日の光、そして新たな咆哮
地下の淀んだ空気が、次第に薄れていく。先行する兵士たちの背中を追い、瀬戸はバイクを慎重に走らせていた。かつて人々を運んだ地下鉄の遺構は、今や墓標へと変わっている。
あと少しで、出口だ。地上に出れば、そこには2000年もの時が止まっていた、この地では異質な文明の遺物がさらされることになる。
「すまんが、ここからは先頭を譲る。出口までゆっくりと進めてもらいたい。」
[ディアーナ:入り口付近にたくさんの生命反応あり]
(敵意はないんだろ)
[ディアーナ:はい]
「どうした?」
「いやなんでもない、そんじゃお先に・・・」
ガレスの指示を受け、瀬戸はアクセルをわずかに絞った。出口付近の明かりが強くなり、ついに漆黒の車体が光の中に躍り出る。2000年の時を超え、再び日の光を浴びるその姿は、どこか神々しくすらあった。
「……やはり、消えはしないか」
ガレスが小さく呟いた言葉には、確信めいた響きがあった。彼はこの「遺跡物」が、地下という環境に依存していないことをどこかで予期していたのかもしれない。
瀬戸はそのまま、指定された集落の天幕へとバイクを乗り入れた。そこには、軍の警備だけでなく、多くの研究者や学者が詰めかけていた。
「おい、来たぞ! あれか!」「アーティファクトか? それとも未知の魔道具か!」「機械仕掛けなのか?生き物ではないようだな」
天幕にバイクを停めた瞬間、瀬戸の存在など消え失せたかのように、白衣を纏った研究員たちが群がってきた。彼らはバイクの構造を解析しようと夢中で手を伸ばす。
「やれやれ……。貴殿を呼んだのは彼らの教育のためでもあるというのに、面目ない。黒剣殿、失礼した」
ガレスが眉間に手を当て、深く溜息をつきながら瀬戸に謝罪する。瀬戸も苦笑を浮かべ、肩をすくめるしかなかった。
「いや、学者ってのはそういうものだろ。うちにも似たような奴がいる。放っておけばそのうち飽きるさ」
『せと、それって誰の事?』
(誰だろうな)
「?」
通信機越しのミアの問いに心の中で誤魔化すと、瀬戸は不思議そうな顔をするガレスに軽く首を振った。その時だった。天幕の奥から、怒号が響いた。
「貴様ら! 何のために我々がここへ来ていると思っている!」
杖を突き、周囲を威圧する風格を纏った老人が現れた。
「命の恩人に対して、礼の一言もないのか! 我々の研究室に、礼儀知らずはいらん!」
老人の怒声に、研究員たちはハッとしたように瀬戸を見た。彼らの顔に気まずさが広がる。一人の若手が先頭を切って頭を下げ、それに続いて全員が謝罪の姿勢を見せた。
「……申し訳ございません。助けていただいたこと、そして我々の無礼な振る舞い、深くお詫び申し上げます」
謝罪の場は短く切り上げられ、瀬戸、ガレス、そして老人の三人は天幕の一室で向かい合った。
「さて、『黒剣』殿。わしからも礼を言う。不出来な弟子たちを救っていただき感謝する。ありがとう…」
年老いた老人とは思えない凛としたたたずまい、心のこもった謝罪だ。
「助けられてよかったよ。確かに礼は受け取った。」
瀬戸も軽口で返すわけでもなくしっかりとその礼を受け取る。
「ふふ気持ちのいい御仁よ。わしの名はバレリアン・ホーエン。この研究チームを束ねる長である。早速で申し訳ないが黒剣殿が地下から持ち帰ったスライムと、この漆黒の遺跡物。貴殿自身の言葉で聞かせてもらいたい。」
バレリアンの瞳は、老獪ながらも確かな知性を宿している。瀬戸は肩に乗っていたソフィアをそっと降ろした。
(ディアーナ、いつもの言い訳よろしく)
[ディアーナ:了解しました]
「そうだな…まずスライムについてだが、ただの魔物ではないような気がする。こちらの意をくむ様子から確かな意志を持ち、今では俺の大切なパートナーみたいだな。そしてこの遺跡物は……どうして動いているかは俺自身さっぱりだ。わかることといえば俺の体に馴染むというか、俺の意思に呼応するように動いてくれる感覚があるだけだ」
(こんな答えでいいのか?)
[ディアーナ:大丈夫です。]
聞かれた質問に対してディアーナの指示通り話すも、やはりドギマギしてしまう。そんな瀬戸の心情をよそにバレリアンはスライム、ソフィアをじっと見ていた。
「ふむ、スライムは見た目からして特殊個体なのはわかるが…そちらの遺跡物に関してはやはりわからんか…」
バレリアンはソフィアを目を細め見ている。そのままソフィアに手を当て撫でている。ソフィアも気持ちがいいのか楽しそうに揺れている。一方ガレスも同様にみているが違いが判らないようだ…
「ホーエン殿、違いが判るのですか?」
「色が明らかに違うであろう。それにこちらの言葉も理解しているようじゃ…」
「なんと!では今後スライムに関しては駆除ではなく、捕獲や保護に力を入れたほうがいいでしょうか?」
二人はスライムに関しての話し合いを始めている。
『問題の1つは何とか解決しそうですね』
エマがうれしそうな声でスライムの保護が現実味を帯びてきていることを喜んだ。
その後も、バレリアンの質問に瀬戸は脳内でエマやゼノ、ミアと密かに連携を取りながら、差し障りのない範囲で状況を説明した。スライムが単なる収納器ではなく、瀬戸に従う生物であること。バイクの操作性が、瀬戸の身体感覚の一部であるようなものであること。
「ふむ……。黒剣殿の力量が高いことは噂で聞いているが、遺跡物とも相性がいいとはな…ものは相談なのだがしばらくの間、この遺跡物の『特別協力者』として調査に協力してもらえんか?」
バレリアンは、バイクを王都の研究施設へ送るのではなく、あえて瀬戸に委ねる道を選んだ。
「ホーエン殿!?」
バレリアンの言葉にガレスは驚きを隠せないでいる。
「仕方がなかろう。ガレス殿もそうであったが、わしら研究員全員触っても動かせれんかった。ダンジョンの中にずっとあったのも報告で聞いている。今までも傭兵が持ち出そうと触っていたに違いない。そうではないか?」
バレリアンは思案しつつガレスに問うてみる。
「そ、それはそうですが…」
「なればこそ、黒剣殿に使ってもらい、その使用感や、日常的な変化を報告してもらう。黒剣殿以外には動かせない遺跡物である以上、それが最も効率的なデータ収集になる。必要な時は、王都の研究棟へ来てもらうことになるが、黒剣殿は構わんか?」
「ああ、その条件なら納得だ。好きに乗り回してもいいなら、こっちも助かる」
話がまとまり、瀬戸が天幕を去ろうとしたその時だった。
――ヒュイッ、ヒュイッ!
鋭い警笛が鳴り響いた。天幕の外から、兵士が顔を真っ青にして駆け込んでくる。
「報告します! 緊急事態です!」
「落ち着け! 何があった!」
ガレスが落ち着くよう言うが兵士は息を切らし、絞り出すように告げた。
「ダンジョンとは真逆の方角から、化け物の大群が押し寄せてきています! 規模は……これまでの比ではありません!」
ガレスの表情から血の気が引く。地上への帰還と平和への期待は、一瞬にして打ち砕かれた。
「おい、冗談だろ……」
瀬戸は天幕の外へ飛び出す。この瞬間、何かが牙を剥いてダンジョン前の集落を飲み込もうとしている。
一息つく間もない。瀬戸の「退勤」は、またもや最悪の形で延期されることになった。右手に黒剣を握りしめ、次なる戦いの幕開けを告げていた。




