静かな夜と、交わした約束
宿屋のベッドに背中を預け、瀬戸は木造の天井を見つめていた。
さっきの出来事を思い返し、思わず苦笑が漏れる。ベッツにナノマシンでビールを冷却している現場を見つかり、俺にも飲ませろとせがまれてしまったのだ。仕方なしにビールを冷やして渡すと、その上手さにベッツは驚愕の雄たけびを上げてしまった。その声に店内の客も興味を惹かれ、そこから雪崩式に店内の酒をすべてキンキンに冷やす羽目になったのだ。
その上手さに驚いた客たちが騒ぎ立てた結果、翌朝には「『黒剣』の傭兵は、黒い剣を操り氷魔法を使いこなす凄腕」という、尾ひれがついた噂が街中に知れ渡ってしまうのだが、今の瀬戸には知る由もない。ベッツは奥さんにしこたま怒られていたが、その顔はどこか満足げだった。
瀬戸は横になりつつ、自身の肉体とナノマシンのセルフチェックを行う。
「よし、チェック完了。ディアーナそっちはどうだった?」
[ディアーナ:こちらでもすべて問題ありませんでした。]
ディアーナからの報告でも、現地食摂取による悪影響は皆無であり、今後も安全に摂取可能という結論が得られた。ひとまずの安心を覚え、瀬戸は通信を接続し、ステーションクルーとのミーティングを開始する。
『それじゃあ、今日の反省と、今後の方針を決めていくぞ。まずは俺からだ。』
ゼノ艦長からは、やはり「不用心さ」を厳しく指摘された。
『戦闘に関しては安心してみていられるが、やや独断専行のきらいがある』
(そんなつもりはないが)
瀬戸としては何の気なしに行動しているつもりはないのだが、ゼノとしては違うようだ。
『戦闘時ならば現場の判断で対応するのはいいとしてだが、考えなく行動しすぎだ。自分の名前をそのまま教えたり、案内なしに傭兵所に行こうとしたのが何よりの証拠ではないか』
それに関してはぐうの音も出ない。流れのまま動きすぎた結果だ。
『さっきの酒の件もそうだったであろう。目立ちすぎる行動はトラブルの元だ。余計なトラブルは避けるべきであろう?違うか?』
(おっしゃるとおりです……)
『お前1人に頼り切りな俺たちが言えたことではないが、もう少し俺たちを頼れ。考えなしの行動は避けてくれ。情報統制は命綱だ』
ゼノの忠告を瀬戸は静かに受け入れる。
『じゃあ、次、私からね』
(お手柔らかに……)
ミアは夜とは思えないテンションだ。
『私からは、せとから送られてきたデータやサンプル情報のおかげで抗体や免疫機能が飛躍的に向上できました。ありがとね。』
何を言われるかわかったもんじゃないと構えていた瀬戸だったが、素直な感謝に当てを外されてしまった。だが、「だけど……」とミアの話は続く。
『もっとデータが欲しい。ナノマシンの散布範囲をもっと広げてよ。私とディちゃんがいれば解析なんてすぐなんだからさ』
(もっとって、これ以上大っぴらにできないだろうが、それこそ艦長に怒られるぞ)
ミアにしてみればもっとサンプルやデータが欲しいようだが、ゼノに怒られた手前、不用心な行動は避けるべきだろう。ミアもそれは納得したようで、今度は「うーん。仕方がないか……あっ、じゃあ私も現地食を早く食べたい」といった、相変わらずの無茶ぶりが聞こえてくる。
『ミアその辺にしてね。じゃあ最後は私ね。』
(よろしくな)
『はい。私から言うことはあなたの体についてです。』
エマは瀬戸にもわかるようにインターフェイスに瀬戸の体の状況をグラフィックで示しだす。
『ナノマシンのセルフチェックはしているようだけどもっとこまめにしてね。先日の戦闘でナノマシンを最大出力で使用した際の体への負担がないと言ってたけど、こっちでチェックした際に19%の出力の低下を確認してるわ。』
エマはデータとして瀬戸に自身の状況をきちんと説明してくる。
『誤差の範囲ではあるし今は修復してるけど、艦長も言った通りあなた1人に無理を押し付けている状況なのも理解してる。でも、だからこそきちんと体は大事にしてね。お願い。』
切実な心配をぶつけられた。彼女の気遣いに、瀬戸は胸が熱くなる。
「了解。ちゃんと毎日チェックするよ。」
『うん』
一通りの報告が終わり、ステーションとの通信は切れた。だが、しばらくして一つの通知音が鳴る。瀬戸とエマの、プライベートな回線だ。
『……紬、今日もお疲れ様。本当に無理してない? あの傷、痛まない?』
エマの言葉には、常にどこか負い目のような響きが含まれている。
「大丈夫だよ。ナノマシンで修復済みだし。それはエマが一番わかってるだろ?」
『そう、だけど。やっぱりあなた1人に一番つらい場所を任せるのには慣れそうにないの。』
彼女は責任を感じているのだ。瀬戸は穏やかな口調でいう。
「いいんだよ。それがエマ本人の気持ちなんだから。だけど俺だって、これは自分で決めた道であり、エマとの約束を早く果たすための戦いであるんだ。へこたれていられないよ。」
瀬戸は自分のうちにある気持ちをそのままエマに伝える。エマもまた、その約束のためならどんなことでも頑張ると、健気な声で誓い合う。
『そういえば…ねえ、さっき……すごく美味しそうに食べてたよね。』
食事の話題になると、エマの不安げな声に少しだけ明るい色が見えた。
「そうか?」
『ええ、とてもうれしそうだったわ。本当はレーションばかりで、我慢してたんでしょ?』
実は瀬戸本人は、コールドスリープ後の病院食のようなものだと割り切っていたのだが、エマにはずっと我慢しているように見えたらしい。現地食への興味はエマも同じようで、ゼノ艦長に至っては瀬戸が飲んだ「ビール」に相当興味津々だったと明かしてくれた。
『艦長も若いときに数回口にしただけで、あまり飲んだとことがないみたい。地球に降りたら飲んでみたいそうよ。』
「そうなのか…じゃあ、みんなが地球に降りてこれたら、俺が料理を振る舞うよ。」
瀬戸の言葉に、エマは嬉しそうな声を弾ませた。
「本当? ……楽しみにしてる。それから…」
「それから?」
『私にも料理を教えて…それで私が覚えたら、私の料理を食べてくれる?」
「っ…もちろん。楽しみにしているよ。」
他愛のない、けれど何よりも温かい会話。
野宿の固い地面とは違う、柔らかいベッドの感触が心地よい。瀬戸はディアーナに索敵と見張りを任せると、降下後初めてとなる、安らかな眠りへと意識を沈めていった。鉄錆の街の夜は、優しく二人を包み込んでいた。




