死線と連携
天幕を出た瞬間、空気が変わった。重苦しい殺気と、獣の臭気が混ざり合い、視界を覆う。兵や傭兵たちは既に陣形を整え、来るべき衝撃に備えていた。
「ガレス様、状況は?」
瀬戸の問いに、ガレスは望遠レンズを覗き込んだまま、眉をひそめて答える。
「……五百体近い。ゴブリンにボア、ナルムクツェにグスタ……。これほどの多種混合の群れ、見たことがない」
かつての死闘を思い出したのか、ガレスの声には微かな震えと、鋭い焦燥が混じっていた。
「全員、聞け! 非戦闘員を後方へ避難させろ! 研究資料と機材は優先的に保護しろ!」
バレリアンの怒声に近い指示が飛び、研究員たちが慌ただしく動き出す。瀬戸は右手に『黒剣』を顕現させた。周囲には兵士や傭兵がいる。ビーム兵器の使用は論外、ナノマシンの出力を全開にして放つプラズマの白光も封印しなければならない。
「セーブした状態で、この大群を……」
『紬、この状況…どうするつもりですか』
頭の中で響くエマの声に、瀬戸はわずかに口角を上げた。
「やれるだけやるさ……最悪の場合は艦長、いいか」
『仕方があるまい』
喉元が乾く。冷たい汗が背を伝った。今はただ、周囲と連携してこの波をやり過ごすしかない。
ふと、横に人の気配がした。ダンジョンで命を救った、あの傭兵だ。
「……あんたは。黒剣の」
彼はリキと名乗った。ダンジョンで、最後まで戦い、学者を守っていた男だ。
「ああ、たしかリキといったか」
「あの時は助かった。あんたが救ってくれたおかげで、俺はこうして立ってる。……それに、あいつの最後を看取ってくれて感謝する。あいつにとっちゃ、あんたが最後に見上げた希望だったんだろうさ」
瀬戸に最後まで自身ではなく仲間や、学者を助けてくれるよう頼みながら散った男は、リキの仲間だったようだ。リキは戦場になるであろう彼方を見つめ、真剣そのものだった。しかし、その瞳には今日を生き残れるかという不安が色濃く浮かんでいる。
死に損ないの自分が、またもや化け物の群れの最前線に立たされている。周囲から「呪われている」と陰口を叩かれても文句は言えない状況だ。
もし呪いがあるのなら、この世界に異物として混ざり込んだ自分こそが元凶かもしれない。瀬戸は努めて明るく笑い飛ばした。
「おいおい、そんな顔すんな。避難が完了したら、俺たちもさっさと『けつまくって』逃げればいい。命あっての物種だろ?」
話しながら初動は音のように早く黒い刀身を抜き放つ。ディアーナの索敵に反応した変異種の数頭の頭部や胴体関係なく、一振りでなぎ払ってやる。返り血で汚れた黒剣をふるい肩に担ぎ、瀬戸はリキに振り返る。
「……そうだろ?」
リキは一瞬呆気にとられた後、破顔した。
「ああ、違いない! 逃げるが勝ちだ!」
リキは愛用のハルバートを力強く構え、構えを整える。
「ならば、私も仲間に入れてもらおう」
背後から響く声。ガレスがいつの間にか背後に並び立っていた。
「貴族様がこんな泥沼に来ていいんですか?避難誘導は?」
「……私がいない方が、彼らはすんなりと動く。指揮官が前線にいる方が、兵の士気も上がるだろう」
貴族の隊長とは思えない言い草に、瀬戸は苦笑を浮かべるしかなかった。
「……本当に貴族様かよ…死ぬなよ」
三人は、視線を合わせることなく変異種の群れへと突撃した。
瀬戸が変異種を横殴りに薙ぎ払う。打ち漏らした一体を、リキが器用にハルバートで足を払い、体勢を崩した瞬間に、ガレスが鋭く突きを放って心臓を貫く。
「呼吸を合わせる必要はない。ただ、隙を作るな!」
「言われなくても!」
ディアーナが弾き出す標的予測が、瀬戸の脳内に直接流し込まれる。誰かが死角から狙われれば、瀬戸がその前に割り込み、攻撃を無力化する。誰かが打ち漏らせば、残りの二人が即座にカバーする。相談すらしていない。だが、三位一体の攻防が戦場に完成していた。
戦いがどれほど続いただろうか。天幕の奥から、撤退の合図となる警笛が響いた。
ガレスの合図とともに、兵士や傭兵たちが潮が引くように下がり始める。
「黒剣、お前も引け!」
ガレスが叫ぶが、瀬戸は黒剣を強く握り直した。
「……あんたたちがさきに行け。俺は後から遺跡物で追いかける」
リキとガレスが戸惑った表情を見せるが、瀬戸の眼光に押され、踵を返した。彼らの姿が見えなくなったことを確認すると、瀬戸は脳内でゼノに告げる。
(艦長、ナノマシンの出力を上げる。60%まで解放する)
『わかった。あまり目立ちすぎるなよ』
瀬戸の体が熱を帯びる。剣身からあふれ出るプラズマが、空気を焼き切った。
「これなら……邪魔者なしで暴れられるな」
あらん限りのエネルギーを乗せた一閃が、押し寄せる群れを扇状に焼き払う。
「おにいちゃーん!」
化け物の悲鳴が上がる中、ディアーナが遠隔操作する漆黒のバイクが、ソフィアを乗せて泥煙を上げて駆け寄ってきた。
「ナイスタイミングだ!」
瀬戸は走りながら飛び乗り、スロットルを全開にする。爆音が戦場の叫びを塗り潰した。背後で何かが崩れ落ちる音を背に、瀬戸は日の光が差す開けた大地へと加速した。




