消えた影と不穏な邂逅
「ねえ、どこかで会ったことある?」
少女にそう問いかけられ、瀬戸は一瞬、思考を停止させた。普通なら、初対面の相手に対して何を馬鹿なことを、と笑い飛ばす場面だ。しかし、瀬戸の胸の内には、彼女の言葉を即座に否定できない奇妙な既視感が渦巻いていた。
だが、記憶をどれだけ手繰り寄せても、この世界に降り立ってから彼女と出会ったことはない。
[ディアーナ:彼女の言うような邂逅は記録には存在しないです。彼女の勘違いでは?]
ディアーナも同様の見解のようだった。瀬戸は努めて冷静にそう伝え、思考を切り替える。
「……気のせいだろ。俺の記憶にはない」
少女はわずかに残念そうな表情を見せたが、
「そう。気のせいか」
とあっさりと引き下がった。瀬戸は妙なほどほっと安堵し、先ほどの騒動を思い返して、少女に説教を試みる。
「それよりも、もう少し考えて行動しろよ。あんな奴らに絡まれるような場所では特にな」
『…瀬戸、どの口が言っている? お前も他人のこと言えないんじゃないか?』
脳内でゼノが呆れたようにツッコミを入れてくるが、今の瀬戸は聞こえないふりを決め込む。そんなやり取りをしていると、人ごみの奥から眼鏡をかけた小さな少女が小走りで近寄ってくる。
「あー、ここにいた!」
少女は安堵したように息を吐いた。どうやら彼女の知り合いらしい。瀬戸がその眼鏡の少女に尋ねる。
「君は、この子の知り合いか?」
瀬戸が今来たばかりの少女に尋ねると、彼女は瀬戸を警戒するような視線を向け、小さく頷いた。
瀬戸の問いに、少女もようやく気づく。
「あ、リズ、ここにいたんだ」
何事もなかったように声を弾ませる。
「来て早々悪いんだが、実はー」
瀬戸は、リズと呼ばれた眼鏡の少女に、先ほどまでの経緯を説明した。最初は瀬戸を警戒し、いぶかしげに聞いていたリズだったが、話が進むにつれて顔色が青ざめていく。最後には、深く頭を下げて謝罪してきた。
「申し訳ありません! うちの団員がご迷惑を……いつもは保護者役がいるんですけど、今は別行動をしておりまして……本当にすみません!」
リズは始終、低姿勢だ。それに対し、少女はそっぽを向いて「私、悪くないし」と不貞腐れている。
リズが困り顔で窘めると、少女――ナオミと呼ばれた彼女は、瀬戸をじっと見つめている。
「ナオミ、黙ってないで何か言わなきゃ。何も言わないでじっと見てちゃダメでしょ」
視線に気づいたリズが止めるが、ナオミはどうやらまだ気になっているようで、
「やっぱりどっかで会った気がする。どこだろう?」
目をつむり考えるポーズを取り、またもや悩み始めた。瀬戸は気まずさを誤魔化すように傭兵書を取り出し彼女らに見せる。
「ほら、これが俺の傭兵書だ。この名前に見覚えあるか?」
鉄錆の町から来たことや、今日到着したばかりであることを説明する。
「ちょっと待ってください!まさかナオミ、見ず知らずの人に絡んでるの!?」
ここでようやくナオミが今まで自己紹介すらしていなかったことに気づいたリズは、再び驚いて深々と謝罪を繰り返した。ようやく互いの素性が判明する。リズたちの所属する傭兵団は、ヴィラたちと同じ「ムーンダリア」の一員だった。リズは、その華奢な体躯に見合わぬ重厚な雰囲気から、ドワーフだと言い添えた。自己紹介中もナオミは「うーん」と唸り続けている。
「この子はいつもこんな感じなのか?」
瀬戸はたまらずにナオミについて尋ねると、リズは苦笑した。
「もともと不思議ちゃんなところはあるんです。でも、悪い子じゃないので……」
リズはそこで言葉を濁し、横に視線を逸らした。その先には、先ほどからずっと四つん這いの姿勢を維持している、あの「自称・愛の狩人」の背中があった。哀愁を通り越して不気味ですらある。リズが何か言いたげに瀬戸を見たが、彼は黙って首を横に振った。関わってはいけない。その暗黙の了解に、リズは乾いた笑みを浮かべて頷いた。
「そういえば」と、瀬戸は強引に話題を変える。
「ヴィラが、鉄錆の町で仲間を待つと言っていたんだが、伝わっているか?」
「え!?というか団長たちとも知り合い!」
リズはその事実を知らなかったようだ。
「ああ、ここに来る前にエルフの情報を聞かれた。その時に錆鉄の町で待つと言っていたぞ」
「エルフの話って……間違いなく団長だ。でもどこで連絡が行き違ったんだろう? ナオミはどう?」
リズはどうやらこのことを知らなかったようだ。というか、今はどのような連絡方法なのか瀬戸たちも知らないため、実は興味があった。そんな中、尋ねられたナオミといえば、
「そういえばさっき、連絡鳥でそんな話を受けとったような?」
と、どこか他人事のように答えた。リズは、頭痛に耐えるように眉間を抑える。ここにも苦労人がいたな、と瀬戸は内心で同情した。
ふと視線を戻すと、先ほどまでいた小太りの男の姿が消えていた。ふいに寒気を感じる。
(いつからあいつの気配を感じていなかった!?)
今までの会話の最中も全く気配のなさを気にしていなかった。背筋が寒くなる。ディアーナに索敵を依頼するも、反応なし。何やら嫌な予感がし、瀬戸は周囲を警戒するのであった。
場所は変わって、森の中。先ほどの傭兵3人組が、荒い息を吐きながら悪態をついている。
「あの女、タダじゃおかねえ」
「そうだな……あの男も俺らに恥をかかせやがって、ぶっ殺してやる……!」
3人は3人とも悪態をついている。誰一人として自分たちの行動を反省する者はいない。
「み、醜いであ、ありますな……」
3人がいら立って振り向くと、そこには先ほどの小太りの男が立っていた。自分たちがバカにしていたやつに馬鹿にされる。小さなプライドしか持ち合わせない男たちのとる行動は火を見るより明らかだ。
「デブが、舐めた口きいてんじゃねえぞ!」
「てめえなんざ、お呼びじゃないんだよ!」
男たちはそれぞれ手に武器を持ち、小太りの男に飛び掛かっていく。
「ボ、ボクのマリアたんに、き、危害を加えるなら、お、お仕置きをしないと、い、いけないね」
男たちの狂気が喉元まで迫る。しかし、森に響いたのは彼らの断末魔だけだった。ものの1分も経たないうちに、3人は跡形もなく土くれへと消え去る。そこへ、もう一人の影が現れる。全身黒づくめの人物だ。
「あーあ。そないなことやらかして、姐さんに怒られるでぇ……」
その口調はわざとらしく、どこか芝居がかってさえいる。
「だ、大丈夫だよ! ぼ、僕はやるときは、やるんだから……」
小太りの男は興奮のあまり言葉を震わせていた。
「ホンマかぁ? ならはよう、人形回収して戻ろうやないの」
影に促され、小太りの男は地面に手を付き、土塊と化したものを地中深くに埋め込んでいく。
「ぼ、僕としては、あ、あんな小汚い人形より、ま、マリアたんみたいな綺麗なフィ、フィギアが欲しいな……」
「ほんま、ええ趣味してるで」
影は彼を軽蔑の目で見下ろす。どうやら仲間という認識はないらしい。
「どうでもええけど、余計なことすんなや。ここで消すで?」
忠告とばかりに、影が小太りの男の首筋に小太刀を突きつける。
「わ、わかったよぅ」
小太りの男は、それ以上逆らえないことを理解したようだった。どこから出したのか、黒い外套を羽織って立ち上がる。
「ええ子やん」
そう言い残し、二人の影は深い森の闇へと溶けていった。




