偽りの残滓、繋がれた系譜
静寂が戻った地下都市の一角で、瀬戸は漆黒のバイクのシートに深く腰を下ろしていた。隣では、先ほどまでの大立ち回りが嘘のように、ソフィアがぷにぷにと愛らしく揺れている。
つかの間の休息。だが、戦場に安らぎという概念は薄い。ディアーナをはじめとするステーションのメンバーたちは、回収したデータの解析と、周辺の異星物質反応の追跡に忙殺されていた。
「ふう……やっと一息だ。そっちはどんな様子だ?」
瀬戸が通信機越しに声をかけると、即座にミアの軽快な反応が返ってくる。
『せと! 無茶ばっかりして! ソフィアが無事だったのと無傷だったのは評価してあげるけど、お説教はこれからだよ!』
『そうだ! 瀬戸!制限解除していいといったが、無茶をする。もしナノマシンが暴走したらどうするつもりだった! 親の顔が見てみたいわ!』
ゼノの厳しい叱責に、瀬戸は苦笑いで肩をすくめる。
「まあまあ、結果オーライだろ? ソフィアも無事だし、敵も仕留めた」
『紬、結果じゃないのよ。 過程! 過程が問題なの!』
『せとってさ、昔からそうだったの?窮地になればなるほど妙にテンション上がっちゃうみたいな?』
ミアに言われふと考えこんでしまう。
「……確かに残業とかが連チャンで続いたり、徹夜が続くと、こう…妙にテンション上がったな…」
『…紬、それって、たぶんあんたの死生観を完全に狂わされてるわよ…』
エマの辛辣な指摘に、瀬戸は思わず天を仰いだ。確かに自分でも自覚はある。極限状態になればなるほど、アドレナリンが溢れ出し、なぜか楽しくなってしまう。長年、過酷な残業地獄で「死ぬ気で働け」と呪文のように唱えられてきた弊害だろうか。この性格ばかりは、どんな名医でも治療するのは不可能そうだった。
「……ま、心に留めておくよ。で、何か新しい情報は?」
議論を逸らすように話題を変えると、通信に割り込むようにディアーナの冷徹な声が響いた。
[ディアーナ:瀬戸、休息は終わりです。新たな異星物質の反応をキャッチしました。予期せぬ事態ではありませんが、事態は深刻です]
やはり、か。あのネズミ型変異種の異常なまでの回復力と凶暴性。単なる生物変異で説明がつくはずもなかった。瀬戸はバイクから降り、先ほど巨大瓦礫で押し潰したポイントへと歩み寄る。
「……これか」
黒剣を抜き放ち、瓦礫の山を慎重に刻んでいく。岩の破片を払い除けると、そこには無機質に転がる「木彫りのねずみ人形」が二体、対になるように置かれていた。
「おいディアーナ、これは何だ? ヌートリアか?」
[ディアーナ:解析をかけます……これは、ゴブリンを討伐したときに回収したサルの置物と同様です。やはり、これが反応の根源でした]
瀬戸はそれをナノマシンのフィールドで保護し、回収する。ふと視線を横に向けると、そこには無邪気に地面を突っついているソフィアの姿があった。
「あ! ここにもあったー!」
「ソフィア? 何を拾ったんだ?」
ソフィアが手にしていたのは、青白く光る「スライムのコア」だった。瀬戸はなぜか背筋に冷たいものが走るのを感じた。スライムのコアはすべてディアーナの索敵を駆使し回収したはずだ。なぜ、まだコアが残っている?
「すべて回収したはずじゃなかったのか……」
「おにいちゃん、ここにもあったよ! キラキラしてて、お兄ちゃんと同じ匂いがするの!」
ソフィアが渡してくれたコアを手に、瀬戸は思案に暮れる。このスライムのコアが、さっきのネズミ型変異種の「素体」だったということか。だとしたら、他にもまだ何かがあるはずだ。
「ミア、さっきのネズミのDNA解析を急いでくれ。」
『?…どうしたの急に…』
「いいから、急いでくれ!」
『紬、どうしたんですか?』
瀬戸の急な依頼に2人は困惑している。
『何かわからんが、瀬戸のいう通りにしよう。ミアいいか?』
ゼノは瀬戸のその必死さから何かあると感じたようだ。
『了解、じゃ、これを優先するね』
「すまん」
瀬戸の謝罪にミアは『いいよ』と軽く返してくれるのであった。
[ディアーナ:瀬戸、まだ近くに異性物質の反応があります。]
「それは巨大変異体か?」
ディアーナの急な報告に瀬戸は戦闘態勢に入ろうとする。
[ディアーナ:いいえ。生物への感染はないようです。動きやエネルギーの爆発的な活動がありません]
ディアーナの答えにわかったと軽く返事を返し、提示した座標へ向かう。そこは都市のさらに深部のようだ。瀬戸は再びバイクにまたがり、ソフィアを前に乗せて走り出す。走り出すと心地よい揺れにソフィアはいつの間にか寝息を立て始めた。
走りながら、ミアからの通信が入る。解析が終わったようだ。瀬戸は嫌な予感が確信に変わるのを悟る。
『……せと。解析結果が出たよ…あのネズミ型の変異種は、スライムがベースになっているのは間違いなかった。しかも、高度に……強制的に進化させられていた』
「…それだけか?」
『……DNAデータの一部が、ソフィアのものと一致。そしてDNA型は……男性のもの。誰とは言わないけど、この地下都市の……』
ミアの声が途切れる。エマも、ゼノも、ディアーナも、誰もその続きを口にしようとはしなかった。ただ静かな、重苦しい空気が通信回線を支配する。
ソフィアが、眠りの中で「ママ…パパ…」と小さく呟いた。その健気な声が、瀬戸の胸を締め付ける。この子にどんな苦行が待っているのか。そんな事実は、誰も知りたくなかったはずだ。
バイクは目的地に到着した。
巨大な倉庫街の一角。そこには、横転し、荷台が引き裂かれた大型トラックが放置されていた。周囲には、当時の警備用であろうパトカーが数台、トラックを囲うように沈黙している。
目立つのは、荷台の異様な壊れ方だ。外側からの衝撃ではなく、まるで内側から何か強大な力が爆発的に突き出したような、無残な破断痕。
[ディアーナ:瀬戸、反応は荷台の内側からです。注意してください]
「ああ……分かってる」
瀬戸はビームサーベルを右手に構え、左手で黒剣の柄を握りしめた。
トラックの荷台へとゆっくりと歩み寄る。中からは、得体の知れない「何か」が、瀬戸を待ち構えているような、そんな気配が漂っていた。
「さあて、何が待っているのやら」
瀬戸は荷台の扉に手をかけた。次の瞬間、トラックの中から放たれたのは、殺気とも、あるいは哀れな叫びとも取れる、おぞましい鼓動に感じた。




