静寂の代償、深淵からの遺物
戦場を焼き尽くした白光が、ゆっくりと収束していく。 視界を覆っていた白銀の膜が剥がれ落ちると、そこにはかつて激戦が繰り広げられた痕跡すら残らない、広大な更地が広がっていた。
瀬戸は、まだ熱を帯びた空気を吸い込みながら、眼前にいるはずのない敵の残滓を冷徹に見据えていた。
「ふぅ……」
長く、深い溜息を吐き出した瞬間、瀬戸の肩から力が抜けた。
「あー……疲れた。マジで死ぬかと思ったぞ。終わった途端、喉が渇いてしょうがねぇ……ビール飲みてぇなぁ」
独りごちた瀬戸は、膝から崩れるようにその場に座り込んだ。宇宙服がカシャリと音を立てる。
[ディアーナ:周囲の生命反応をスキャン中……異常なし。変異種の全個体、消滅を確認しました]
「お疲れ。助かったよ」
[ディアーナ:瀬戸、生命活動のモニタリングを終了します。ナノマシンの出力も安定値へ移行]
その時、脳内にエマの少し呆れたような声が響いた。
『お疲れ様。紬、勝手に負荷かけすぎ。もう少し丁寧に動いてくれないと、こっちの処理も大変なんだからね!』
「悪い、エマ。あそこで出し惜しみしてたら、今頃俺が灰になってたよ」
『分かってる。全く、無茶ばっかり。……ナノマシンのコントロール権限、全数返還するね。ちゃんとセルフチェックしてね?』
エマの小言は鋭いが、その裏にある安堵の響きを瀬戸は聞き逃さなかった。瀬戸は空を見上げ、深く息を吐き出す。生きているという実感が、じわりと胸に広がった。
『せともお姉ちゃんも お疲れ様!ねえ、落ち着いたし一緒に戦場のデータの総ざらいと、変異種のサンプル収集を開始しよ!』
『ミア、少し落ち着け。だが、そうだな、今回の戦闘記録は今後の最重要機密だ。確実に残せ』
[ディアーナ:ミア、散布用ナノマシンの生成を完了しました。瀬戸、当該エリアへの広範囲散布をお願いします]
「了解。……まったく、戦い終わってすぐこれかよ」
瀬戸は苦笑しながら、右手から燐光を放つナノマシンを霧のように戦場へ撒き散らした。銀色の粒子が更地となった地面を覆い、異星物質の微細な痕跡を回収していく。
ゼノの冷徹な声が通信に割り込んできた。
「艦長。言いたいことは分かるよ。派手にやりすぎたってことだろ?」
『自覚があるならいい。……今のお前の姿は、この世界の住人から見れば「神」か「悪魔」、あるいは空想の騎士にしか見えん。純白の宇宙服にビームサーベル……あまりに浮いている』
「否定はしないよ。これからはもっと慎重に動けってことか」
『そうだな。ナノマシンの自己改変能力を利用しろ。この世界、この文明レベルに溶け込める外見と武器……必要に応じて「迷彩」を構築できるように調整する。エマ、ミア、設計案を早急にまとめろ』
『了解! 紬、新しい服作ってあげるから楽しみにしててね!』
『ミアもかっこいい剣とか作っちゃうよ!』
瀬戸は、エマたちの前向きなやり取りに肩をすくめる。
「まあ、今はひとまず……勝てたことを喜ばせてくれよ。生きて帰る、それが一番の任務だろ?」
『そうですね』
顔が見えないが、エマが微笑んでいるのが声だけで伝わってきた。
『あっ、解析結果が出てきたよ。ディちゃん、表示して』
[ディアーナ:了解、解析結果を表示します]
瀬戸のインターフェイスには、戦場で得た情報の解析結果が呪文のように羅列される。
『まずね、4つ足の変異種』
ゴブリンたちが跨っていたナルムクツェという変異種のデータが、最上段に表示される。
『ゴブリンの変異前はタコ?みたいな生き物だったけど、これも似たような感じ』
「似たような感じ?」
『うん、10本の触手があって頭が尖ってるの』
イカか。どうやら海の生き物が仲良く現地人を襲っていたようである。瀬戸が眉をひそめていると、エマの声が少しトーンを落とした。
『あとは……現地人のDNAがかなり回収できていますね』
その言葉に、瀬戸は戦場を見渡した。逃げ遅れた者、あるいは最前線で散った者たち。助けられなかった命の重さが、更地となった荒野に突き刺さるような気配を感じた
。
[ディアーナ:人間のDNAが基本ですが異星物により書き換えられたと思われる遺伝子配列を確認しています。イヌ科、ネコ科、クマ科、イタチ科等、データベースに保管されている動物の遺伝子情報に近いものもかなりあります
]
ディアーナが淡々と現地人のデータ解析の報告をしていく。その淡々とした事実の羅列が、異星物の異常さを浮き彫りにしていた。
「……バルトやその近くにいた騎士や魔導士は見た目は人間だったが、その人たちもやはりDNAが書き換えられているのか?」
約束を交わしたあの人物も、実は自分とは違う何かだったのか。そう考えると、瀬戸の胸に言いようのない冷たい感覚が去来した。
その時だった。
[ディアーナ:警告。……反応を検知。巨大個体が存在した座標付近、高密度の異星物質反応を確認]
戦闘態勢へと移行し、右手にビームサーベルを形成する。しかし、周囲をいくら索敵しても、それらしい敵影はない。
「ディアーナ、生き残りか?」
[ディアーナ:いえ、反応はありますが……]
警戒しつつ、瀬戸は光の残影が漂う中心部へと歩み寄った。そこには、ただ黒ずんだ地面が広がっているだけに見えた。
[ディアーナ:反応はこの下からです]
瓦礫の山をどかしたその下には――。
「……なんだ、これは」
そこには、奇妙な木製の二対の猿の置物が転がっていた。 精巧とは言い難いが、どこか不気味な形相をしている。見た目には何ら変哲もない、ただの玩具のようなものだ。しかし、ディアーナの解析によれば、この置物こそが異星物質の震源地だった。
「これか……ゴブリンどもを狂暴化させていたのは」
『紬、絶対に素手で触らないで! それ、異星物質が結晶化して固定されてる。下手に触れば何が起きるか分からないわ!』
エマの警告に、瀬戸はナノマシンを霧のように放ち、置物を包み込むようにして密閉した。
「……あぶないな。こんなものが、こんな場所にあるなんて」
不穏な静けさを漂わせる置物を、瀬戸はナノマシンの保護膜越しに慎重に拾い上げた。
「……とりあえずここから離れる。」
更地と化した戦場に、瀬戸の背中だけが小さく残る。深淵の支配者が遺した不吉な遺物を手に、白銀の騎士は、戦場を去るのだった。




