恩人とデリカシーの境界線
無事に町の門をくぐり抜けた瀬戸は、喧騒の中でふと一息ついた。先ほどの蛇とクモを混ぜたような変異種の討伐報酬を、小ぶりの袋に詰めて腰に下げる。
「なあ、ディアーナ。さっきのあの蛇みたいなやつ、結局なんて名前の変異種だったんだ?」
瀬戸の問いかけに、即座に脳内の管理AIが応じる。
[ディアーナ:スキャンデータとアーカイブの照合が完了しました。あれは現地名『グスタ』、つまりワニの変異種です]
「ワニ? あの、口の中にイノシシが詰まってたやつがか?」
[ディアーナ:はい。本来のワニの生態とはかけ離れていますが、遺伝子配列の基底部は確実にワニです。一方、先ほど倒したイノシシ型は現地名『ワイルドボア』。こちらは原型を色濃く残していました]
「ワニが蜘蛛みたいな足で蛇みたいに這い回るなんて……どういう基準で変異が起きてるんだ。謎が深まるばかりだな」
ステーションメンバーとのそんな会話を脳内で交わしていると、背後から小走りで誰かが近づいてくる足音がした。
「おい、待ってくれ!」
振り返ると、先ほどの門番の青年が息を切らして立っていた。
「……あんた、さっきの…何かあったか?」
「ああ、さっきは本当に……みんなの命を助けてくれてありがとう。」
「なに、大したことはしてない。」
瀬戸は照れ隠しで、そっけなく答える。
「それでどうしたんだ?わざわざ礼を言いにか?」
「あっ、そうだ。隊長に言われたんだ。『せめて傭兵所まで案内してこい』ってな」
瀬戸は「そこまでしてもらわなくていいよ」と手を振った。ディアーナのナビゲーションがあれば傭兵所などすぐに見つかるはずだが、ゼノ艦長から脳内通信で釘を刺されている。
『まさかとは思うが瀬戸、一人で傭兵所に行こうとはしてないよな……』
(……)
『知らない町でいきなり土地勘があるのは不自然だと思わんか?』
(……)
『俺は慎重に行けと言ったよな?』
(………)
『おとなしく案内を頼め』
(…了解…)
「……ああ、わかった。案内をお願いできるかな」
引きつった笑顔で青年に声をかける。
「おう。任された。俺はロイ。あんたは?」
「瀬戸だ」
「セトだな。じゃついてきな」
詰め所で名前を教えてしまった以上、ここで偽名を使う意味もなく、瀬戸は素直に答えロイについて歩き出した。
瀬戸が歩き出すと、町の中は先ほどまでの混乱が嘘のように復旧へ向けた活気に満ちていた。避難していた住民たちが荷をほどき、破損した壁の補修に追われている。ロイの案内で路地を進んでいくと、住民たちが次々とロイに声をかけてくる。
「よお、ロイ! 仕事サボりか?」
「城門はどうしたんだい、このお人好しめ!」
皆、ロイに対しどこか親しみを込めた優しさを見せている。ロイが「俺たちを助けてくれた恩人の道案内だよ」と瀬戸を紹介するたびに、今度は瀬戸が感謝の嵐に巻き込まれた。
「兄ちゃんが助けてくれたのか! ありがとうよ!」
「あんたのおかげで、ウチの孫が無事なんだ!」
次々と差し出される感謝の言葉。気恥ずかしさで瀬戸は顔を真っ赤にする。
(おいディアーナ、さっきからおとなしいけどどうしたんだ? 助けてくれ)
[ディアーナ:只今データ処理中です]
いつものディアーナらしくない様子に、瀬戸は首を傾げる。
(まさか……サンプル採集とかデータ収集してないよな……)
[ディアーナ:そのようなことはありません]
返答が食い気味だ。ますます様子が変だ。
(お前、段々と人間臭くなってないか?)
[ディアーナ:……そのようなことはありません]
『そうだよ。ディちゃんは完璧なAIだよ。学習で常に進化していくんだよ』
(そうなのか)
『そうにきまってんじゃん。セト頭固いな……あっ、ディちゃん。データ収集ありがとう』
データ解析を完了したミアが、AIに礼を言う。
(お前のせいか)
[ディアーナ:いいえ、ミアのせいではありません。自己学習の為の社会心理データの収集です。……それによると、あなたはとても愛されているようですよ]
(AIの分際で皮肉を言うな!)
何とか押し寄せる民衆の輪を抜け、ようやく目的の建物にたどり着いた。パッと見は普通の飲食店のような質素な店構えだ。通りも狭く、案内がなければ到底見つけられなかっただろう。
ロイの先導で建物に入ると、中は意外にも広く、奥のカウンターには数名の男が座り込んで書類を整理していた。まるで銀行のような雰囲気だ。ロイが声をかけると、一番奥に座っていた男がゆっくりと頭を上げた。ロイと目鼻立ちが似ている。
「ロイか? ……珍しいな、門番がここまで来るなんて」
「兄貴、隊長の命令でここに案内したんだ。さっきの防衛戦でさ。この人が俺たちを助けてくれたんだ。」
ロイが事のあらましを説明すると、男は驚いた表情で立ち上がり、瀬戸に向かって深く頭を下げた。
「なに! そうか! ……ありがとう。あんたのおかげだ。妹を失わずに済んだのは……本当に感謝する」
「なに、気にすんな……妹……?」
瀬戸の表情は一瞬で固まる。そのまま隣に立っていたロイを見た。
(……妹? ロイって……男だろ?)
ロイは自分を見てくる瀬戸を不思議そうに見つめる。
「……ああ、そうだよ。俺は兄貴の妹だぜ。全然似てないだろ」
瀬戸は、今日一番の驚愕に目を見開いた。蛇の変異種がワニであると聞いた時よりも、はるかに衝撃的だった。
「……へ?」
瀬戸の口から間の抜けた声が漏れる。ロイ――いや、彼女は、ケラケラと笑いながら瀬戸をからかうように見ていた。




