戦場の英雄と、約束の美酒
視界の端、網膜に直接投影されるインターフェイスには、地獄のような戦況データが絶え間なく更新されていた。
ディアーナとミアによる共同分析によれば、戦況は「絶望的」という一言に集約される。だが、数値が示唆する崩壊へのカウントダウンが早まれば早まるほど、瀬戸の走る足には力が入った。
森を抜け、目に飛び込んできた光景は、まさに危機的状況そのものだった。巨大な四足獣ナルムクツェに跨ったゴブリンたちが、女騎士と、彼女を庇うように盾を構える魔導師の女性を包囲している。絶体絶命の瞬間、瀬戸は反射的に腰のビームガンを抜き放ち、トリガーを絞った。
――ズドンッ!
鋭い電子音と共に放たれたプラズマ弾が、女騎士の目前に迫ったゴブリンの頭部を正確に粉砕する。瀬戸はそのまま滑り込むようにして、二人の女性とゴブリンの大群の間に割って入った。
「ブラック企業も真っ青な仕事量だな。……ったく、こちとら2000年寝てたんだぞ」
こぼれたぼやきに、即座にミアの軽快なツッコミが通信に入る。
『せと! ブラック企業って何? データがないよ! でも今の台詞、完全に疲れきったゼノ艦長みたいだよ!』
[ディアーナ:精神状態の安定化を試みてみますか?……適度な緊張感は必要ですよ]
ディアーナの冷静ながらも、どこか呆れたような苦言が続く。瀬戸は苦笑を浮かべつつ、自身の内なるナノマシンに再び命じるように、拳を強く握りしめた。
「……さあ、業務開始だ」
全身から青白いプラズマが噴出し、宇宙服が白銀の輝きを帯びる。瀬戸は輝きを纏うのを待たずして、既に初速の限界を超えていた。ビームサーベルが空気を引き裂く。薙ぎ払うたび、硬い甲冑を纏ったゴブリンが紙屑のように吹き飛ぶ。
『戦況解析完了、敵の配置をマッピングします! 紬、左斜め前方から回り込み!』
エマの指示が的確に脳内に響き、ミアが敵の脆弱な装甲パターンをリアルタイムで解析し、ディアーナが索敵で敵の増援の動きを封じる。完璧な連携。背中を預ける仲間がいる――その確信が、瀬戸の迷いを完全に消し去った。
「……さてと。この分なら、残業代はきっちり弾んでもらうからな」
冗談を吐き捨てながら、瀬戸は敵の中央を蹂躙し続ける。その圧倒的な光景に、戦場全体の空気が変わっていく。しかし、ミアが鋭い警鐘を鳴らした。
『せと! 気をつけて! 戦場の大気中の異星物質が、ゴブリンたちの背後で異常に濃縮されてる! 何かが出てくるよ!』
その発生源はゴブリンたちの背後の深淵。この戦場の混乱を操っている元凶と思われた。ゼノ艦長の通信が、冷徹な響きで瀬戸の判断を促す。
『目標を特定した。その発生元を叩けば、この戦況を一変させられる可能性がある。ディアーナ、瀬戸へナビゲーションを!』
瀬戸は、背後の女騎士へと振り返る。彼女たちは泥だらけで、それでも気丈に剣を構え直していた。瀬戸は一瞬足を止め、近くで体勢を立て直していた一人の騎士――バルトへと声をかけた。
「おい、あんた。この戦場を操っているかもしれない元凶を叩きに行く。あんたたちは早く避難しろ。巻き添えを食らうぞ!」
バルトは一瞬、瀬戸の神聖な姿に息を呑んだが、すぐに迷いのない眼差しで頷いた。瀬戸が再び戦場の奥深く、敵の本隊へ向かって走り出した時、バルトがその背中に向かって大声で叫んだ。
「わかった! 恩人殿!」
瀬戸が振り返ると、バルトは血の混じった笑みを浮かべていた。
「我が名はバルト・セルシュ! 王国第3親衛隊隊長だ! ……この戦が終わったら、王国まで来てくれ。この命を救ってくれた恩人に、最高の酒を御馳走しよう!」
瀬戸は、あまりのことに一瞬きょとんとした後、思わず吹き出した。
「あんた、変わってんな。どこの誰だかわからないやつに、酒をおごるなんて……」
バルトは力強く胸を叩いた。
「どこの誰かではない、命の恩人にだ! ……それに、酒を酌み交わせば、それはどこの誰かではなくなる。俺たちは『飲み友達』だ!」
その言葉が、瀬戸の胸に深く刺さった。2000年という時の隔絶、異世界の戦場、理解しがたい怪物たち。そんな殺伐とした世界で、今、彼は「未来の友人」を得たような気がした。
(ああ、そうか。エマやミアたちが守りたいのは、こういう人たちなんだな)
バルトという人間を、そして彼らが命を賭けて守ろうとしているエイセフォール王国の人々を、絶対に守り抜く。その思いが、瀬戸のナノマシンの出力を、先ほどまでとは別次元の領域へと引き上げた。
「……瀬戸だ」
不謹慎に口から笑みがこぼれ、自分の名を名乗った。
「ぬ?」
バルトは何を言われたかわからないようだ。瀬戸は向かってくるゴブリンにビームガンを放ちながら、バルトへ続けて言う。
「瀬戸。名前だ。飲み友になるなら名乗ってなきゃな」
今度はバルトが笑い出した。
「そうか、そうか。セト殿か。いい飲み友になりそうだ。約束忘れるなよ?」
「……おう、約束だ。お互い死ぬなよ、隊長殿!」
瀬戸は白銀の流星となって、戦場の中心へと突撃した。その背中は、もう単なる「運び屋」のものではない。エイセフォール王国を守るべく、嵐の中へ飛び込む真の英雄のそれだった。




