漆黒の獣、再臨
スライムのコアをすべて回収する――その目的のために、瀬戸たちは何日もの日々を費やした。道中で現れる変異種を討伐し、その報奨金で食いつなぐ日々。しかし、ついに本日、ディアーナの索敵によって最後の一つが見つかった。
「これで、最後……ソ……」
[ディアーナ:ソフィア、出番ですよ]
「うん! おねいちゃん!」
ソフィアが寂しそうに、それでも達成感に満ちた感情を表し、最後のコアを自身の「疑似アイテムボックス」へと分解・収容する。ここ数日で分かったのは、ソフィアがこのダンジョンにおける「唯一の生き残り」だという事実だった。
「……ミア、あの時、俺がソフィアを切り伏せようとしたのを止めてくれて本当にありがとう。今思い出しても冷や汗が止まらない」
『ふふっ、せと、もっと褒めてくれてもいいよ?』
探索は驚くほど効率的になっていた。ソフィアの能力を応用した擬似アイテムボックスは、食料から変異種の素材まで何でも分解・再生できた。
そして、仲間たちにも変化があった。
ディアーナは暇さえあればソフィアと通信し、明らかに「人間らしい」機微を見せるようになっていた。ゼノに至っては、かつての威厳などどこへやら。すっかりソフィアの保護者に成り下がり、ミアに「艦長、近すぎ! デレデレしすぎ! 威厳! 威厳を思い出して!」と注意される始末だ。
『悪い変化ではないと思いますよ。むしろ、この場所が温かくなっていくようで……私は好きですよ』
エマが笑顔で話す様子を思い浮かべることができる。
「そうか?」
『そうですよ』
瀬戸が苦笑し、ダンジョンの出口を目指して進んでゆく。今日もこれで1日が終わり、明日からはダンジョンの中央を目指すことになっていた。早く帰ってビールを飲みたいなと思いつつ、ダンジョンの出口近くまで来た時だった。
[ディアーナ:緊急警告! ダンジョン中央部で異星物質の質量反応が急上昇! 異常値です!]
「艦長、状況は!?」
『……理解した。放置するわけにもいくまい。何よりオリジンの可能性もあったものだ。頼んだ、瀬戸!』
踵を返し、来た道を全速力で駆け戻る。ナノマシンの出力を限界まで上げ、地下都市の入り口に差し掛かった時、遠くで地響きのような爆発音が鳴り響いた。
「あそこか!」
『大規模ではありませんが、戦闘が行われているようです。』
「ディアーナ、索敵頼む」
ディアーナに索敵を頼み爆心地へ進む。
[ディアーナ:了解しました。ソフィア、瀬戸の鎧の中に隠れているんですよ。]
「わかった。おねいちゃん。」
ここ数日で日常と化した光景であるが、今はそんなことを気にしている暇はない。とにかく今は前へ前へと進んでいくと、その進む先にだれかが倒れているのが見えた。
「おい! しっかりしろ!」
瀬戸は駆け寄り、倒れている人物に声をかけて安否を確認する。その傭兵の男は、口からどっと血を吐きながら絶え絶えに言った。
「エル、治療は可能か?」
『わかったわ、解析してみる』
エルに治療法を模索してもらいながら、瀬戸は男の安否の確認を行う。
「しっかりしろ、何があった!」
「は、化物だ……奥、から急に湧いて出てきやがった……っ!」
仲間と応戦するも、散り散りになってしまったという。
「奥には……国の学者もい、る……頼む、仲間を、助け、て、くれ……っ!」
「おい、目を開けろ! おい!」
『紬……彼はもう……』
男は瀬戸の腕を掴み、それだけ言い残してこと切れてしまった。瀬戸の拳が怒りに震える。
「チ、クショウ……っ!」
『せと!そこにも変異種が迫ってきてる!早く!』
憤る気持ちを抑え、すぐさま爆心地へ向かって走り出す。だが、走っても走っても、たどり着ける様子がない。
「邪魔をするな!」
進路を阻むように、次から次へと変異種が湧き出し、行く手を邪魔するのだ。瀬戸は黒剣を振るい、3体以上の変異種を横なぎに切り伏せる。その隙に近づいてきた変異種を、奥に待ち構えている変異種の群れに向けて蹴とばしてやる。
(クソ、最大出力を出せば一掃できるが、この閉鎖空間で周囲を巻き込まずに戦うのは難しすぎる……!)
苦戦を強いられ、焦りが募る瀬戸にソフィアが小さな声を上げた。
「おにいちゃん、パパのバイクで行こう?」
「バイク? ……いや、いくらなんでも長らく放置されていたんだ。ガソリンもないし、動くはずがないよ」
緊急事態なのだが瀬戸はソフィアにやさしく問いかける。だがソフィアはそのまま続けて言う。
「おねいちゃんが大丈夫って言ってたの! お兄ちゃんのナノマシンで動かせるって!」
「おい!ディアーナ!?」
[ディアーナ:はい、駆動は可能です。]
それはあらかじめ想定されていたのか、ディアーナは淡々と答える。その間にも向かってくる変異種を切り伏せていく。
『ディちゃん、どういうこと?』
瀬戸の代わりにミアが確認してくれる。瀬戸はそれを確認しつつ、動くかわからないバイクのもとへ急ぎ引き返す。
[ディアーナ:ソフィアから相談されていました。パパのバイクも持っていきたいと…約束していたそうです。ソフィアが大きくなったら一緒にバイクに乗せてくれると]
ディアーナはソフィアのために初めからバイクを持っていけるか解析していたようだ。ソフィアの父親との約束、ディアーナがソフィアを思う気持ちを胸に、埃を被った漆黒のバイクの前へとたどり着く。
[ディアーナ:瀬戸、バイクに右手をかざしてください]
「了解」
ディアーナの指示を受けながら、瀬戸はその機体に右手をかざし、ナノマシンの燐光を注ぎ込んだ。
[ディアーナ:ミア、ナノマシン調整願います。]
『あー、もう了解!……出力調整完了、リンケージ接続! せと、OKだよ!』
『こっちでも回路を最適化、調整するわ。紬、一気にナノマシンを流し込んで!』
ミアとエルの高度な解析と調整により、ナノマシンの光がバイクの隅々まで包み込んでいく。
[ディアーナ:瀬戸、乗り込んでください]
ディアーナに促されるまま漆黒のバイクにまたがる。
「ディアーナ!キーがないぞ!」
[ディアーナ:大丈夫です。瀬戸の右手のナノマシンが発動キーとなります。ハンドルを握ってください。操作については補助いたします]
いつになくディアーナが積極的な気がするが今はどうでもいい。
「大丈夫。扱いには慣れている―― たのむ! 目を覚ませ!」
瀬戸が命じた瞬間、2000年の時を超えて、漆黒の機体が野獣のような咆哮を上げて息を吹き返した。
「ソフィア、 パパのバイク大切に乗らせてもらうよ!いくぞ!振り落とされるなよ!」
「うん!」
アクセルを一気に開ける。爆発的なスピードのまま、立ちふさがる変異種たちを完全に置き去りにし、瀬戸は漆黒の機体を翻して爆心地へと突き進んだ。




