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ネオ・テラ:降下者セトの選択 ―あの日の残業、2000年後の誓い―  作者: totoさけ
侵食する過去と今

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影からの取引

「仲間を……殺した……?」


あまりの理不尽かつ冷徹な光景に、ナオミは動揺の色を隠せないまま小さく息を呑む。

幻灯が冷酷に小刀を抜き去ると同時に、力なく脱力した粘田の身体が前のめりにガクリと倒れ込んだ。その冷めゆく肉体の下からは、彼が生き延びるための命の源であったであろう生々しい赤い水たまりが、静かに、そして着実に広がり始める。

瀬戸は沸き上がる怒りと警戒心を奥底へと押し込め、鋭い眼光のまま幻灯をにらみ据えた。


《……仲間じゃなかったのか?》


《仲間? ちゃう、ちゃう。ただお互いに利用してただけや》


幻灯は手にした小刀の血糊を冷ややかに吹き飛ばしつつ、足元で冷たくなりゆく粘田の骸をまるでゴミを見るような目で一瞥した。


《ただ彼は個人的に好きやない。彼の言動は自分の生理的に全く合わんのや。人を操って、自分の思い通りに動かそうとするなんて……どんな変態趣味やねん、ほんま》


吐き捨てるようにそう呟くと、幻灯は音もなく小刀を鞘へと納めた。


《……戦わないのか?》


目の前の敵が示す不可思議かつ冷徹な行動に深い警戒を抱きつつ、瀬戸は低く問い質す。


《はなから戦う意味なんてないで》


幻灯は自身の不定形な影をゆらゆらと揺らしながら、その場にただただ気怠げに漂っている。


《なら、俺の質問に答えてくれるのか?》


瀬戸は決して気を緩めず、今度こそ逃がすまいとナノマシン出力をさらに引き上げる。鎧の節々よりさらにプラズマの発光が強くなる。


《おお、怖い怖い!……ええよ、別に教えてあげるくらい》


《……何?》


あまりにも拍子抜けする予想外の答えに、瀬戸はいぶかしげに眉をひそめ、警戒の色をいっそう濃くする。


《さっきも言うたやん。お互いに利用してるだけやって。自分の目的が果たせるなら、あんな奴どうなったってどうでもええねん》


表情すら持たないはずの影のシルエットの向こう側で、幻灯はどこか嬉しそうに、楽しげに語る。その言葉が本心なのか、それとも底知れない演技なのか、瀬戸にはまだ測りかねていた。


『せと……今、必死に解析しようとしてるんだけど、幻灯ってやつ、異性物質の集合体ってこと以外は現状で完全に解析しきれないかも……』


通信回線を通じて、ミアは敵の情報をかき集めようと奔走する。しかし、その声には珍しい焦りが混じっていた。どうやら見た目の通り、影のように実体が掴めない相手らしい。


《……お前らは何者だ……目的はなんだ……》


瀬戸は得体の知れない幻灯の存在を前にし、改めてその核心へと迫る問いを投げかけた。


《うちらか? うちらは、ジブンと同じ日本の生き残りや……目的は、まあ、復讐らしいで》


《復讐……だと?》


《せや……》


幻灯はゆっくりと足場を滑らせるように移動し、オフィスビルの窓際、その無限に広がる空間を眺められる位置へと歩み出た。


《誰にも助けられず、何のいわれもないまま、あの忌々しい炎に焼かれた……そこから這い上がってきた者にとって、これで復讐するなって言うのは、最初から無理な話やねん》


影のシルエットは、自分にあるはずもない生身の腕を、まるで痛みを思い出すかのようにぎゅっと強く握りしめる。


《まるで、実際に見てきたような言いようだな……》


その言葉の響きは、まさしく事実そのものを語っているように聞こえた。しかし、人間が西暦の時代から二千年もの長きにわたって生き延びるなど、常識的に考えて不可能なことだ。

瀬戸は深く考えずにそう口にしたが、対する幻灯は、何を当たり前のことを言っているのかと言いたげな冷めた視線を向けてきた。


《ようやない……実際に、あの炎に焼かれたんやで、ウチらは》


『『『……ッ!?……』』』


その言葉を通信越しに聞いた瀬戸、そしてステーションの面々全体に、凄まじい戦慄が走った。

二千年もの長い年月を、人間が生き続けている。それはまるでお伽話や眉唾物の都市伝説のようであり、到底信じるに値しない話だった。だが、目の前にある異星物質の異様な性質や、降下作戦の後に目の当たりにしてきた数々の超常的な現象を思い返せば、それを一律に否定し切ることもできなかった。現にソフィアという存在もいる。時間軸が停止したダンジョンという場所にいた存在を瀬戸たちは頭の隅から忘れ去っていた。


《……やっぱり、自分の感は当たってたようやな》


幻灯は、瀬戸の身体に走ったわずかな動揺の気配を見逃さず、何か確信を得たように低く呟いた。


《ジブン、自分らとは違う口やな……》


《っ……!》


図星を突かれたのか、瀬戸は言葉に詰まる。どう返答すべきか、瞬時に判断を下すことができなかった。


《沈黙は肯定ってことやで。まあええわ、細かい詮索はやめとこ。それより、ジブンに一つ提案があるねんけど、どうやろか?》


幻灯は、長年求め続けていた何かに行き着いたかのように、どこか嬉しそうに、軽やかな足取りで瀬戸へとじりじりと近づいていく。

その足元から這い上がるように、今まで不気味に揺らいでいた漆黒の影が、少しずつ確かな人間の形へと再構築されていく。次第に、闇のような黒は、生々しい人肌の色へと変化を遂げていった。

瀬戸とナオミは、未知の脅威に対する警戒を一切緩めず、変化していくその姿を険しい顔でにらみ続ける。


《提案だと……?》


《そう! 自分は組織や、あの連中のことを何でも教えてあげる。その代わり……》


やがて、影は完全に一人の人間の女性へと姿を変えた。すっきりとしたボブカットに、涼しげな狐目の切れ長な美人――そんな印象を与える女性の姿だった。

彼女は敵意を引っ込め、どこか嬉しそうに、しかし切実な期待を込めた目で瀬戸を見上げる。


《自分を、人間に戻してほしいねん》


《人間に戻す……だと?》


《ジブンらは、ウチらとは持ってる理が違うようやし、それくらい可能やろ? それにさっきも言うたろ?そもそも自分の目的は組織の連中とは全く違う。あんな連中の復讐に付き合う気なんて最初からないんや……自分はただ元の人間的な身体に戻りたいだけやねん……》


幻灯――かつて人間だったその女は、黒いスポーツ下着のような軽装の戦闘服のまま両手を広げ、自分の変化したばかりの身体を包み隠さず見せつけた。


《この不気味な体、元の人間に戻せるんやったら、自分、何でもするで……瀬戸先輩……》


その瞳の奥には、どんな過酷な条件をも飲み込む覚悟の炎が、確かな熱量を持って宿っていた。

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