つめていた。


(……落ち着かない)


鼓動が速い。任務への恐怖か、それとも、会いたいと願う誰かの存在か。


「ディアーナ、聞こえるか?」


[ディアーナ:はい。聞こえています。どうしましたか?]


何かしていないと落ち着かず、特に用もないのにディアーナに声をかける。今まで瀬戸という人間を観察し、ステーションの人間が持つ感情と違う感情表現をする瀬戸に対し、ディアーナは興味を抱いていた。


[……精神バイタル異常。……極度の緊張状態というものなのでしょうか。このような時どう対応すればいいのでしょうか?ミアやエマならわかるのでしょうか?]


[ディアーナ:瀬戸は緊張していますか?]


「そう…だな。多分…いやかなり緊張してる。」


AIに虚勢を張っても意味ないと思い、瀬戸は素直に答える。


[ディアーナ:そうなのですね。ステーションの皆さんと過ごしている私は、今までそのような感情を学習していませんでしたので、どのような答えを出せばいいかわかりません。]


瀬戸は苦笑する。


「大丈夫だよ。答えを求めたわけじゃない。ただ誰かと話したかっただけなんだ。」


瀬戸はディアーナを気遣ったように話す。


[ディアーナ:そうなのですか?誰かと話すだけでよろしいのですね。ならば大丈夫と思われます]


「え?」


瀬戸がその言葉の意味を問おうとした時だった。ノックの音が聞こえた。


「……瀬戸さん、いますか?」


エマの声だった。扉を開けると、そこには頬をほんのりと赤く染めたエマが立っていた。彼女はいつもの落ち着いた雰囲気とは違い、どこか挙動不審で、恥ずかしそうに視線を彷徨わせている。


「部屋に……入ってもいいですか?」


瀬戸は慌てて彼女を招き入れた。

二人は並んで座り、会話を交わした。


「……明日の作戦、怖くないですか?」


エマが膝の上で指先を弄びながら、小さく問いかける。その横顔は、訓練の厳しさとはまた別の、深い不安に揺れていた。


「…あのさここで俺が目覚めたときの時覚えている?」


「え?」


「あの時の俺さ、すごくみっともなかったと思うんだよね。右腕はないし、無機質な声はするし、どこかわからない、知っている人もいない。恐怖で押しつぶされていたんだ。」


「……」


目覚めたときのこと。もう遠い記憶にさえ思える。


「今でも正直怖いさ。正直、足が震えるほどにね。でも……あの時エマに抱きしめられ、言われた言葉が今の俺につながっている。そんな気がする。」


「瀬戸さん…」


「単純だよな。でもそれがうれしかったんだと思う。当時の俺はただ会社とアパートに帰って寝る日々を延々と過ごしてきただけだった。そんな俺がこんな世界規模?宇宙規模か、こんなことに巻き込まれるなんて当時は微塵も、いや思ったことはなかった。」


「そうですね。ただ生活していただけで私たちの運命をお願いされるとは思いませんよね。」

エマは申し訳なさそうに下を向く。


「いいや。今はさ、ただ黙々と生きているだけじゃなく、目標ができたことがうれしいんだ。」


「うれしい…ですか?」


「うん。ここにきて、ミアに、ゼノ艦長、それにディアーナ、みんなに出会い日々を過ごすうちに俺には大切なものができた。サラリーマンだった時には手に入れられなかったものだ。君たちが守ろうとしているこの場所と、未来を繋ぐために、俺にはやらなきゃいけないことがある。」


瀬戸は力強くて確かな覚悟を持ち、エマを見つめる。


「もし…」


「え?」


「もし…作戦が無事に終わったら。……その時は、一緒に地球の空を見に行きたいです。資料の中の空じゃなく、ここから見る地球じゃなく本物の空を」


「ああ、約束する。俺が連れて行くよ」


話せば話すほど、二人の距離は物理的にも、心理的にも近づいていく。 言葉の端々に、互いを想う熱が混じっていた。沈黙が落ちた時、それが好意であることを二人は理解した。

自然と顔が近づく。エマがゆっくりと目を閉じた。 瀬戸もまた、その柔らかな唇を求めて身を寄せた――その直後だった。


『全クルーに告ぐ。降下作戦開始まで残り12時間。各員、最終チェックを忘れるな』


艦内放送が、無機質なノイズとともに鳴り響く。 二人はまるで電撃でも受けたかのように、慌てて飛び退いた。


「わ、わわっ、すみません!」


「い、いえ、こちらこそ!」


顔を真っ赤にして背を向ける二人。気まずい沈黙が流れた。


「あ、あの……」と、瀬戸が切り出す。


「口腔を介すると、免疫のないエマには危険だよね……。もし、僕が地球から変異原を持ち帰っていたら……」


「そ、そうですね。それは……とても危ない、ことですから」


互いに照れ笑いを浮かべ、医学的な正論を言い訳にして、この昂ぶりを無理やり収めようとする。そこへ、ガチャリと扉が開いた。

ミアが涼しい顔で入ってきた。彼女は先ほどまでの二人の様子を全て見ていたかのような、呆れたような、しかし少しだけニヤリとした笑みを浮かべていた。


「お姉ちゃん、心配性ね」


「み、ミア!?」


ミアは手元のデバイスを操作しながら、淡々とした口調で言い放つ。


「せとのナノマシンはすでに私とお姉ちゃんにも同期させてあるわ。せとの抗体データはすでにナノマシンを通じてお姉ちゃんの体内にもコピー済みよ。ね、ディちゃん。」


[ディアーナ:はい。瀬戸に投与したナノマシンにより、クルーやコールドスリープについている民間人には免疫学的にも生物学的にも、接触による感染リスクはゼロとなっています。……つまり、口腔的接触も肉体的接触、もちろん生殖行為も可能です。]


ミアはそれだけ言うと、


「作戦準備があるから、ディーちゃんいくよ。あと、記録と艦長への報告は禁止だよ。」


[ディアーナ:……了解です。]


ミアは背を向けて部屋を出て行った。 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

気まずい静寂。先ほどよりもずっと重い沈黙が流れる。 エマの顔は茹でダコのように真っ赤で、下を向いたまま動けない。


(……逃げちゃダメだ)


瀬戸は自分の中に芽生えた、かつてないほどの決意を噛み締めた。このまま明日、死ぬかもしれない地獄へ行く。もし戻れなかったら、自分の気持ちを伝えないまま終わってしまう。

彼は立ち上がり、エマの正面に立った。 彼女の肩をそっと掴む。エマが顔を上げ、潤んだ瞳で瀬戸を見つめた。


「エマ」


瀬戸の声は、かつてないほど真っ直ぐで、力強かった。


「ミアに言われたことは忘れてくれ。……そんなデータ的な理由じゃなくて、俺はただ、俺自身の気持ちとして君に伝えたい」


瀬戸は一呼吸置き、エマの手を取り、その小さな震えを包み込むように握りしめた。


「俺は、君が好きだ。この2000年という時間を超えて、ここにいた理由が、もし君に会うためだったとしたら……それだけで、ここに来た意味があると思える」


瀬戸の右手が、エマの頬に触れる。再生された右腕は、とても温かかった。


「だから、約束する。必ず君の元へ帰ってくる。だから……俺を、信じてくれないか」


エマは言葉を失い、目から大粒の涙をこらえきれないように溢れさせた。彼女は涙を拭うことすら忘れ、瀬戸の胸に顔を埋めた。その背中を、瀬戸は愛おしそうに抱きしめる。

宇宙の深淵に浮かぶ小さなステーションで、二人の心は明日という不確実な未来に、強く結びつけられた。


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