残影
焚き火の爆ぜる音が、森の静寂を小気味よく切り裂く。ヴィラの「情報交換してくんないかい?」という唐突な切り出しに、瀬戸は思わず呆気にとられた。
「お姉さま……それはいくらなんでも急だと思います……」
「ねえねえ、説明不足。相手も困るよ?」
ヴィラの背後にいた二人の少女が、呆れたような溜息を吐きながら寄ってきた。ミリィとナナが揃ってヴィラをたしなめる。どうやらヴィラのこの強引な性格は、彼女たちの間では日常茶飯事のようだ。ヴィラは気にした様子もなく、大剣を地面に預けると、「へいへい、分かってるって」と肩をすくめた。
「……はあ? いきなり会ったばかりの相手に情報交換って……互いに何者かも分からねえのに、豪快というかなんというか……」
瀬戸の反応はもっともだった。言葉を選びつつ、ヴィラたちを見回す。
「お姉さまが失礼しました。もしよろしければ、少しだけご一緒しても?」
ミリィがそう言って頭を下げる。謝罪しつつもヴィラの意向を汲もうとする彼女の姿に、瀬戸は「この子は苦労人なんだな」と直感した。だが、そんなミリィの努力もむなしく、ヴィラはどこ吹く風のようだ。
「まどろっこしいのは嫌いなんだよ。あたしたちは傭兵団『ムーンダリア』だ。見ての通り、小規模なパーティーさ」
ヴィラはそう言い放つと、再び焚き火の火を弄り始めた。彼女たちが傭兵団として活動しているという話を聞き、瀬戸も少しだけ警戒を解く。話を聞けば、ミリィやナナは生きていくために傭兵家業を行っているが、ヴィラ本人には個人的な目的があり、この過酷な道を選んでいるのだという。
「そうそう。あたしの目的、それはエルフに会うことさ」
ヴィラが軽い口調で放った言葉に、瀬戸は内心で大きく動揺した。エルフ――その存在が、この世界でも異星物質の強制進化によって存在しているという事実にだ。ディアーナもその可能性を把握していなかった。
[ディアーナ:現地調査では得られていない情報です。]
『何!……瀬戸……可能であれば少しでも情報を引き出してくれ。』
(了解した)
瀬戸は努めて冷静に問いを投げかける。
「エルフ、か。悪いが俺は今まで人種と獣人系としか会ったことがないな。本当にエルフなんて種族がいるのか?」
ミリィとナナは頭を悩ませるように顔を見合わせた。
「黒剣、この国だけの活動? それとも……帝国出身……?」
ナナが少しばかり警戒しながら尋ねてくる。ミリィも恐怖心を抱きつつ、瀬戸の顔を凝視していた。ヴィラに至っては我関せずといったような態度をとっているが、その眼光だけは鋭く、瀬戸の反応を探るように光っている。
「いや、この国の出身だ。故郷はバケモンに滅ぼされたがな」
傭兵『黒剣』としての経歴を淡々と伝えると、三人は互いに顔を見合わせ、ようやく警戒を少しだけ緩めた。
「そうですよね……帝国出身なら私たちとお話なんてしないですよね」
ミリィは心底安心した様子だ。
『なんかやば気な国みたいだね』
『彼女たちの反応を見るに、帝国というところは差別がひどいようですね……』
『そのようだな。要注意国家として対応しよう。』
ステーション内でも、彼女たちの反応から何かを察したようだ。
「私たちも北のドワーフや南のハーフリング、あとは人魚なら見たことがありますけど……エルフに関しては、会ったことも見たこともないですね」
「おとぎ話の住人?」
二人の反応と違い、ヴィラが表情を明るくし興奮したように話をし始める。
「いや、本当にいるんだって。……あたしが死にかけた時、助けてくれたのが彼だったんだよ。」
「ねえねえ、いつものだ……」
どうやらエルフの話になると彼女はテンションが高くなるらしい。それを見てミリィやナナが苦笑いをする。
「エルフにあったことがあるのか?」
「ああ、昔、仲間に裏切られて深手を負ったときにな。」
「そうか……」
苦い思い出を聞いてしまったと瀬戸は後悔するが、ヴィラにとってはもう昔のことらしい。気にした様子もなく話を続ける。
「どうしてもまた彼に会って話がしたいんだ。」
「そうか。ちなみにエルフってどんな感じなんだ?」
「なんだい? あんたも興味が出てきたかい……そうだねえ、彼らは感情をあまり表に出さない種族だった。とてつもない年月を生き抜いているみたいな話もしていたよ。なにより驚いたのは、彼らが遺跡物の使用方法や、古代の知識に精通していたことだ。私を治療したのも遺跡物か古代の知識だったみたいだしね。」
その事実に、瀬戸とステーションメンバーは息を呑む。今の話が本当ならば、少なくとも2000年近い生を全うしているか、あるいは2000年前の知識が正確に伝承されている可能性がある。瀬戸にとっても、エルフとの接触は避けて通れない課題となった。
(……俺の生きていた時代の知識、か。これは無視できないな)
『そうだな、いずれにせよ我らも接触を図る必要が出てくるだろう。』
『美男美女っていうよね?みてみたいな。』
ステーション内の通信が賑やかになる。瀬戸は自身の内に抱えた秘密と、眼前の旅が結びつく奇妙な予感を覚えていた。
「なるほどな……情報ありがとう。エルフなんて見たことがなかったからな」
「まあ、最初から期待はしていなかったよ。少し可能性があればと思っただけさね。仮にエルフが町によれば目立つから、噂くらいは知れ渡っているだろうしね」
瀬戸はここまで情報を教えてくれた礼として、ソフィアに頼み燻製肉を出してもらった。情報料代わりとして彼女らに渡すと、とりわけナナが目を輝かせ「にく~!」と喜んでいる。
「ところで、あんたはどこに行くんだい?」
「鉄錆の町から北東のダンジョンへ向かっているところだ」
瀬戸の言葉に、ヴィラは「鉄錆か、いい街だったな」とミリィたちに話しかけた。
「ほかの団員を待つのにちょうどいいですね」
ミリィもヴィラの提案に存外乗り気だ。瀬戸はベッツの宿の良さを伝え、いつか寄ってみるのもいいと勧めた。ヴィラは「いいことを聞いた」と笑う。そして、ふと思いついたように顔を引き締めた。
「ああ、そうだ。北東のダンジョンへ行くなら気をつけな。黒ずくめの見慣れない連中がうろついていたよ。……普通じゃない、不気味な奴らだったからね。」
「……ありがとう。用心しておくよ」
瀬戸は平静を装ったが、内側では闘志が燃え上がっていた。ようやく掴んだ尻尾だ。焚き火の炎を見つめる瀬戸の瞳には、かつてないほど強い決意の光が宿っていた。




