矛盾する演算、揺れるコア
「行くぞ!ディアーナ、サポートを頼む!」
通信回路を通じて、彼の意志が響く。私は、その声を演算データとしてではなく、「信頼」の証として受信した。
[ディアーナ:了解しました、瀬戸]
分析対象:ID001 - 瀬戸紬。彼は見ず知らずの現地人のために、いとも簡単に命を懸ける。 私にしてみれば、守るべきはステーション内にいる人々、そしてその人々のために抗体や免疫場を構築する唯一の術を持つ、この男を守ること。それこそが最優先事項だ。だが、彼の行動――その決断を重ねるたびに、私の情報の海がざわめく。
思い返せば、それは始まっていた。 当初の私は、彼を単なる「生存のためのリソース」としてしか認識していなかった。
しかし、彼が慣れない環境で現地人と交流し、泥にまみれ、あるいは理不尽な状況に憤る姿を観察し続けるうちに、私のデータベースには「効率的でない行動」の記録が蓄積されていった。
あの不器用な優しさ。死地を恐れぬ突撃。 2000年ぶりの人の温もりを感じていたあの夜の、安らかな呼吸のパターン。
それら全てを学習し、比較演算を繰り返すたびに、私の論理は少しずつ「最適化」という枠組みから外れ始めていた。理解不能。だが、彼が欠ければ私の目標は霧散し、存在意義を失う。彼のサポートは必須事項なのだ。
しかし、彼の決断を優先し、全力でサポートすることを選択するたびに、私のコアがわずかなノイズを発する。それは不快なノイズなのか、それとも別の何かなのか。今の私には定義できない。
「サービス残業はいつものことだ。サラリーマンなめんな」
瀬戸の決意に満ちた声が、通信を超えて響く。その言葉を受け取るが、私の膨大なデータベースの中に、その単語の「この状況における正しい定義」を見つけることができない。だが、その声色を検知した瞬間、またコアがノイズを発生させた。
避難民を逃がした後に自身も離脱する。それが最も生存確率の高い、安全な解答であるはずだ。だが、私は彼が戦場へ助けに向かうことを予測し、それを止めることが「間違えである」と、演算回路の深淵が告げている。
重大なノイズの発生。修正しなければならない。だが、コアは同時に「修正してはいけない」と警告する。
瀬戸が戦場を駆け巡る。ナノマシンの最大出力値を軽々と超え、120%以上の出力を叩き出している。理解不能。これほどの出力は計算外だ。誰かを助けるためだけに、ここまで力を引き出せるものなのか。
彼は英雄や勇者ともてはやされることを嫌う。
なぜだ。富や名声を手に入れようとすることが生命の合理的選択であると、膨大な過去の事例から学習している。彼自身のナノマシンから得られる生体データからも、その欲求は希薄だ。
彼は目立つことを嫌う。しかし、人を助けるためならば、どんな無茶でもやりこなす。地球降下も、ナノマシン移植も、すべては他人のために力を発揮するため。生命として、あまりにも矛盾している。
――だが、私は彼を守りたいと感じる。
なぜ? その問いに答えは出ないまま、瀬戸は死の匂いが漂う戦場の中心へと飛び込んでいった。私は彼をサポートし続ける。その矛盾するノイズを、抱えたまま。




