光芒の軌跡
「お姉ちゃんたちを、いじめるなあああッ!」
その予測不能すぎる突撃に、上空の宇宙ステーション『ラビット』のブリッジクルーたちは一様に息を呑み、言葉を失った。戦況の演算を続けていたAIのディアーナすら、予測プロセスの処理がわずかに追いつかず、無機質な瞳孔の光を揺らす。
だが、ソフィアは躊躇わなかった。彼女はいつの間にどこからか収納していたのであろう大量の瓦礫の破片を空間転送のように引き出すと、怒りのままに男へと散弾の如く一斉に投げ飛ばした。
『ソフィアっ!?』
通信回線の向こうで、ゼノが思わず椅子から立ち上がり、驚愕の声を張り上げる。
『ソフィアちゃん! 何やってるの、早くそこから逃げて!』
エマの悲鳴のような制止が続く。
[ディアーナ:エマの言う通りです! ソフィア、早くそこから退避してください!]
高度な演算を司るAIらしからぬ、感情の揺らぎが露わになった切迫した言動に、ブリッジの誰もがとやかく咎め立てる余裕などなかった。今がそれどころではない極限状態であることを、全員が痛いほど理解していたからだ。
しかし、ソフィアは一歩も引かなかった。瓦礫の雨を浴びせて体勢を崩させたその場から動かず、ただ血走った目で、禍々しい異星物質を纏う男を真っ直ぐに睨みつけている。
「お兄ちゃんなら、こうするもん! お兄ちゃんがいたら、絶対助けるもん! お兄ちゃんが戻ってくるまで、ソフィアがやっつけてやるもん!」
小さな体に宿った、あまりにも大きすぎる勇気と心。その無謀な忠義と愛おしさが、通信を介してステーションの全員の胸を熱く打つ。
『ダメだ、ソフィア一人では危ない!』
『そうだよ! 今、せとがそっちに向かっているから、とにかく隠れて!』
小さな戦士の懸命な心意気は誰もが痛いほど理解できた。だが、残酷にも現実に甘くない。不意打ちとはいえ、異形の怪物の注意を引いて一撃を与えてしまったのが悪かった。男の狂気の的は、今や完全にソフィアへと固定されてしまっていた。
『紬、早く! ソフィアちゃんが……!』
エマは通信越しに現地へ急行中の瀬戸へ状況を叫び、少しでもスピードを上げるように激しくせき立てる。
「艦長! ナノマシンのセーフティを強制解除する!」
アーカイブ越しに映し出される現場の映像を見つめながら、エマは焦りを禁じ得ず、ゼノの最終確認すら待たずにシステムロックを強引に外した。それほどまでに現場の状況は秒単位で悪化している。
[ディアーナ:ソフィア、攻撃が来ます! 回避を!]
男の背中から噴き出した異星物質がうねりを上げ、さらに肥大化して巨大なロボットのような外殻を形作る。理性を完全に失った怪物は、邪魔立てする小さな影をすり潰そうと、巨大な鉄塊のような足を無慈悲に持ち上げた。
《し、死んじゃ、えぇぇぇぇ!》
誰の叫びだったのか。モニターの向こうから響いた絶叫と同時に、モニターの映像が激しく乱れる。ナオミが限界を超えた踏み込みでソフィアを抱きかかえ、辛うじてその場から跳び退いて直撃を免れた。
だが、絶望の連鎖は止まらない。
「ま、マリアたん、ま、またぼ、ぼくの邪魔して……!」
巨大ロボットと化した男は、地響きを立てながらねじ曲がった殺意を孕んだ巨体をゆっくりとナオミへと向き直らせた。その瞳に理性のかけらもなく、ただ目の前の存在を叩き潰すことだけが刻まれている。
「も、もう……いい、や。ぼ、ぼくの、思い通りに、ならないのな、なら、こ、ここで壊れっちゃえ!」
(武器さえあれば……!)
追いつめられたナオミの唇から、絞り出すような心の声が漏れ出た。その切実な願いを拾い上げるように、遠隔のステーションでゼノが鋭く指示を飛ばす。
『ソフィア! 瀬戸の剣を出せ!』
『艦長!? あれは使えないよ――!』
ミアが反射的に驚きの声を上げる。
『そうです! あれは紬のナノマシンからのエネルギー供給で分子レベルの超振動を起こすから切れるのであって、生身の人間が扱えばただの金属の塊にし――』
『大丈夫だ、ソフィア!』
ゼノの声には迷いがなかった。何か確信めいたものが彼の背中を押している。
『設定はディアーナが担当する! ミアはディアーナの補助に回れ! エマは瀬戸へのナビゲートを続けろ! 急げ!』
鬼気迫るゼノの統率のもと、ステーションのメンバーが一斉に神業のようなキー捌きで稼働を開始する。
「……うんっ!」
ナオミの目の前の空間が、まるで水面に波紋が広がるように激しく歪み、漆黒の刀身がその姿を現す。
「えっ!これ…」
突然現れた不可解な剣に、ナオミは一瞬、息を呑んで戸惑いを隠せない。瀬戸が使っていた剣が目の前に浮かんでいる。だが、今の彼女には迷う暇など一秒もなかった。
「これは……君が?」
ナオミには聞こえるはずのない小さな返答が、ソフィアはプルプルと震え答える。差し出された黒剣の柄を、しっかりと両手で掴み取るようにナオミへと促した。ナオミは迷わず、その冷たくも温かい柄をしっかりと握りしめる。
[ソフィア:被験者ID001のデータの一部を確認。新たにID001-1の同期リンクを構築……完了。神経回路の同調を開始します]
ディアーナは黒剣の、瀬戸のナノマシンを活性させる。ナオミの中で何かがパチンと音を立てて繋がった。
「……ッ! ……そっか。そういうことだったんだ。」
先までの焦燥と手詰まり感は霧散し、ナオミの端正な顔立ちに妖しくも美しい不敵な笑みが浮かび上がる。迫り来る巨大な鉄拳の軌道を静かに見据え、彼女は手にした黒剣を流れるような軌道で一閃した。
『……っ嘘! なんで、なんで超振動剣の周波数が同調しているの!』
『ミア、それだけじゃないわ! 紬のナノマシンと完全にリンクしてる……どうして!?』
『今は考えるな! プロセスを維持してサポートに徹しろ!』
ステーションの喧騒をよそに、刃が空気を切り裂く。
リイィィィィン、と空間を震わせる澄んだ超高周波の金属音が響き渡る。男が全身に纏っていた硬質な異星物質の装甲などまるで存在しないかのように、黒剣は紙細工を断つがごとくたやすく、その巨腕を両断していった。
《な、なんだよそれ……なんで、なんでぼきゅの思い通りに、ならないんだぁぁっ!》
絶叫する怪物に対し、ナオミは冷徹なまでの笑みを崩さず、凄まじい手際でその巨体を切り刻んでいく。誰もがこのまま一気に押し切れると確信した、そのコンマ数秒の隙だった。
《こうなったぁっ!》
バランスを崩しかけた男が、最後のあがきとばかりに、残された巨大な腕を狂乱の回転軌道で薙ぎ払った。その暴力的な拳の先にあるのは、崩れた瓦礫の隙間で未だ意識を失ったまま倒れているリズだった。
「リズッ!」
ナオミの表情から笑みが消え、恐怖と焦燥が再燃する。リズへと直撃しそうになった剛腕の軌道を逸らすため、ナオミは全身のバネを使って割り込み、黒剣を盾のように突き出して衝撃を受け止めた。
しかし、がああああっ、と凄まじい質量と出力の余波で大きく吹き飛ばされてしまう。その衝撃のあおりを受け、抱きかかえていたソフィアの小さな身体も一緒に宙を舞い、冷たい床の上へ激しく転がされる。
[ディアーナ:ソフィアッ――!?]
「お前なんかに負けないもん! 絶対、お兄ちゃんが来てくれるもん!」
痛みを堪えながら叫ぶソフィアの小さな姿を認め、男の狂気がさらに跳ね上がる。
《おまえのせいで……!》
転がったソフィアをそのまま踏み潰そうと、男は歪に肥大化した巨大な鉄の足をぐっと持ち上げた。
「だめぇぇぇっ!」
ナオミの喉から、絶望に満ちた悲愴な叫びが絞り出された、その時だった。
「何やってんだ! てめぇ!」
吹き抜ける風の如き鮮烈な怒号。それに呼応するように、眩いばかりの純白の光弾がオフィスの暗がりを貫いた。
「ふへっ?」
男の間の抜けたような奇声の直後、ズドンッ! と空間を揺るがす凄まじい爆風と閃光が走り、光弾は巨大ロボットの膝関節を正確無比に撃ち抜く。支えを失ったバランス崩壊の巨体は、凄まじい地鳴りと共にその場へ崩れ落ちる。
「うちの子に、何しやがんだ……てめぇは」
「お兄ちゃん……!」
ソフィアが嬉しそうにその名を呼ぶ。
舞い上がる粉塵とプラズマの余熱の向こうから、まばゆい光を放つビームサーベルとビームガンを両手に携え、全身を神秘的な白光で発光させる近代的なパワードスーツに身を包んだ男が、倒れたロボットの頭上に堂々と降り立った。




