傭兵登録と、二つ名のジレンマ
ロイが「妹だ」と言い放ったその瞬間、瀬戸の驚きように脳内通信は阿鼻群衆の様相を呈していた。
『…紬、男性としてちょっとどうかな……。小さくても女性よ?』
『せと、最低だよ! せっかくの出会いが台無し!』
[ディアーナ:生物学的性別と外見的特徴の認識に著しい乖離が確認されました。瀬戸の社交スキルに深刻な懸念を覚えます]
女性陣?からの容赦ない軽蔑の念に、瀬戸はただ冷や汗を流すしかなかった。その一方で、それまで沈黙を守っていたゼノ艦長も、通信越しに絶句している。
『……いや、待て。あの門番が……女だと?……おい瀬戸。あんなに近くにいて本当に気づかなかったのか?』
ゼノの狼狽ぶりを聞きつけたミアたちが、今度はゼノへの非難へと矛先を変える。
『ゼノ艦長、まさかとは思いますが…艦長ともあろうお方が気づかなかったっていうことはありませんよね?』
『まさかだよね? あんなに可愛い子なのにわかんないって、信じらんない!』
[ディアーナ:ゼノ艦長のバイタルの上昇を確認……瀬戸と同様に社交スキルに深刻な懸念を確認]
ステーション内が今度はゼノへの罵倒でカオス化する中、瀬戸はロイと目の前の男が不思議そうにこちらを見ていることに気づいた。二人には、瀬戸が固まっている理由など知る由もない。
「……セト? どうしたんだ、急に黙り込んじまって」
ロイが心配そうに覗き込んでくる。
「男勝りで小さい頃からこんな感じだ。」
目の前の男は瀬戸の心中を察したように答える。ロイはわからないのか首をかしげるだけだ。それを見て男は苦笑しつつ、
「ギーツだ。改めて妹を助けてくれたこと感謝する。」
と話しながら瀬戸の前に手を差し出してきた。
「瀬戸だ。こちらこそ失礼した。」
瀬戸もギーツが何を言いたいのか分かったうえで差し出された手を握り握手する。ロイは本当に何を言ってるんだと言う顔で2人を交互に見渡している。瀬戸は「なんでもない」と首を振ると、ギーツに向き直った。
「……とりあえず、ここで傭兵の登録をしたい。手続きをお願いできるか」
ギーツは慣れた手つきで、後ろの棚を向き準備をする。
「登録はいいが、今まではどうしていたんだ」
書類を差し出しながらギーツは瀬戸に素朴な疑問を問いかけた。
(ディアーナ、頼む)
瀬戸は脳内で通信を飛ばす。ディアーナに傭兵セトの経歴を再度構築してもらい、それをそのまま説明する。ギーツもその内容に呆れつつどうやら納得してくれたようで、問題なく登録手続きに進んだ。
傭兵登録といっても、瀬戸がイメージしていたラノベのような厳格なランク制度があるわけではないらしい。ただの仕事斡旋所に近く、顧客と傭兵の間の「信頼度」がすべてだという。実績を積めば指名が増え、評価が上がれば、傭兵の指名料も上がっていくとのことだ。逆に傭兵のほうから仕事の値段を決められたり、仕事を選ぶこともできるとのことだった。
「あと、依頼失敗の場合はこちらでもある程度は保証するが、悪質だったりしたらそれなりのペナルティがあるから、気を付けてくれ」
「了解」
ギーツからの説明を聞きつつ書類に必要事項を記入していく。ディアーナに集めてもらったデータによって今ではこの大陸の言語にも支障がなくすらすらと書いていく。
「ところであんた二つ名はどうする?今日の戦いぶりからして、一部じゃ『黒剣』や『黒の狩人』『黒の執行人』なんて呼ばれてるぜ。そのままその名で登録してはどうだ?」
瀬戸は一瞬固まりギーツの顔を見る。
「二つ名?」
「ああ、実力のある傭兵は二つ名で呼ばれるんだ。二つ名があれば顧客も雇いたい傭兵を間違えずに選びやすい。」
確かに筋は通っているのだが、なぜか羞恥心に駆られてしまう。
「だが、俺は今登録したばかりだぞ。さっきの説明で行くと新人には二つ名はつかないんじゃないのか?」
「何言ってんだ。もうすでにあんたの実力は周知されてる。ほかの傭兵も噂するほどだ。ないほうがおかしいだろ。あ、おれは『黒剣』がいいと思うんだが」
ギーツの提案に、瀬戸は露骨に顔をしかめた。
(『黒剣』…『黒の狩人』…『黒の執行人』……? ……勘弁してくれ。2000年前にコールドスリープから目覚めていきなり中二病全開の呼び名なんて、恥ずかしくて死ねる)
『瀬戸! いいじゃないか!その提案に乗れ!お前らもそう思うだろ』
脳内でゼノが叫ぶ。
『艦長もしかして話をそらそうとしてません?』
『ま、まさか…今はとにかく瀬戸のサーポートを優先したくてダナ…』
どうやら今の今までエマ姉妹にお説教を食らっていたであろうゼノが慌てたように盛大に話をそらしてきた。
隣でロイも「へぇ、『黒剣』か! かっこいいじゃん!」と目を輝かせている。さっきまで男だと思っていた申し訳なさもあり、瀬戸は引きつった笑顔で頷いた。
「……ああ、それでいい。『黒剣』で登録してくれ」
手続きを終え、瀬戸は仕事について尋ねた。今は町の復旧作業が最優先で、戦闘依頼は当面防衛が中心になるという。それでは日銭も稼げないという瀬戸に、ギーツは近くにある「ダンジョン」の情報を教えてくれた。使途不明な道具が山ほど出る代わりに、様々な変異種が巣食う危険地帯だという。
[ディアーナ:……反応をキャッチしました。ダンジョン内部に、わずかですが異生物の反応があります。解析の価値ありです]
(ダンジョンか……了解。調査していこう)
ステーションメンバーも、ダンジョン内部の探索とデータ収集の必要性を説き、即座に合意した。
「わかった。ダンジョンに行こうかと思う。手続きは必要か?」
しかし、ロイが心配そうに口を挟む。
「今から行くと日が暮れちまうよ。今日は宿を取って、明日の朝早くに出発したらどうだ?」
その言葉はもっともだった。瀬戸が頷くと、ロイとギーツが顔を見合わせる。
「ちょうどいい、もう少しで俺たちの仕事も終わるからさ。終わったら宿探しに付き合うよ。この街は初めてだろ?」
鉄錆の街の夕暮れは早い。瀬戸は、少しだけ居心地の悪さを感じながらも、二人と一緒に仕事が終わるのを待つことにした。2000年後の地球での生活は、思っていたよりもずっと慌ただしく、そして複雑な人間関係に満ちていた。




