黒き影の謀議
寒々しい風が吹き抜ける、町外れの廃墟。明かりも灯されず、濃密な暗闇に包まれた部屋に、黒ずくめの人物が一人佇んでいた。性別さえも判別させない漆黒の装束に身を包み、その手には一枚の紙片が固く握りしめられている。
静寂が支配する空間で、その人物はただ紙片をじっと見つめ、過ぎ去る時間を待っていた。
不意に、朽ち果てて穴だらけになったドアが、重苦しい音を立ててゆっくりと開く。来訪者が足を踏み入れた瞬間、紙片から視線を外すこともなく、女の声が暗闇に響いた。
「……遅かったな」
冷徹で、どこか艶を含んだ女性の声。その問いかけに対し、ドアから現れたのは同じく黒いフードを深く被った二人組だった。一人は腰に無骨な刀を提げ、もう一人は右手に二対の「鳥の人形」をぶら下げている。
「ただ待っていただけのやつに言われたくねえな」
刀を持つ人物が毒づいた。苛立ちを露わにした青年の声だ。女性は溜息交じりに肩をすくめる。
「それは悪かったね。こちらとしては、お前たちに任せればうまくいくと信じていたんだがね」
女性の言葉に、青年は「けっ」と露骨に悪態をついた。もう一人の人物――少女の気配を纏った者が、壊れかけのテーブルに近づき、ぶら下げていた鳥の人形を無造作に放り出す。
「罪人どもがうるさくて。調査報告じゃ5体の人形があるはずだったけど、3体しか回収できなかった」
彼女はそう言うと、鳥の人形の横に、新たに二対の「亀の人形」を並べた。それを見た女性が、不快げに眉をひそめる。
「……3体と言ったはずだが?」
「知るかよ」
青年は投げやりに吐き捨てた。少女が困ったように首をかしげ、その理由を淡々と説明する。
「この馬鹿が面白半分に、化け物に猿の人形を使った」
「ほう……」
女性はゆっくりと青年の方を向いた。青年の頬には、先ほどの戦いの爪痕が残っている。青年は告げ口をした少女を殺気立って睨みつけたが、女性はそれを制し、ただ結果を求めた。
「それで、どうだった」
「感染スピードは理論値を超えて加速した。体は巨大化し、凶暴性も増した。懸念していたこちらの干渉能力は弾かれることもなく、自在に操ることができた」
少女の報告を聞き、女性は満足そうに口角を上げた。しかし、少女はそこで一度言葉を切り、報告を続けた。
「ただ……イレギュラーが出た」
「……イレギュラー、だと?」
「相当の実力者が2名、現れた。1人はそれほどでもなかったけれど、こいつと互角に渡り合えていた。下手をすれば、こちらが押されていた」
少女の客観的な報告に、女性は驚きを隠せない。青年は即座に叫んだ。
「おれは負けてねえ!」
「……あちらはハンデがあった。罪人どもを庇いながらでなかったら、二人掛かりでも危なかった」
「それほどか……」
「ええ、国のひも付きではないけれど、要注意。なぜかバイクも乗りこなしていた」
「なに!」
その報告に女性はさらに驚く。
「まさか同胞?」
女性が独り言のように考え込む。
「知るか! あれは俺の獲物だ! 今度会ったら切り刻んでやる!」
青年は殴られたであろう頬を拭うように怒りをあらわにする。その様子を見て、女性はすべてを悟った。
「なるほど、よほど負けたのが悔しいようだ」
怒り狂う青年を無視し、女性は少女へ問いを向ける。
「ほどほどにしておけ……それで、もう一人のほうはどうなのだ?」
「……論外。あれは敵対すべきじゃない」
少女の口から出た「論外」という言葉に、部屋の空気が凍りついた。青年でさえ、言い返す言葉を失い、押し黙っている。
「あれはやべぇ。俺らの攻撃が通じる想像すらつかねえ……」
青年が珍しく同意の意を示す。少女が続ける。
「人形を使った化け物も、私たちが干渉した化け物も、跡形もなく消し去った。それどころか、人形の反応まで完全に消滅していた。下手に手を出すべきじゃない」
女性は思考を巡らせる。
「引き込めるか?」
「無理。……罪人たちを助けていた」
その報告に、女性は沈黙した。やがて、冷ややかな視線を暗闇に投げかける。
「いずれ邪魔になるのであれば、相応の対策を考えねばなるまい。だが今は、人形を1つでも多く回収することが優先だ。次の場所へ向かってくれ」
「……わかった」
「ほかの連中は?」
青年は女性の命令を無視するように尋ねる。女性も答えなければ青年が納得しないであろうことを察した。
「…君らほど順調ではないようだ。まだ残りのメンバーから連絡が来ていない」
「……よし」
女性の答えに、青年は満足した様子を見せる。
「……子供……」
その様子を見て、少女は馬鹿にしたようにつぶやく。
「なんだと!」
「うるさい……」
そうつぶやき、少女は部屋を出ていく。「まちやがれ!」青年もその後を追い、再び闇夜の中へと姿を消した。廃墟に残された女性は、握りしめていた紙片をゆっくりと開く。そこには、まだ見ぬ敵の影が確かに刻まれていた。




