表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネオ・テラ:降下者セトの選択 ―あの日の残業、2000年後の誓い―  作者: totoさけ
侵食する過去と今

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/76

灰色の朝

荒野を切り裂く排気音だけが、今の瀬戸の世界のすべてだった。


漆黒のバイクのエンジンが奏でる規則的な鼓動とは裏腹に、瀬戸の胸の内はひどく不規則に乱れている。あれほどまでに押し寄せていた変異種の群れが、まるで最初から存在しなかったかのように、黒いローブの人物が消えるとともにちりじりに元の場所へと散っていった。


あの戦闘後、ガレスやリキ、バレリアンたちと話し合いの場が持たれた。明らかな異常事態、そして黒ローブに都合がよすぎる展開に「彼らが裏で化け物を操っていたのではないか」と仮説を立てたが、確かな情報や目的も定かではなく、現状は可能性があるという結論に落ち着いた。

それでもガレスとバレリアンは責任を持ち、王国側に報告すると約束した。


だが、瀬戸は知っている。ステーションの面々も知っている。あの時持ち去られた「二対の人形」が、どれほど異常で、どれほど危険な存在だったかを。彼らの目的が、あの人形たちにあるのは疑いようのない事実だった。


その答えを胸の奥底に秘めたまま、瀬戸は荒野を疾走する。緊急依頼である避難民の移送。アクセルを握る手に力がこもる。もう、誰も死なせたくない。自分よりもずっと若く、未来があったはずの研究員のように。


瀬戸のバイクの横を、避難民を乗せた馬車が並走していた。馬車の中には、二度と目覚めることのないあの研究員と、深い傷を負った生存者たちが横たわっている。御者台には御者に混じって、バレリアン・ホーエンの姿があった。


その背中は、悲痛なほどにうつむいている。弟子であり、我が子のように大切にしていた教え子を失ったのだ。聞こえてくるのは、押し殺した嗚咽と、「わしより先に逝くことはないだろうに」という絞り出すような言葉。


瀬戸のナノマシンによって拡張された聴覚は、その痛切な言葉を容赦なく拾い上げてしまう。憤りが、冷たい刃となって瀬戸の心を削る。それだけではない。彼ら——黒いローブの者たちが放った言葉が、今も耳の奥で反響し、脳裏にこびりついて離れない。




『何しやがる! てめぇ!』

『いつまでも遊んでいるな! 目的は達した。ここに用はない。次に行く』

『っくしょうが!』




その声の冷たさ。命を命とも思わない傲慢さ。

次とはどこへ行くのか? 彼らの目的は何なのか? 瀬戸の頭の中では、答えの出ない堂々巡りの疑問が渦巻いていた。無言のまま、ただ前方だけを見つめる。それが、今の自分にできる唯一の抵抗だった。


「旦那……おっかねー顔してるぜ。そんなんじゃ、早死にしちまうぜ」


不意に背後から、低く、しかし穏やかな声がかかった。振り向くと、リキがバイクの荷台に、あろうことか背中合わせの状態でしゃがみ込んでいた。愛用のハルバートが、その肩に預けられている。


「……おめー、何でそんなとこに乗ってんだよ?」


重さを微塵も感じさせない身のこなしもそうだが、どう考えても落ちそうな状態だ。しかし、リキは荒野の揺れをものともせず、驚異的なバランスを保っていた。


[ディアーナ:瀬戸、先ほどから警告していましたが、上の空ですよ]


頭の中でディアーナが呆れたような声を出す。どうやら、自分の集中力がそれほどまでに散漫になっていたらしい。


「奴らにくらった魔法のダメージがでかくてね。あっちの馬車に乗せてもらうのも、なんか気が引けたんだよ。で、ここなら邪魔にならねぇかなと思ってな」


リキは軽口を叩きながらも、その瞳は瀬戸の背中を、まるで何かを確かめるように見つめていた。


「……そうか」


短く答えて、瀬戸はアクセルをわずかに緩める。リキはしばらく沈黙した後、再びボソリと呟いた。


「旦那、人死には初めてか?」


その言葉は、まるで刺のように瀬戸の心に突き刺さる。


「……いや。だが、割り切れないさ。自分より若い奴が逝くのは、いつだって胸にくる。特に、顔見知りはな」


言葉にすると、重い灰色の塊が喉元にせり上がってくるような感覚があった。人死には慣れたはずだった。降下直後の戦場でも、ダンジョンでも先の先の戦闘でも数えきれない死線を超えてきた。それでも、今回の喪失は、今までとは決定的に違っていた。それに追い打ちをかけるかのような同郷の言霊が、彼の何かが、自分の心の中で確実に音を立てて壊し始めているように感じた。


「そうだな……」


リキはそれ以上、何かを諭すようなことは言わなかった。リキなりに、瀬戸の表情を読み取り、励まそうとしてくれているのだろう。


東の空が、ゆっくりと白み始めていた。朝焼けが、この世の悲しみさえも平伏させるかのように、闇を切り裂いていく。リキはその光を見つめながら、遠い記憶をなぞるように呟いた。


「あいつも、こんな気持ちだったんだろうな」


あのダンジョンで倒れた男のことだろうか、それとも知らないだれか。だが瀬戸は、その言葉が誰を指しているのか問うつもりはなかった。あるいは、答えを知りたくなかったのかもしれない。ただ聞こえないふりをし、アクセルを少しだけ開けた。エンジンの排気音が荒野に響き、静寂をかき消していく。


『……リキさん、ありがとう……』


聞こえるはずもないのに、エマは静かに一人、リキに感謝の言葉を紡ぐ。


[ディアーナ:エマ、彼にはこちらの声が聞こえませんよ]


『いいの、これは私の自己満足だから……今の紬に寄り添ってくれたことにお礼が言いたかっただけ』


[ディアーナ:……そうですか]


『……おねいちゃん……』


その後、昇りきる前の太陽に追いかけられるようにして、一行は鉄錆の町に辿り着いた。町には、すでに知らせが届いていたようだ。


町を囲む高い壁の入り口では、門番のロイたちが慌ただしく指示を飛ばし、傭兵所のギーツたちも総出で救護班の受け入れ準備を整えていた。炊き出しの湯気が立ち上り、焦燥に駆られていた避難民たちの顔にも、ようやくかすかな安堵が浮かぶ。


瀬戸はバイクを止めると、重い身体をシートから降ろした。

まだ、闘いは終わっていない。答えは遠く、痛みは変わらずそこにある。それでも、人々が生きていくための朝が、この町には確かに訪れていた。


灰色の朝靄の中に立ち尽くしながら、瀬戸は拳を強く握りしめる。

自分ができることは何か。その問いに対する答えが、今この瞬間も、自分を駆り立てているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ