漆黒の疾走、死線の誓い
無機質な地下都市の静寂を、絶え間ない戦闘の轟音が切り裂いている。その荒涼とした空間に、本来あるはずのない「エンジン音」が響き渡った。
「すごーい。早い!」
ソフィアが瀬戸の鎧の中から覗き込むように、猛烈な風を感じて楽しんでいる。本来は彼女の父との約束だったであろうこの景色が、こんな形でかなってしまうなど、誰しも思わないだろう。だが、ツーリングを楽しんでいる暇は今はない。
(しかし、ガソリンもなければ燃料もないのに……この鼓動、まるで生きているみたいだ)
かつて愛車を駆っていた頃の感覚が指先に蘇る。不謹慎にも瀬戸の胸は高鳴っていた。漆黒のバイクは、死の都市を縫うようにして爆心地へと疾走する。
「邪魔だ!」
すれ違いざま、左手の黒剣が稲妻のように閃く。斬撃の軌跡が変異種を両断し、紫色の血飛沫が壁に散った。迂回する時間などない。救える命がそこにある以上、アクセルを緩める選択肢は瀬戸の中になかった。
「ディアーナ、あとどのくらいだ!」
[ディアーナ:前方100メートル。生存者を確認。……状況は最悪です]
『傭兵と研究員、合わせて7名を確認。防戦一方です!』
ディアーナの冷静なナビと、エマたちがインターフェイスに送ってくる映像に瀬戸は舌打ちする。
巨大なネズミを模した異形の変異種が、巨大な爪で周囲をなぎ払っていた。傭兵たちは防戦一方、その背後で研究者たちが死に物狂いで身をすくませている。
(くそっ、間に合え!)
法定速度など無縁の加速でカーブを曲がりきる。ナノマシンが反射速度を極限まで引き上げ、瀬戸はプロのレーサーをも凌駕する走りで戦場へと飛び込んだ。
バイクの轟音に驚き、傭兵たちは絶望の表情を見せる。新たな化け物が現れた。見たこともない、目が光る怪物がものすごい速さで近づいてくるのだが、だが……。
「伏せろッ!」
瀬戸の怒号が響く。傭兵や研究者たちが疑問で顔を上げるよりも早く、黒い閃光が走った。
バイクですれ違いざま、渾身の力で黒剣を叩きつける。重厚な刃が変異種の巨大な前足を切り裂き、怪物はたまらず後退して悶絶の声を上げた。
「な、なんだ……!?」
傭兵たちが唖然とバイクを見つめる。突然現れた、この時代には存在しない黒い鉄馬。その上の男を信用しきれない様子だが、一人の男が目を丸くして叫んだ。
「エマ、状況は」
『大丈夫。みんな生きてるわ』
よし、と自分の中で相槌を打ちつつ、瀬戸はバイクから飛び降り、そのままの勢いで巨大変異種の周りにいる変異種を黒剣で切り倒す。右手に持ち替え、力を籠めて振り抜けば、たちまち数体の変異種は汚泥へと沈んだ。
「その黒い刀身……お、おい、あんたッ!」
瀬戸が振り向こうとした瞬間、巨大変異種が飛びかかってくる。そのまま後ろに飛び退きながら横なぎに前足を切りつけてやると、あまりの痛さに巨大変異種は後ろにたじろぐ。そのうちに生存者たちへ目を向ける。そのうちの一人に、見覚えがあった。ベッツの宿屋で、幾度となく「酒を冷やしてくれ」とからんできたあの傭兵だ。
「……お前、ベッツの店にいた…」
「やっぱり黒剣か! すまん。たすかった……とは言えないか……」
再会の感慨に浸る間もない。巨大な変異種が再び体勢を立て直し、咆哮を上げる。瀬戸は周囲の雑魚変異種を剣の一振りで凪ぎ払い、生存者たちの退路を確保した。
「ここは俺が引き受ける。お前らは研究者を連れて、今すぐここから離れろ!」
「…だが…」
傭兵の男の言葉を遮るように巨大なネズミが瀬戸の前に立ち塞がる。瀬戸が黒剣を構えるのを見やるや、巨大な変異種も瀬戸を標的に定めたようだ。
「どうやら、クライアントは俺に用があるようだ」
「クラ…イント?」
男の疑問を置き去りにし、瀬戸は巨大変異種に切りかかる。ネズミは背中の毛を触手のように操り無数の針のように瀬戸に突き立てるが、ナノマシンの反応速度を利用し回避しつつ、触手を切り刻む。
「あまり長く持たせらんないぞ。ここは任せて急げ!」
瀬戸の言葉に背中を押され、男は我に返ったように叫ぶ。
「全員、退避だ! 学者さんたちを連れて逃げるぞ!」
傭兵の男が指示を出すと、みな腰を抜かしている学者を抱え、瀬戸が切り開いた道へ走り出す。
「黒剣、すまん!あとは任せた!生きて帰ってこい!」
「おう!任された!お前も死ぬんじゃねえぞ!」
傭兵の男は苦笑いをこぼし、最後に残った学者を抱えていく。傭兵たちが動き出したのを確認し、瀬戸は再度黒剣を握りしめて感触を確かめる。
「なんか、いっつもこんな感じがするんだが…」
『考えなしに行動するからじゃない。よし、データ解析終了。ここからサポートに回るね』
『ミアのいう通りだな。これに懲りたら直してほしいものだが…』
『ふふ、それが紬のいいところだと思いますよ』
独り言のつもりでつぶやいたら、みごとに突っ込まれてしまう。深いため息をつきながら、目の前の「親玉」を見やる。
「お客様、大変お待たせしました。ここからは手加減なしだ!!」
[ディアーナ:瀬戸、ソフィアもいるので十二分に注意してください]
最後まで締まらない、なんとも瀬戸らしいのであった。




