深淵の決戦、ナノマシンの咆哮
地下都市の空気が、重く熱を帯びる。
瀬戸は咆哮を上げる巨大ネズミ型変異種と対峙していた。変異種の傷口からは、クチャリ、クチャリと湿った音を立てて肉が這い回る音が響いている。
「……チッ、再生かよ。ゴブリンの時と同じだな」
瀬戸が黒剣で切り裂いたはずの前足は、すでに盛り上がる肉によって塞がり、傷跡一つ残っていない。強靭な再生能力だ。あの時のようにプラズマ砲をぶっ放せば容易なのだろうが、この地下構造そのものが崩落の危機に瀕する。
膠着状態が続く中、瀬戸は迫りくる無数の触手を紙一重でかわし、ダンスを踊るようにそれらを切り伏せていく。
『せと、もう少し時間を稼いで! まだ解析終わってないよ!』
『こっちも、回路の負荷率を再計算中よ! 紬、無茶しないで……』
エマとミアの焦燥した声がインターフェイスに響く。瀬戸は荒い息を整えながら、ゼノへ通信を飛ばした。
「艦長、確認だ。ナノマシンの出力制限、解除してもいいか?」
『……今の出力はどれくらいだ?』
「よくて40%、だっ!」
通信しつつ、瀬戸は横から振り回された巨大な尻尾を強引に掴むと、その勢いのまま地面へと叩きつけた。サラリーマン時代では考えられないような荒業だが、今はナノマシンの出力不足ゆえに身体能力の限界が近く、なんとももどかしい状況だ。
『そうか……だが、これ以上上げれば、ソフィアに負荷がかかってしまう……』
「そんなことは分かってる。だが、今はソフィアを鎧の中に抱えている以上、出力の制御にリソースを割きすぎているんだ。本気で倒しに行くには、もっと……」
『……分かった。許可する。ただし、ソフィアになにかあれば、その時は……分かっているな?』
ゼノの重苦しい警告。その実態はただの親バカな心配だと瀬戸も気づいているが、今はその不器用な優しさが少しだけ心強い。
その時、ディアーナが冷徹かつ大胆な提案を切り出した。
[ディアーナ:――提案があります]
『提案だと?』
ゼノがいつもと違うディアーナの対応に、鋭い懐疑心を滲ませる。
[ディアーナ:はい。作戦としましては――]
ディアーナが淡々と作戦を語り終えると、通信回線が静まり返った。一同は困惑の表情を隠せない。何よりこの作戦の要はソフィアなのである。ゼノは心情的に反対したい反面、この膠着を打破するには不可欠なポジションであり、複雑な胸中を隠せない。
瀬戸は一瞬の迷いの後、ニヤリと笑った。その瞬間、がむしゃらに突っ込んできた巨大変異種をバックステップでかわしつつ、横一線でその両目を切り裂いた。
「邪魔すんな!」
たまらず変異種がのたうち回る。瀬戸は追い打ちとばかりに渾身の力で蹴り飛ばし、建物の壁に叩きつけた。
「面白い。どうせこのままじゃじり貧だ。俺はこの作戦行けると思う。……ソフィア、頼めるか?」
瀬戸の問いかけに、鎧の中で小さなソフィアが顔を出す。
「お兄ちゃん、ソフィア、役に立てる?」
「ああ、ソフィアにしか頼めないことだ。」
[ディアーナ:おねいちゃんもついています]
「……うん。ソフィア頑張る!」
小さき英雄の決断に、みんな気を引き締める。再生が追い付いてきて体勢を立て直そうとしている変異種を横目に、瀬戸はディアーナに尋ねる。
「そんでこっからどうすればいい?」
[ディアーナ:瀬戸のナノマシンの使用権限の一部を私に一時譲渡してください。ナノマシンよりユニットをバイクに直結させ、一時的に私が「直接」バイクを操縦しソフィアを目的地に運びます。瀬戸は合図とともに変異種を誘導してください。]
「……お前がバイクを操縦すんのか? そんなことできるのか?」
瀬戸は、ディアーナの突飛な作戦内容を再確認するように問いかけた。
[ディアーナ:瀬戸を、ステーションの皆様を、そしてソフィアを……誰一人欠けさせないための、私の演算能力のすべてかけ対応します]
その言葉には、機械的な計算を超えた意志が宿っていた。瀬戸は頷き、ソフィアを優しくバイクのシートへ座らせる。
「ソフィア、ディアーナ、頼むぞ。」
「うん!ワルいヤツ、やっつける!」
ソフィアが小さく震える。瀬戸が離れた瞬間、漆黒のバイクが自律して動き出し、周囲の瓦礫を蹴って目的地へとソフィアを運び出した。
「さて……そんじゃ、こっちも準備に取り掛かりますか…艦長!」
『了解した。瀬戸のナノマシンの出力限界解除許可する。』
『せと、ビームサーベルのロックも解除したよ!』
ミアの気の抜けるような声に苦笑しつつ、瀬戸はナノマシンの出力を上げていく。パチパチとナノマシンから音が発せられていく。
「了解。こっからはいつものサービス残業だ!」
『紬、言わなくてもわかってるとは思うけど…』
「無理はしないさ…ここまでディアーナにお膳立てされてんだ。サポートよろしく頼むぜ。」
エマの言わんとすることを察しつつ、言葉では嘘をついてしまう。ここからはソフィアの命も守りつつ戦うのである。
『…了解。』
エマもそれはわかってしまったようだ。怒り狂った変異種が視界を遮られたまま突進してくる。ナノマシンの発するプラズマにより鎧が白く輝く。全身にプラズマを纏った瀬戸は、真の力を解放した獣のように地を蹴った。




