漆黒の刀身、白光の弾丸
《ひぎゃあぁぁぁぁ…っ! い、痛い。痛いよぉう……!》
瓦礫の嵐をまともに受けて、男は全身から血を流しながら床を激しく転げ回った。予測不能の猛撃に魔力のコントロールも完全に乱れ、ナオミを捕らえていた巨腕は見る見るうちに萎み、消滅していく。
地面に投げ出されたナオミは、何がどうなっているのか把握できぬまま、荒い息を整えてその場で立ち上がった。
(…あいつ、何をしゃべっているの?)
男が話す言葉は先ほどとは違い、聞いたことのない言語を発しており、ナオミは理解することが出来ない。だが痛みに悶えていることだけが辛うじて理解できた。
その目の前に――ぽよん、と不気味なほど呑気な音を立てて、一匹のスライムがぴょこんと跳ねて現れた。
「ス、スライム……?」
常軌を逸したオフィスの崩壊現場に似つかわしすぎる最弱の魔物の姿に、ナオミは我が目を疑うようにぽつりと呟いた。
《ス、スラ、スライムだって……!? ざ、雑魚モンスターのくせに、くせに、ぼ、ぼくに攻、撃するなんて、ゆ、許せない……!》
ナオミの呟きを聞きつけた男は、激痛と屈辱で目を真っ赤に血走らせながら、スライムを狂気的な視線で睨みつけた。
《こ、殺してぇ……やるっ!》
男は荒い息を吐き出しながら、周囲に散らばる異星物質を必死にかき集める。今度は他人ではなく、自分自身の肉体へとそのドス黒い物質を過剰に纏わせはじめた。
肉体と同化した異星物質がうねりを上げて肥大化し、たちまち男の核を中心に、歪で禍々しい巨大なロボットのような外殻が組み上がっていく。
《し、死んじゃ、えぇぇぇぇ!》
理性を完全に失った男は、足元にいるスライムを踏み潰そうと、巨大化した鉄塊のような足を思い切り叩き下ろした。
「っ!」
状況の呑み込めぬまま、しかし反射的に危機感を覚えたナオミは、咄嗟にそのスライムを両腕で抱え込み、間一髪でその場から跳び退いた。
「ま、マリアたん、ま、またぼ、ぼくの邪魔して……!」
巨大ロボットと化した男は、地響きを立てながらゆっくりとナオミへと向き直る。その巨体から漏れ出る殺意はもはや隠す気すらない。
「も、もう……いい、や。ぼ、ぼくの、思い通りに、ならないのな、なら、こ、ここで壊れっちゃえ!」
スライムを片腕で抱え込み、しかも手元には何の武器もない。絶望的な手詰まりの状況に、ナオミは悔しげに自分の唇をきつく噛み締めた。
「えっ? これ……」
その瞬間、ナオミの目の前の空間が波紋のように歪み、一本の剣がすっと現れた。それは黒剣が使用していた漆黒の刀身の剣だった。
「これは……君が?」
抱きかかえたスライムに問いかけるが、プルプルと震えるだけで当然返答はない。だが、迷っている暇など一秒もなかった。ナオミは差し出されたように漂う黒剣の柄を、迷わずしっかりと握りしめた。
――その瞬間。
脳髄を撃ち抜かれるような強烈な電撃と共に、ナオミの中で何かがパチンと音を立てて繋がった。
「……そっか。そういうことだったんだ。」
先ほどまでの迷いや焦燥が嘘のように消え失せ、ナオミの口元に妖しくも美しい笑みが浮かぶ。彼女はもう一度、目の前にそびえる巨大な敵をぎらついた瞳で見据えた。
《し、死んじゃえーっ!》
男が操る巨大ロボットが、荒狂う巨腕を振り下ろして殴りかかってくる。しかし、ナオミにもはや避ける動作はなかった。迫り来る拳の軌道を見据え、そのまま手にした黒剣で一閃する。
リイィィィィン、と澄んだ金属音を響かせながら、かつての自分の剣とは比較にならないほどの凄まじい切れ味が発揮される。男が纏う硬質な異星物質の装甲などまるで紙細工のように、黒剣はたやすくそれを両断していく。
《な、なんでだよーっ! な、なんでぼきゅの思い通りに、ならないんだぁぁっ!》
絶叫する男に対し、ナオミは冷ややかな笑みを浮かべたまま、縦横無尽にその巨体を切り刻んでいく。質量が増したことで、逆に巨大ロボット化した男の巨体は動作が鈍くなり、ナオミにとって格好の的でしかなかった。
「これなら……っ!」
トドメとばかりに、ナオミは一気に踏み込み、全身の力を剣に乗せて跳躍した。
《こうなった!》
だが、男もただやられるわけではない。巨大な腕の拳が凄まじい遠心力を伴って回転し、ナオミへと激しく投げ放たれた。
直撃を避けようと軌道修正を図った瞬間、ナオミの視界の端で、別の脅威が別の標的へ向かっていることに気づいた。その拳の矛先は、気を失ったまま瓦礫に埋もれているリズに向かっていたのだ。
「リズ!」
急ブレーキののちリズに向かった攻撃を黒剣で攻撃を逸らす。咄嗟のガードに勢いを受け止められず吹き飛ばされてしまうナオミ。その瞬間スライムも一緒に弾き飛ばされてしまう。
「っく!」
すぐに体勢を立て直す。
《おまえのせいで!》
男は転がったスライムを踏みつぶそうとする。
「だめぇぇぇっ!」
距離が遠い。今の跳躍では、どう足掻いても間に合わない。ナオミが絶望に満ちた悲愴な叫びをあげた、その時だった。
「何やってんだ! てめぇ!」
吹き抜けた風の如き怒号とともに、眩いばかりの純白の光弾がオフィスの空間を切り裂いた。
ズドンッ! と凄まじい爆風と閃光が走り、光弾は巨大ロボットの足を正確に撃ち抜いた。バランスを完全に崩した巨体は、凄まじい地鳴りと共にその場へ盛大に崩れ落ちる。
「うちの子に、何しやがんだ……てめぇは」
舞い上がる粉塵の向こうから、眩い光を放つビームサーベルとビームガンを両手に携え、全身を白く発光する近代的な鎧に包んだ謎の男が、倒れたロボットの頭上に堂々と降り立った。




