終業の合図、崩落する葬列
瓦礫と、かつてこの場所で生きていた人々が遺したであろう生活の欠片――錆びついた雑貨や砕けた家具が散乱する荒野の道を、一台の漆黒のバイクが爆音と共に駆け抜けていた。
無人走行。そう見えるその光景だが、シートの上には確かに小さな白い影、スライムのソフィアが乗っていた。運転席を握る者はいない。しかし、ソフィアはバイクの風を全身で受け止め、まるで遊園地のアトラクションを楽しむかのようにピョンピョンと弾み、楽しげな声を上げていた。
「わあーっ! すごいよ、ディアーナおねいちゃん! 風がとっても気持ちいい!」
もしこの光景を、かつてこの地を統治していた人類の誰かが見れば、無人で走る「ゴーストバイク」に戦慄したことだろう。だが、ここは文明が一度断絶し、変異種が跋扈する2000年後の世界。バイクという概念そのものが失われたこの地において、その存在を理解できる者はただ一人もいなかった。
[ディアーナ:ソフィア、楽しんでいる暇はありません。前方に散らばる瓦礫の山を確認しました。すべて吸い込みなさい]
ディアーナの冷徹かつ明確な指示が、ソフィアの意識に直接響く。
「うん! おねいちゃん、わかったよ!」
ソフィアは元気に返事をすると、体を大きく膨らませた。バイクが瓦礫の山に差し掛掛かる瞬間、ソフィアはまるで掃除機のように周囲のコンクリート片、鉄筋、ごみなどすべて体内へと飲み込んでいく。バイクが走り抜けた後には、塵一つ残されていない。まるで道路清掃車が通ったかのように、その場は真っさらな土の面を晒していた。
* * *
その頃、瀬戸は巨大なネズミ型変異種との死闘の真っ只中にいた。
先ほどまでの膠着状態は霧散し、戦場には破壊音だけが鳴り響いている。瀬戸は右手に、ロックが解除されたばかりのビームサーベルを握りしめ、鮮やかな光の刃を闇の中に放った。左手には愛用の黒剣。両目が潰れ、再生のためにあがき回る変異種の隙を、瀬戸は見逃さない。
「やらせるかよ! 滅多切りにしてやる!」
閃光のような連撃が、変異種の巨体を刻む。たまらずネズミは奇声を上げ、背中から無数の触手を展開した。死角からの攻撃。音もなく放たれた触手の群れが、瀬戸の背後から殺到する。
『紬、右!……いえ、同時に斜め後ろ! 避けて!』
エマのサポートが脳内に響く。瀬戸は自身の感覚とエマの情報を同期させ、紙一重で触手の嵐を回避した。
『無茶しないで! そんなに突っ込んだら、いくらナノマシンでも限界があるわ!』
「わかってる! エマ、信じてるぜ!」
『もう…』
『はいはーい。のろけは後でゆっくりやってね!せと、ナノマシンに負荷がかかってる!全力出しすぎ!』
「そういうな! 隙を見せた奴が悪いんだよ!」
瀬戸はエマやミアの叱責を笑い飛ばし、そのままの勢いで変異種の下へと滑り込む。スライディングしながら、ビームサーベルで変異種の腹を大きく切り裂いた。
ダメージを受けた変異種は、断末魔の叫びと共に口から変異物質を含んだ濃厚な霧を吐き出した。視界をどす黒に染め上げる霧。瀬戸はすぐさま切り返そうと体勢を整えるが、その中に潜む「罠」を直感し、急ブレーキをかけて足を止めた。
「ちっ…」
直後、霧の中から鞭のようにしなった触手が数本、先ほどまで瀬戸がいた場所を叩き割った。
「くっそ、霧のせいで近づけねえ……!」
瀬戸は舌打ちし、足元にあったサッカーボール大の瓦礫を思いっきり蹴り飛ばした。
「喰らえ!シュート!」
瓦礫は正確に霧の中の変異種へと飛んでいく。それを食らうものかと、変異種は霧の中から大ジャンプして後方へと後退した。ミアに『はずしてんじゃん』と突っ込まれる。ビームガンが使えないのは痛い。だが、ここで足を止めるわけにはいかない。瀬戸は変異種を見逃すまいと、即座に追跡を開始する。
廃ビルが立ち並ぶエリアへ追い詰めると、変異種はビルの内部、さらには地下へと縦横無尽に走り回り、瀬戸を攪乱し始めた。上から、下から、横から。触手が次々とビルを破壊しながら瀬戸に襲いかかる。
『紬、右の柱の裏! その次は天井が崩れるわ!』
エマからのデータが送られてくる。瀬戸はそれを信じ、目をつぶっていても動けるほどに正確な回避を行う。ただ避けるだけではない。両手に握られた兵器が、回避のたびに変異種の体を切り刻んでいた。
再生が追いつかず、逆に傷が深まっていくことに、変異種も焦りを見せ始める。
一か八か、変異種が真正面から突進してきた。無数の触手を前面に突き出し、音速で迫る針の塊。
「おっと、真正面から突進とか……お前、バカだろ?」
瀬戸は余裕の笑みを浮かべ、その突進をギリギリでかわす。
勢い余った変異種は、そのままビルに激突し、爆音と共に壁に巨大な穴を穿った。当たればひとたまりもない。だが、瀬戸はもう変異種の動きを完全に掌握していた。
変異種はもう一度、と足を踏ん張り、再び襲いかかろうとする。しかし、瀬戸はニヤリと笑い、腕時計を見るような仕草をした。
「悪かったな。悪いが、もう退勤時間なんでね。お先に失礼させてもらうよ」
「なにを……言っている……?」というような困惑の咆哮を上げる変異種を、瀬戸は冷ややかな目で見下ろす。
[ディアーナ:ソフィア、今です]
そのディアーナの冷徹な一言が、全てを終わらせる合図だった。
「うん、おねいちゃん! いっけーっ!」
ビルの屋上から、先ほどソフィアが飲み込み、凝縮させていた「50メートル級の瓦礫の塊」が、重力に従ってまっすぐに降り注ぐ。
空を覆うほどの影に、変異種は初めて「死」を理解した。訳が分からないまま、逃げる隙もなく、巨大な岩塊がその頭上を押し潰す。
地響きが地下都市を揺らした。土煙が晴れた時、そこには変異種の姿はなく、ただ静寂だけが残されていた。
瀬戸はビームサーベルを消し、大きくため息をつく。
「……ふう。やっと終わったか」
その背後で、ソフィアを乗せたバイクが軽快な音を立てて戻ってくる。瀬戸の「退勤時間」は、こうして無事に幕を閉じたのであった。




