摩天楼の影
ヴィラたち「ムーンダリア」の一行と別れを告げて翌日。瀬戸たちの前には、ついにその巨大な威容が姿を現していた。
「たかーい」
『これはまた、すごいですね』
『何でもありだな……』
ステーションメンバーでもこんな感じなのだ。瀬戸があきれ返るのは仕方がない。
「……なあ、これどのくらいあると思う?」
瀬戸は思わず立ち尽くし、首が痛くなるほどの高さを仰ぎ見た。嫌な予感は出発前からあった。地図上で目標地点と認識してはいたが、遠くからでも確かな存在感を放つその巨大建造物。だが、層を成す雲がその全貌を隠し、どこかで「あれは別の何かだ」と現実逃避を許してくれていた。
だが今、目の前に突きつけられたのは紛れもない現実だ。瀬戸の目の前には、かつての世界と何ら変わらぬ姿をした、超高層ビルがそびえ立っていた。例にもれず時間軸は固定されているのか、文明崩壊の痕跡すら感じさせないガラス張りの外壁が、陽光に鈍く輝いている。
瀬戸の呆然とした問いかけに、ミアは気のない様子で肩をすくめた。
『さあねえ。100階くらいあるんじゃないの? 適当だけど』
[ディアーナ:――地上より約378メートル、85階建てと推測します]
空気を読まない冷徹な機械音声が響く。ディアーナだ。彼女は淡々と、しかし極めて正確にその階数を算出しようと演算を続けている。
「……ディアーナ、もう少し情緒を持ってくれないか」
[ディアーナ:……?……情緒と階数計算の関連性は認められません]
瀬戸は後頭を抱えつつ、ふうと大きく溜息を吐く。このダンジョン、あるいは「高層ビル」の攻略には、まず入り口の特定が必要だ。どうやら地上付近に見えているのは中層階にあたるらしく、入り口らしいものが見当たらない。
「幸い、ダンジョン前の集落があるはずだし、あそこで情報収集すればこと足りるはずか」
瀬戸は愛車のバイクを停めると、ソフィアに収納してもらい、歩いて集落へと向かった。鉄錆の町に比べれば規模は小さいが、それなりに雑多な活気がある。国の調査団が引き上げた後、めぼしい遺物もないと判断されて傭兵たちも足が遠のいているはずとバレリアンからの情報だったが、それなりの人数はいるようだ。
瀬戸が地図屋をさがしながら、情報を求めてうろついていると、ふと傭兵たちの言い争う声が耳に入った。何となしにふとそちらに目をやれば、女子高生くらいの黒髪の少女に3人の男の傭兵が絡んでいる。
「おい、いい加減にしろよ。俺たちの傭兵団に入れてやるって言ってんだ!」
「聞こえないの? 興味ないわ」
男たちは自分たちの傭兵団へ来いと少女を誘っているが、少女は無視を決め込んでいる。あまり無視をしすぎたのか、男の1人が怒鳴った。
「無視してんじゃねえぞ!」
男の1人が少女につかみかかろうとする。少女はそれを軽くかわし、無視するようにその場を去ろうとする。
『すごーい。きれいによけたね』
(今の動き、なかなかだな)
瀬戸から見ても今の動きは無駄がなく、戦い慣れしている動きだ。だが、それを許さない男が今度は剣を抜き、切りかかろうとする。そこへ小太りの男が乱入する。
「女の子をいじめるのはいけませんな。」
男と少女の間に入り、そんなセリフを言う。
「いいですかな。わたくしある日運命の出会いをしたのですよ。それはまるで恋愛小説のような…この話はわたくしと美少女と出会い。そう今なようなシチュなのですよ。特にこの美少女というのが何を隠そう主人公と恋仲となるマリアたん。マリアたんというのはですね―――」
男たちも少女もあっけにとられるが、小太りの男はその後も早口で少女が何とか、男は何たるかと語り始める。瀬戸はかつての会社の同僚にいたオタク君を思い出し、その行動に
(何やってるんだか…)
と思わず見ているこっちが恥ずかし死にしそうな気持ちになる。その間も小太りの男の話は終わらない。
「つまり何が言いたいかと申しますにマリアたんのような―――」
「何言ってるかわからねえんだよ」
だんだんと冷静さを取り戻した男は小太りに切りかかる。
「邪魔」
少女が小太りの男を蹴り飛ばす。
「へぶじ」
と意味の分からない悲鳴を上げ、小太りな男は転がっていく。そのまま少女は切りかかってきた男の剣をかわし、胴に掌底を当ててのけぞらせる。仲間がやられたのを見て、残りの2人も少女に切りかかろうとするが、再度、小太りの男がまた立ち上がり
「マリアたん!危なーい」
と言い少女をかばおうとする。
少女はまた小太りの男を蹴り飛ばすと
「ぎゃん」
とまた訳も分からない悲鳴を上げる。それも気にせず、少女は鞘に納めたままの剣で切りかかってきた男の顎を下から振り上げる。
もう一人の男も少女へハンマーを横から振り被る。少女もそれを難なく避けようとするが、一番最初に掌底を食らった男が少女を羽交い絞めにする。少女も予想外だったらしく、回避できずに目をつむってしまった。
『紬!』
(わかってる!)
瀬戸はすかさず少女の前へと滑り込み、ハンマーを片手で受け止める。その瞬間、男たちから「へっ?」と間抜けな声が上がる。瀬戸はつかんだままのハンマーを片手で握りつぶし、砕いてやる。その瞬間、野次馬を含め、全員が無言になる。
その隙を逃さず少女は自分を羽交い絞めしている男の顔面へ蹴りをお見舞いする。たまらず男は拘束を解き、地面へ尻餅をつく。
瀬戸は倒れている男たちに凄みを利かせて言った。
「あんたらまだやんのか?」
「お、覚えてろよ!」
男らは一目散に逃げていく。その男らの後ろ姿を見て、瀬戸は
(あんな漫画みたいに逃げていくやつら初めて見た)
と思いながら見送る。
不意に少女が瀬戸に近づいてきた。
「助けてくれてありがとう」
少女は照れ臭そうにお礼を言う。瀬戸がどういたしましてと返事をしようとしたとき、
「何、礼はいりませんよ」
先まで転げ回っていた小太りの男が瀬戸の前に急に現れる。その表情はどこか自慢げだ。だが少女は汚物を見る目で一言。
「お前じゃない」
本当にショックを受けたかどうか定かではないが「ショック」と言い放ち、地面に四つん這いポーズをとっている。
(いちいちオタク臭い動きをする奴だ)
瀬戸は小太りの男を見下ろす。
『瀬戸、気づいているだろう?』
(ああ……)
『どういうこと?』
瀬戸とゼノはこの小太りの男を胡散臭そうに見つめている。
[ディアーナ:先ほどの動きについて、服は汚れておりますが、わざと攻撃を受けそらしています。見た目ほどダメージを受けていないことから、かなりの手練れと判断します]
ディアーナの解析にエマとミアは驚きを隠せないでいる。
(こいつ何者だ?)
そんな瀬戸の考えをよそに、少女は瀬戸をマジマジと見てくる。いたたまれなくなり瀬戸は少女に尋ねる。
「どうした?」
「ねえ、どこかで会ったことある?」




