荒野の邂逅
風を切る心地よい振動が、全身に伝わってくる。
ハンドル部分に陣取ったソフィアが、その愛らしい身体を揺らしながら嬉しそうに声を上げた。太陽の光を浴び、前から流れる風を受けている。ダンジョンから出ての初めての長旅。彼女は心の底から旅を楽しんでいるようだ。
瀬戸は、バレリアンから教えられた目的地である北東の森へ向け、漆黒のバイクのアクセルを回していた。
鉄錆の町での別れは、あっけなく、そして濃密だった。ステーションのメンバーと話し合い、満場一致で「異星物の人形を放置すべきではない」との決断を下した時、町を離れることは必然となった。
ベッツ、ロイ、ギーツ、ガレス、バレリアン、そしてリキ。彼らに別れを告げたあの日の朝の空は、やけに澄み渡っていた。バレリアンから託された王都への紹介状は、懐の重石のように、しかし確かな信頼の証としてそこにある。
町を離れてから早三日。荒野を駆け抜ける旅路は、それなりに過酷だ。道中、変異種と遭遇してはそのデータを収集し、同じ旅路を行く傭兵や商人、時には貴族の馬車ともすれ違った。
通行を阻もうとする者もいたが、紹介状を見せると態度が一変する。どうやらバレリアンは、この界隈では想像以上の実力者だったらしい。お陰で足止めを食らうこともなく、目的地である森の入り口付近まで辿り着くことができた。
『そろそろ日が沈みそうですよ。』
「もうか?……そんじゃ、今日の宿を決めるか。ディアーナ近くで適している場所はあるか?」
日が傾き始め、周囲が夕闇に包まれようとしている。
[ディアーナ:そこから北へ500m先に見える森が最適かと思われます。湧き水も出ているようですのでお勧めです。]
「ありがとう。ソフィア、今日は森でキャンプだぞ」
「キャンプ!やったー!」
瀬戸はバイクのハンドルを切り、森の中へと進路を変えた。
「ソフィア、今日も頼めるかい?」
「うん、いいよー」
目的地に到着すると、ソフィアが器用にバイクを収納し、代わって野営用の道具を展開する。
「お兄ちゃん、これでいい?」
「ありがとう。それじゃちょっと待っててな。」
『ソフィアちゃん。それまで、お話しよ』
「うん!ミアおねえちゃん。」
ディアーナには周辺の地形データ収集を、ミアにソフィアの話し相手を任せ、瀬戸は慣れた手つきで夕食の準備に取り掛かった。
最近になって分かったことだが、ナノマシンを移植されたソフィアは、ネットワークを通じて味のデータを感じ取ることができるようになった。食事を必要としないはずの彼女だが、今では瀬戸が作る料理を何よりも楽しみにしている。
「今日は特別だよ、ソフィア」
別れ際、リキが渡してくれた燻製肉の塊。ベッツから譲り受けた濃厚なチーズ。そして、町で調達した発酵していないパンを、焚き火で丁寧に炙っていく。
温かい白米が恋しくなる瞬間もあるが、ないものねだりをしてもどうしようもない。ミアが地道な解析で特定した、原生種として生き残っているハーブや香辛料、旅の途中で地道に採取したものを贅沢に使い、料理にも力が入る。
焼き上がったパンに燻製肉を載せ、チーズを溶かす。一口かじり、咀嚼する。肉の脂がパンに染み込み、スパイスの香りが口の中に広がった。
「……まあまあ、だな」
呟いた瀬戸に対し、ソフィアは「おいしいよ!」と体を小刻みに揺らしながら、夢中で料理を頬張っている。誰かに食べて美味しいと言ってもらえる。そのささやかな喜びが、瀬戸の心をじんわりと温めていた。
だが、その安らぎは長くは続かない。
[ディアーナ:……瀬戸——]
ディアーナの冷徹な声が、瀬戸の意識を戦闘モードへと切り替える。瀬戸は口の中のものを飲み込み、ゆっくりと周囲の暗闇に視線を向けた。
「分かってる……そこにいるやつ、出てきたらどうだ。それとも俺の敵か?」
森の静寂が、瀬戸の声によって塗り替えられる。しばらくの間があった。やがて、暗闇から大剣を背中に担いだ20代くらいの女性が現れた。その手は、いつでも剣を抜けるよう柄をしっかりと握っている。
そのあとをついてくるように、17歳くらいのウサギ耳の少女——魔法使い風のいでたち——と、10歳くらいの犬耳の幼女が続いた。
大剣を担いだ女は、瀬戸を値踏みするように見つめると、警戒を解かずに問いかけた。
「悪いね、私たちもたまたまこの森で野営しようと思っていたんだが、うちらの斥候があんたを見つけたんでね。用心のために声をかけさせてもらった。……あんた、盗賊かい?」
はなからそう思っていないだろうに、形式美というやつだろうか。瀬戸は苦笑しながら答えた。
「俺一人で盗賊なんて、何ができるってんだよ。ただの傭兵だ。……ほら」
瀬戸は傭兵書を見せる。女はそれを確認してから、ようやく大剣から手を離した。
「『黒剣』ねえ……聞いたことがないね」
女の言葉に、仲間の二人の少女も同じように不思議そうな顔をする。瀬戸は冗談交じりに言った。
「登録したばかりでね」
女は少し驚いた様子を見せ、その後、豪快に笑い出した。
「登録したばかりで二つ名がつくわけないじゃないか! あんた冗談がうまいよ」
冗談ではないのだが、下手に訂正してもややこしそうなので、瀬戸はそのまま黙秘を貫くことにした。女はひとしきり笑った後、自身も傭兵書を取り出して差し出した。
「私の名はヴィラ。こっちのウサギ耳がミリィ、一番ちっこいのがナナだ。あたしたちも傭兵だよ。……そんじゃ早速で悪いが、情報交換してくんないかい?」
夜の帳が下りた森の中で、瀬戸の静かな旅路は、新たな出会いという予期せぬ局面を迎えようとしていた。




