凍りつく戦場
荒野を駆けた黒いバイクが、避難者たちの列が待機するキャンプへと滑り込んだ。周囲には、先ほどまでの激戦の傷跡を癒そうとする兵士や傭兵たちの姿がある。
リキとガレスも既に合流しており、みな無事のようだ。ただ、ガレスは美人秘書風の副隊長らしき人物に説教を受けていた。
「公爵家でしょうが! お立場をわきまえてください!」
「いや、次男だからといって死んでいい理由にはならないでしょう!」
普段から似たような取り回しをしているのか、周囲の兵士たちは慣れた様子で溜息をついている。リキがバイクから降りる瀬戸に気づき、互いの無事を確かめ合った。ようやく解放されたガレスも、苦笑いを浮かべながら瀬戸のもとに歩み寄る。
「さて、今後の対策を……」
『ねえ、せと、なんかリーダーポジになってるよね』
(だよな……)
ミアの突っ込みに瀬戸本人も同じような感想を抱く。このままの流れでいけば確実に巻き込まれてしまう。そんな予感がひしひしと伝わり、たまらず抗議の言葉を紡ぐ。
「待ってくれ、俺はただの傭兵だ。いつの間にか中心人物にされているが、これには納得がいかんぞ」
瀬戸が眉を寄せると、二人は顔を見合わせて肩をすくめた。
「「実力者だから仕方がない」だろ?」
二人同時に言われ、反応に困ってしまう。通信ではゼノに『お前は目立たないということはできんのか……』と呆れられるが、好きで目立つつもりはない。精一杯やった行動の結果なのだ……。瀬戸は溜息をつきながら視線を逸らした。
その時、視界の端でバレリアンが研究員たちへ馬車の荷下ろしを指示しているのが見えた。研究資料や遺跡物を運んでいた馬車だ。瀬戸がその様子を見ていると、バレリアンも瀬戸に気づいたのか近づいてきた。
「物より人の命が大事じゃからの。……それよりお前さん方、けがは大丈夫か?」
「我々は大丈夫でー」
その瞬間だった。
[ディアーナ:警告。近距離に未登録の生命反応。敵意を確認]
ディアーナの警告が脳内に突き刺さる。
『馬車のほうです!急いで!』
エマが行動をせかす。その場所は研究員たちが集まる馬車。ガレスやバレリアンがいぶかしげな表情をする中、瀬戸は馬車のほうに駆け出す。だが、若い研究員が木箱を下ろそうとした瞬間、その背中から胸へかけて鋭利な刃物が貫通した。
「えっ……」
研究員が一声上げた瞬間、刃物が抜き取られ、無惨に倒れる。
そこに立っていたのは、全身を黒いフードで包んだ二人の人物だった。一人は鍔のない鋭利な刀を握り、もう一人は研究員が持っていた木箱を拾い上げようとしている。
瀬戸は怒りとともにさらに踏み込み、黒剣を振り抜いた。だが、刀を持った人物はそれを容易く受け止めた。ナノマシンによる超振動で硬度を無視して切断するはずの黒剣が、弾かれる。
(嘘だろ……!?)
『ちょっ、どういうこと!なんでそれを受け止められるの!』
ミアの驚愕の声が通信に乗る。その隙に、もう一人が木箱の中身を取り出していた。
目の前の人物が刀を振り上げる。黒剣で受け止め鍔ぜり状態になったまま、瀬戸は怒り任せに目の前の敵に怒鳴る。
「おい、お前ら何者だ!」
瀬戸の問いかけに、黒い影はただ不気味に笑うだけだ。瀬戸に遅れ、リキが木箱を持つ人物へ電光石火の勢いで突きを放つが、それはひらりと交わされる。そのまま突きの応酬をするがすべていなされている。ガレスも倒れた研究員の手当てを仲間に命じ、剣を抜いて瀬戸と対峙する人物へ向かって切りかかる。
しかし、その人物は瀬戸とのつばぜり合いの力を急に抜き、ガレスの斬撃を上半身をのけぞらせるだけで回避して見せる。ついでとばかりにがら空きの腹部へ強烈な蹴りがガレスを襲う。吹き飛ばされ、瀬戸の横を飛んでいく。瀬戸はガレスに目もくれずに追撃する。今出せる最高出力のまま黒剣を振るうが敵はすべて切り返しでそれを完璧にいなす。
試しにとばかりに切り合いの中にフェイント織り交ぜた攻撃に、空いた左手で相手の顔面を殴りつけた。目の前の人物は反応に遅れ見事にクリーンヒットする。だが、
[ディアーナ:警告。対象は異性物質を集約中。高エネルギー反応!]
相手は怒りに震え、周囲の空間を歪め魔法を放とうとする。そのとき、横から吹き飛ばされてきたリキが地面を転がる。リキと対峙していたもう一人の手には「2対の鳥の人形」を握っていた。ダンジョン内の資料にあった、あの行方不明の人形だ。どうやら研究員が回収していたようだ。
瀬戸は人形を取り返すべく人形を持つ人物へ狙いを定める。だが、刀を持つ敵がそれを阻む。
「ふはははははは!」
狂ったような笑い声。否応なく斬撃の応酬を何度も互いに繰り返す。永遠に続くかと思われた斬撃の応酬は、突如として放たれた水魔法により終わりを迎える。それは人形を持った人物から、仲間である刀を持った人物へと向けられた攻撃だった。
「――っ! ……っ!」
衝撃を受けた刀を持った人物が、仲間へ向かって叫ぶ。
追撃しようとした瀬戸はその瞬間、耳を疑った。
「――! ――。――。――」
「ー!」
刀を持つ人物は、地面に火魔法を放った。凄まじい爆風が周囲を飲み込み、とっさに地面に伏せるしかなかった。炎が収まり、目の前を見るや二人の黒い影はどこにもいない。
「ディアーナ!さっきの奴らは!」
[ディアーナ:ロスト。索敵範囲に反応ありません。]
「もう一回だ!何度でも試せ!探せ!」
いつもと様子が違う瀬戸に、エマが心配そうに声をかける。
『紬!落ち着いてください。お願い! 返事をしてください、どうしたんですか!?』
メンバーの声が遠く聞こえる。瀬戸はしばらくの沈黙ののちようやく、枯れ木のような声で絞り出した。
「……さっきの言葉、聞こえたか?」
ディアーナを除く誰も聞こえることはできたが理解することは出来なかった。だが続く言葉に場は凍り付いた。
「あれは……日本語だった」
核の炎で滅び去ったはずの、故郷の言語。瀬戸の心は、激しい混乱の渦の中に沈んでいった。




