↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネオ・テラ:降下者セトの選択 ―あの日の残業、2000年後の誓い―  作者: totoさけ
侵食する過去と今

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/76

見えざる守護

「リズ!」


床を激しく転がったナオミは、叩きつけるように素早く立ち上がり、すぐさまリズが吹き飛ばされた方向へと視線を走らせた。


オフィスの一角は先ほどの衝撃で無残に破壊され、デスクの残骸や散乱した無数の書類が辺り一面を埋め尽くしている。そのがれきと紙吹雪の海の中で、リズはぐったりと書類に埋もれるようにして倒れていた。


「……っ……!」


心臓が凍りつくような冷たさを覚えたが、微かに上下する小さな胸元を見て、ナオミはかろうじて息が続いていることを悟る。意識こそ失っているものの、致命傷は避けたようだ。


最悪の事態は免れた。そう安堵の息を漏らすと同時に、ナオミは研ぎ澄まされた戦士の顔へと戻り、手元に残された半分に折れた剣を力強く握りしめ、再び構え直した。


男は、仲間であるはずの少女たちが倒れ、リズが戦闘不能に陥ったというのに、慈悲どころか一層薄気味悪い笑みをその顔に貼り付けたまま、ねっとりとした視線をナオミに向けている。


「ほ、ほーら……じゃ、邪魔者は、いなっくな、ったよぉ……」


男は満足げに自身の両腕を大げさに広げながら、じりじりと距離を詰めてくる。空間を歪ませるようにして、背後からも異形の腕がもぞもぞと鎌首をもたげ始めていた。


その巨腕の一つが、まるで怯えた子猫を捕まえるかのような卑劣な動きで、ナオミの退路を塞ぎ、生け捕りにしようと大きく開かれる。


「……っつ……!」


ナオミは一瞬で血路を開くため、折れた剣に全魔力を注ぎ込み、捨て身の特攻をかけようと全身に力を込めた。だが、いかに研ぎ澄まされた技量があろうとも、刃が折れた得物ではリーチも威力の伝わり方も以前とは比べものにならない。


男はナオミのそんな焦燥と絶望をすべてお見通しであるかのように、嘲るような薄ら笑いを浮かべていた。


「このっ!」


神速の踏み込みで、折れ刃を突き立てるように男へ突進するナオミ。しかし――。


「ざ、残念だなぁ……」


「っ……!?」


男の言葉と同時に、ナオミの眼前を遮るように、突如として空間から新たな巨腕が出現した。予測を超えた神出鬼没の軌道。あまりの突然の出来事に、いかに百戦錬磨のナオミであっても回避の判断がコンマ数秒遅れた。


そのわずかな遅れが命取りとなる。暴れ狂う黒い腕は、ナオミの胴体を逃さず捕らえ、鉄の箍のような締め付けでその身柄を完全に拘束した。


「だ、誰も……アームが2本だ、なんて……言ってないよぉ……そっ、その気になれば、い、いくらでも、できるんだから……」


男は、まるで欲しかった玩具をようやく手に入れた子供のように無邪気に、そして底知れぬ狂気を含んだ歓喜に震えながら、巨腕に捕らわれてもがくナオミを見下ろした。


「は、はぁ……よ、ようやく……マリアたんを、て、手に入れたんだなぁ……」


巨腕の締め付けから逃れようと、全身の力を振り絞って暴れるナオミを間近に見据えながら、男は嬉しさのあまり歪んだ笑みで限界まで口角を釣り上げている。その興奮から漏れ出る荒い息遣いと、異様な体温を感じる距離の近さに、ナオミのなかの嫌悪感と生理的な拒絶反応は限界まで跳ね上がっていた。


「誰が……あなたみたいな化け物についていくって言ったの!」


「だっ、大丈夫だよぉ、だって……」


男はナオミの罵声をどこ吹く風と受け流し、トボトボと床に倒れている先ほどの少女の一人のもとへと歩み寄った。


そして、そのぐったりとした少女の身体を別の巨腕で無造作につかみ上げると、ナオミの目の前へと見せつけるように突き出した。


少女の頭部の付け根。生え際を凝視したナオミは、そのおぞましい光景に息を呑んだ。そこには、赤黒く肥大化した、どす黒い卵台のような奇妙な虫がしっかりと張り付いていたのだ。それはまるで心臓のように、ドクン、ドクンと嫌なリズムで脈打っている。


「こっ、こうして……ぼ、ぼくのち、力で、みんな、ぼ、ぼくだけの、こ、恋人になってくれる、んだからねぇ……」


その異様で悍ましい生態の真実を目の当たりにし、ナオミの背筋を凍りつかせたのは恐怖だけではない。自分もあんな気味の悪い寄生虫を頭部に植え付けられ、自我を奪われた人形にされてしまうのだと想像しただけで、ゾッとするどころか魂が拒絶を叫んでいた。


「離せ!」


拘束された巨腕の中で、ナオミは意地と気力を総動員して暴れ、何とか逃れようと抵抗するが、異星物質の硬質な締め付けはびくともしない。


「み、みんな……さ、最初はそうやって恥ずかしがるんだ。だっ、大丈夫だよぉ。すぐに、み、みんなと同じにしてあげる、からね……ね?」


「やめろ……っ!」


ナオミの必死の抵抗を嘲笑うかのように、男は潤んだ目をいやらしく輝かせながら、自分の首筋にも纏わりついていた同種のヒル状の虫を指先でつまみ上げると、ナオミの白く細い首筋へと容赦なく押し当てた。


バリッ、と肉を削ぐような不気味な音。


「……えっ?」


次の瞬間、ナオミの首筋に食いつくはずだったそのおぞましい虫は、なぜかまるで熱湯に触れたかのように激しく身悶えし、ポトリと乾いた音を立てて冷たい床の上へと転げ落ちた。


「な、なんでだよぉ……っ! な、なんで、ぼ、ぼくの愛を……きょ、拒絶するんだよぉ……!」


絶対の自信を持っていた洗脳の手段が文字通り弾かれたことに、男は信じられないものを見る目で目を見張り、尋常ではない動揺を露わにして頭を掻きむしる。


(なんともない……?)


自分自身も、もはやこれまでと覚悟を決めていたナオミは、あまりの急展開に呆然としながら、何も異変の起きない自分の首筋と、床で悶える虫を見つめた。男の特殊な力や洗脳を、ナオミの精神あるいは何らかの抗体が完全に跳ね除けたのだ。


思い通りにいかない現実の前に、男のメンタルは急速に崩れかけ、その隙だらけの無防備な背中が完全に晒されていた。


――そして、その絶好のタイミングを逃さず、死角からさらなる追い打ちが叩きつけられる。


〈お姉ちゃんたちを、いじめるなあああッ!〉


廊下の曲がり角、あるいは崩壊した天井の瓦礫の上からか、この場のだれにも聞こえるはずのない幼くも切実な怒りに満ちた叫び声が響き渡った。


直後、無数のコンクリート片やオフィスの残骸、鋭利な鉄骨の欠片などが、まるで意思を持った群れの如く一斉に浮き上がり、弾丸の嵐のような散弾となって男へと降り注いだ。


「がっ……!?」


予期せぬ方向からの、それも尋常ではない物量の猛攻に、男は身を護る間もなくそのすべての攻撃をまともに受けてしまい、その場に大きくよろめき崩れ落ちたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。