箱舟の残滓、解き放たれた悪夢
トラックの荷台から響く、重苦しくも力強い鼓動。それが生命の脈動なのか、それとも呪われた機械の駆動音なのか。瀬戸は一度深く息を吐き、覚悟を決めて荷台の扉に手をかけた。
「ソフィアはここで待っててな。」
「わかった。お兄ちゃん。」
[ディアーナ:私のほうでも警戒しておきます。]
ディアーナがすかさずフォローを入れてくる。ディアーナの中でソフィアの存在意義が大きくなっているようである。
「頼んだ。万が一の時はすぐにエンジンをかけて逃げろよ」
「うん……ディアーナおねいちゃんが守ってくれるから、ソフィアはここでじっとしてる!お兄ちゃん、気をつけてね。」
ソフィアを一度だけ撫で、瀬戸は背を向ける。右手に握ったビームサーベルを握り直した。
淡い青白い光が、暗闇の中を照らし出す。そこには、かつて何らかの貨物を運んでいたのであろう木箱が積み重なり、それらを固定していたであろうロープや帯状の結束具が、あちこちに切れたままぶら下がっていた。床には、散乱した書類の山も広がっている。
[ディアーナ:反応は一番奥の木箱からです。その中にあるようです]
「了解っと。……随分と荒れてるな。爆発にでもあったようだな」
瀬戸は慎重に歩を進める。横転した荷台は踏むたびに軋み、独特の酸っぱい臭いが鼻をつく。近くに落ちていた金属製の鉄管を拾い上げ、バール代わりに木箱の蓋をこじ開けた。
ミシミシと木が泣く音が響き、蓋が外れる。中には、精密な彫刻が施された「2対のオオカミの人形」が収められていた。
「オオカミ……か。例にもれずナノマシンで保護してっと。……ん?」
人形へと手を伸ばした瀬戸の視線が、その近くに落ちていた書類に止まる。何かの報告書、あるいは調査票の類だろうか。瀬戸は置物をナノマシンで保護し回収しつつ、その書類を拾い上げた。
「エマ、これ翻訳してくれ。できれば情報の解析も。急ぎで頼む」
『分かったわ。少し待って……そうね、これは……』
エマの解析を待つ間、瀬戸は車内をくまなく探すことにした。すべて回収しなければ、また同じような被害が出るかもしれない。ゼノとの相談の結果、出てくる書類はすべて回収し、翻訳と解析を徹底することになった。
数分後、すべての書類を解析し終えたエマが、ため息混じりに結果を告げた。
『解析終了……みんな、ある程度の全容が判明したわ。このトラックは方舟から出た出土品を研究所へ移送していたみたい。』
『オリジンか!』
ゼノは報告を聞き期待を胸に次の答えをせかす。
『残念だけど…オリジンとは断定できなかった。』
期待を裏切るような内容に報告するエマ自身も声が沈む。
「それで結局何を運搬してたんだ?」
『鳥、サル、亀、ネズミ、そしてこのオオカミ…異星物の人形が5体…』
「これか…」
『……』
『お姉ちゃん?』
エマの答えに躓く。その様子に妹のミアが心配そうにエマに声をかけると、意を決したようにうなずき続きを答える。
『あとは複数の植物片、そして……時間軸が凍結されているはずの空想の怪物「キマイラ」。計7つの異星物資よ』
瀬戸は手に持っていたオオカミの人形をもう一度見つめる。5体のうち、手元にはサル、ネズミ、オオカミ。残るは鳥と亀。
「……つまり、この強制進化の原因は、やっぱりこれらの人形が関与しているわけか?」
『ええ、可能性は極めて高いわ。ただ、核心部分は未知のブラックボックス状態になっていて、なぜこれら人形が生物を強制進化させるのかまでは、今の演算能力では追いきれないわ』
瀬戸は重苦しい表情で荷台を見回す。
「じゃあ、一番大事な質問だ。……残りの「鳥」と「亀」の人形、「植物片」と「キマイラ」はどこに消えた?」
荷台のどこを探しても、それらしい容器は見当たらない。
『普通に考えるのならば持ち出されたのが可能性としてあるが…』
[ディアーナ:ダンジョン内を検索しましたが、異性物質の反応はありません。]
瀬戸はトレーラーの荷台をもう一度見まわす。明らかに内側から引き裂かれた無残な穴がそこにある。
「まさか……自ら外に出たのか? 」
沈黙が降りる。ゼノも、エマも、ミアも、誰も答えを出せない。もしキマイラがこの地下都市のどこかに解き放たれているとしたら……それは、ネズミ型の変異種など比較にならない悪夢の始まりを意味する。
「お兄ちゃん、終わった?」
「ああ……そうだな、ここでの調査はこれで終わりかな…艦長どうだ?」
『そうだな、万が一用の偵察用ナノマシンを散布して一度撤収してもいいだろう』
ゼノに確認を取り瀬戸は右腕をかざし燐光を放つ。燐光が収まったのを確認してからソフィアのほうに振り替える。
「それじゃ、戻ろうか。」
「うん。」
瀬戸はバイクに跨り、エンジンを始動させる。重低音を響かせるエンジン音が、静まり返った倉庫街に響く。
トラックの残骸を背後に、瀬戸はアクセルを回した。
消えた人形に植物片。そして、時間軸を無視して活動を再開するかもしれないキマイラ。地下都市の闇は、さらに深く、暗く、次の恐怖を孕んでいた。
走りゆく瀬戸の背中を遠くで何者かが見つめていた。それはディアーナの索敵からも難なく逃れ、ただじっと瀬戸を見ている。瀬戸の「退勤」には、まだ遠い道のりが待っていた。




