閃光の果て、決戦の終焉
「Gyaooooooo!」
戦場を支配する禍々しい咆哮が、大気を震わせる。それは単なる威嚇ではなく、空間そのものを汚染するような、粘り気のある重低音だった。鼓膜を破らんとばかりに響くその叫びは、戦場に巣食う全ての変異種たちを狂わせ、一斉に逆上させる。
瀬戸は、その咆哮を正面から受け止めながら、泥を蹴って加速した。大地が悲鳴を上げ、砕け散った土塊が後方へ吹き飛ぶ。限界を超えて駆動するナノマシンが、瀬戸の肉体から高い金属音を上げて鳴り響いていた。彼が駆けるたび、白銀の燐光が尾を引き、荒野を切り裂く。それは夜闇を切り裂く一筋の流星のように、あるいはキャンバスに刻まれる銀の刃のように、無慈悲な速さで突き進んでいく。
遥か上空の軌道ステーションでは、冷静に指揮官ゼノがホログラムの戦場データを掌握していた。
「瀬戸、これよりプロセスに移行する。ナノマシンの制御権の一部をエマへ委譲しろ。安全ロックを解除する」
『了解、艦長。……頼む、エマ!』
瀬戸の声に応え、エマが即座にリンクを繋ぐ。
「任せて! 紬の全ナノマシン、シンクロ率上昇……リミッター解除! 一部のコントロール権の譲渡を確認!」
[ディアーナ:戦術支援プログラム起動。ミア、周辺索敵の精度を最大へ。王国勢の避難ルートを再計算します]
「ディちゃん、オッケー! ……周辺の変異種、全部の位置をロックしたよ。王国の人たちを絶対に巻き込まずに、ピンポイントな射線も確定!」
準備は整った。だが、問題は敵の「回復能力」だ。
瀬戸が眼前の巨大ゴブリンに向けて跳躍する。重力を置き去りにするような跳躍で死角へ回り込み、空中で身体を鋭く捻って、ビームサーベルを逆手に持ち替えた。白銀の軌跡を描いて敵の巨躯の脇腹を深く切り裂く。高熱のプラズマが皮膚を焼き切り、肉を両断する。確かな手応えがあった。
しかし、その傷口は、瀬戸自身が有するナノマシンの自己修復能力と酷似した速度で、瞬時に閉じていく。どす黒い異星物質がうごめき、断面を接合するその光景に、瀬戸は舌打ちをした。
「……化物め。再生能力までもってるのかよ」
ゴブリンは痛覚を無視したかのように、巨大な拳を振り下ろす。拳が地面を叩き、衝撃波が瀬戸を吹き飛ばしかけるが、瀬戸はナノマシンを足裏に集中させ、強引に大地をグリップして踏みとどまった。その直後、周囲から他のゴブリンやナルムクツェが波のように押し寄せる。
「どけッ!」
瀬戸はビームガンを連射し、遮二無二道を切り開く。ビームがナルムクツェの眼球を撃ち抜き、青い火花を散らして爆散させる。だが、隙を突こうとする別の個体が背後から飛びかかる。瀬戸は振り返りもせず、肘打ちでその頭蓋を砕き、勢いそのままにサーベルで胴を薙ぎ払う。
しかし、巨大ゴブリンは執拗に瀬戸を追い、大地を隆起させる。地面に手を突き立てると、巨大な地盤そのものがせり上がり、鋭利な岩の刃となって瀬戸に向けて投げつけられた。
瀬戸は宙を舞い、飛来する瓦礫を蹴り足場にしてさらに加速する。空中で空を切る岩の破片を回避し、回転しながらビームガンを撃ち込み、再度、巨大ゴブリンの懐へと飛び込む。回避、接近、そして攻撃。一進一退の攻防が続く中、瀬戸は己のナノマシンの限界を超えた出力を引き出し続け、全身から白銀の蒸気を噴き上げていた。
『準備完了。ミア、そっちは?』
エマの声が脳内に響く。
『ミアも全座標特定完了だよ! ここだ……この位置なら、王国の人たちを巻き込まずに一撃で消し飛ばせる! ディちゃん、誘導をお願い!』
[ディアーナ:了解しました。瀬戸、目標座標へターゲットを誘導してください]
瀬戸は即座に戦術を切り替えた。あえて防戦一方の素振りを見せ、巨大ゴブリンを誘導する。苛立ったのか、巨大ゴブリンはさらに咆哮を上げ、瀬戸を追って指定の座標へと踏み込んだ。
「……今だ!」
瀬戸がその場でビームガンを構えると、体内に宿るナノマシンが連動し、右腕から銀の流体金属が噴き出した。それはビームガンの砲身を飲み込むように覆い、白銀のしかし重厚な長砲身のプラズマキャノンへと変貌する。
砲身の内部では、過剰に圧縮されたプラズマが暴風のように駆け巡り、凄まじい光を放っていた。そのあまりのエネルギー密度に、周囲の空間が歪む。異常な光の渦に、巨大ゴブリンすらも恐怖を覚えたのか、その動きを一瞬止めた。
「全エネルギー、砲身に集中! 出力限界突破!」
エマの叫びとともに、プラズマの輝きが極限まで高まる。
巨大ゴブリンは恐怖を押し殺すようにして、やけくそ気味に瀬戸へと突進してきた。その眼に映るのは、自らの破滅を予感させるまばゆい白銀の光。
「……食らえ!」
瀬戸が引き金を引いた瞬間、戦場の闇を塗り替えるほどの大閃光が解き放たれた。
圧縮されたプラズマが直線となって突き抜け、戦場を支配していた深い夜の闇を、昼間のような白銀の光で完全に包み込む。それはただの破壊光線ではない。ナノマシンが敵の細胞構造を読み解き、分子レベルで分解する消滅の閃光だった。
巨大な影は断末魔すら上げる暇もなく、光の中に溶け、消えていく。その光の奔流は、周囲の変異種たちをも巻き込み、エイセフォール王国の空を照らし出すほどの輝きとなって、夜の帳を焼き払った。
瀬戸の腕から、砲身を形成していたナノマシンが霧散し、静寂が戦場に訪れる。深淵の支配者がいた場所には、ただ光の残影だけが焼き付いていた。




