鉄錆の街の日常と、ダンジョンの入り口
宿の部屋から階段を降りると、そこには昨夜の主人・ベッツの姿があった。彼は昨晩、瀬戸の能力に驚いて店内を騒動に巻き込んだことを改めて丁寧に謝罪してきた。
「旦那、すまねえな。」
「なに、俺も調子に乗りすぎた。気にしてない。」
苦笑いで応じ、出された朝食に手をつけた。現地食にも慣れ始めたのか、昨日よりも美味く感じる。
「ごちそうさん。じゃ行ってくるよ。」
朝食を終え、瀬戸は宿を出た。向かう先は傭兵所だ。
通信越しにミアが尋ねてくる。
『ねえせと、今日はダンジョンに直行しないの?』
(ああ、昨晩、ゼノに言われただろ。独断専行は避ける。きちんと情報収集してから行動するよ)
『それもそっか』
たわいもない通信をしながら傭兵所へ足を踏み入れると、昨日世話になったギーツがいた。彼に昨夜の宿の礼を伝えると、ギーツは豪快に笑って返してくれた。瀬戸は本題であるダンジョン探索について切り出す。
「今日は昨日も言った通りダンジョンへ行こうと思っているんだ。何か情報か決まり事があれば教えてほしい」
ギーツは表情を真剣に引き締め、現地のルールと注意事項を語り始めた。ダンジョン前には露天商が集まっており、薬草の販売や荷物持ちの斡旋、戦利品の売買が行われているという。
「だが、一番注意すべきは『遺跡品』だ。歴史的価値がある品が見つかることもある。国から派遣された学者が常駐していてな、遺跡品らしきものを見つけたら一度、国を通さないと、後々トラブルになる。」
ゼノの忠告を素直に守って本当によかった、と瀬戸は胸をなでおろす。ただ、その遺跡品もダンジョンから出すと霧散してしまうものが多く、実物を見かけることは滅多にないそうだ。
『……今、完全にフラグが立ったよね』
(いやなことを言うな…てか、どこでそんなフリ覚えた)
『歴史アーカイブ』
ミアの不穏な呟きに、瀬戸は嫌な予感を覚えつつも、ギーツから受け取った地図を懐に入れた。
「あっと、そうだった。「黒剣」これを渡し忘れた。」
ギーツは瀬戸にカードを渡す。
「なんだこれ?」
「傭兵証だ。一応これは身分証にもなるから、ほかの町やダンジョンに入る際は掲示すればいいぞ」
ギーツの心遣いに感謝し、瀬戸は傭兵所を後にした。
城門へ向かうと、そこにはロイの姿があった。ロイも瀬戸に気づき、人懐っこい笑顔で駆け寄ってくる。
「セト、おはよう。もう出かけんのか?」
「ああ、ダンジョンヘな。昨日はいい宿を紹介してくれてありがとうな。」
瀬戸が昨日の宿の礼を伝えると、ロイは頬を紅潮させて「まだ恩を返しきれてないよ」と照れ笑いを浮かべた。
二人が楽しげに会話する様子を、少し離れた場所にいた若い衛兵たちが嫉妬の混じった視線で見つめている。
[ディアーナ:瀬戸、こちらを見ているものが数名います]
(見ないでやってくれ)
どうやらロイに気があるらしい。中学生くらいの子たちの恋心に、瀬戸は無用なトラブルを避けるため、あえて気づかないふりを決め込む。
[ディアーナ:なぜです?敵対行動の前触れでは?]
『ふふふ、初々しいですね』
『モテモテなんだね』
女性陣は甘酸っぱい青春の空気を楽しんでいるようだ。
[ディアーナ:?]
理解していないディアーナをよそに瀬戸は苦笑をこらえつつ、話を進める。
「それじゃ、そろそろ行くわ。隊長さんにも礼を伝えておいてくれ」
「ああ、わかった。と、行く前に身分証を見せてくれ。決まりなんでな」
ロイは笑いながら門番の仕事をする。瀬戸は懐からもらったばかりの傭兵証をロイに見せる。
「これでいいか?」
「ああ、いいぜ。頑張って来いよ。『黒剣』」
ロイが身分証を確認し大きな声で話す。その顔は実に悪い顔だ。その大きな声は先ほど嫉妬に駆られていた若い衛兵やほかの町を出る人にも聞こえたのか、皆、「あれが」「一撃で倒したそうだ」「そういえば俺昨日見た」と口々に瀬戸を見て噂を始めた。
「わざとやったな?」
とロイを見ると、ロイはいたずらしてやったぜという感じで笑っている。
「後で覚えとけ。」
そう言い残し、瀬戸はロイと別れて森の道を進んだ。
商隊や他の傭兵が行き交う踏みならされた道を歩くことしばし。ダンジョン入り口前は、事前の情報通り露天商で賑わっていた。
「旦那、薬は入用じゃありません?」
「お客さん、荷物持ちはどうですか。」
「お客さん、これじゃ買い取れないよ」
「せっかくここまで持ってきたんだ、何とかしてくれよ」
様々な人々の喧騒で体感的には祭りの出店に来たような気分だ。そのまま露天商を過ぎて行くと入り口のすぐそばには、エイセフォール王国の紋章を掲げた大きな天幕がある。あの天幕の中で学者が目を光らせているのだろう。
(どうやらギーツが言ってたのはあれのようだな)
『そのようですね。遺跡品とはどんなものか気になりますが、くれぐれも気を付けてくださいね』
(了解…)
瀬戸は学者の気配を横目に、警備兵へ先ほど受け取ったばかりの傭兵証を提示した。確認を終えた兵士が重い鉄扉を開く。
「……行くか」
冷たい空気が、ダンジョンの奥から瀬戸の肌を撫でた。異星の空の下、2000年の時を超えた戦いの場へと、瀬戸は一歩を踏み出した。




