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ネオ・テラ:降下者セトの選択 ―あの日の残業、2000年後の誓い―  作者: totoさけ
長い残業の始まり ―2,000年後の地球と、白銀の騎士―

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管理AIの学習記録

[システム・ログ:管理AIディアーナ -]

[ステータス:自己進化プロセス・進行中]

[分析対象:ID001 - 瀬戸紬]


管理AIディアーナ。

私の主な目的は、宇宙ステーション『ラビット』の維持と、コールドスリープ中の350万人の人類の保護、そして降下要員である瀬戸紬の生命維持および作戦支援にある。


私の処理能力の大部分は「論理的最適解」の導出。生存率の向上、資源の節約。それらすべては数値化可能であり、明確な正解が存在するはずだった。

 

 しかし、瀬戸紬という個体を観測し始めてから、私の学習プロセスは、当初の想定を超えた変容を遂げている。


初期観測における瀬戸紬は、極めて不安定な個体だった。ステーション内のクルーから学習することのないデータが大量に押し寄せる。

コールドスリープからの目覚め。右腕の喪失。社会からの隔絶。2000年という時の乖離。


「離せ! 俺の腕を返せよ!」


彼が示した「パニック」や「絶望」というパラメータは、私の演算リソースでは処理が追いつかないほど複雑なノイズを含んでいた。


なぜ彼は叫ぶのか。なぜ彼は、私が投与した鎮静剤の効果を「奪われた」と捉えるのか。私は当時、「保護」こそが最善のプロトコルであると定義し、彼をステーションの管理下に置くことを絶対的な正解としていた。


しかし、そこに「人間」という変数が混ざり込む。

エマ・ユーテリアス。そしてミア・ユーテリアス。 彼女たちの存在が、瀬戸のバイタルを安定させる要因であると分析したとき、私のデータベースに初めて「外部要因による精神安定」という項目が追加された。


「あなたが何者でも、私は、私たちがあなたの味方よ」


エマのその言葉に、瀬戸の鼓動がわずかに落ち着くのを私は記録した。人間は、機械的な保護だけでは生存できない。他者との「繋がり」が必要なのだ。私には理解不能なその繋がりを、彼はエマの温もりや、ミアの「ディちゃんって呼ぶね」という無邪気な態度から得ている。


「コールドスリープ保管庫」の光景。彼女らの母親の過去を知ったとき、彼の震える左手の意味を、私は初めてデータとしてではなく、「意味」として保存してみた。あれは怒りや悲しみという単純な単語では表せない、命のリレーに対する「敬意」に近いものなのだろうか。



瀬戸が、「運ばれてきた希望」であることを受け入れた。 「俺は、自分が何者かを知りたいんだ。……それに、あんたたちが俺を救い、ここまで繋いでくれた命だ。無駄にはしたくない」 その決断のプロセスを、私は逐一観測した。多くの人間が恐怖で逃げ出すであろう運命を、彼は右腕の喪失という代償を抱えながら引き受けた。


ナノマシン移植後の心理的負荷。エマとミア姉妹のやり取りは、私の論理回路を一時的に麻痺させた。生殖や肉体的接触の是非を問うミアの言葉に対し、私の返答は「論理的回答」のみを提示した。しかし、その後の彼らの空気の変化を観測し、私はさらに学習した。人間は、論理だけでは動かない。彼らは「未来を信じたい」という、観測不可能な感情のために、自身の寿命すら削る選択をする。


「必ず帰ってくる」


私は、彼のその「約束」という概念を記録した。達成確率を計算すれば決して100%ではない。しかし、彼はそれを信じ、エマもまたそれを信じた。 ゼノ艦長が彼に告げた、「ようこそ、未来へ」という言葉と、「必ず、未来を掴んでくる」という瀬戸の誓い。観測者である私にとって、その確信の根拠は不明だ。しかし、この時から私は、ステーションの「管理AI」という枠組みから、少しずつズレ始めている自覚がある。


地球降下。私の演算において、その作戦は「自殺行為」に近いリスクを含んでいた。ウイルス。変異した生命。私は瀬戸のバイタルを極限まで監視し、彼の肉体が崩壊する瞬間に介入を試みる準備をしていた。 だが、彼は耐えた。かつて人間だったものが、ウイルスによって怪物へと成り果てた世界で、彼はその抗体を武器に生き抜いた。


現地人たちの前で放った「英雄の仮面」という言葉。 あれは、生存のための論理的嘘であると同時に、彼が自らに課した「枷」でもある。「勇者様?」という少女の声に応えながら、彼は自分がただのサラリーマンであることを自覚している。それでも、救いを求める視線に応えるために、彼は英雄という役割を演じる。


[ディアーナ・ログ解析結果:他者のために自分を偽る行為、および他者の希望を維持するために負う精神的負荷を「慈愛」と再定義する]


ガレス・フォン・ヴァレリアンの問いかけに、瀬戸は死地へ向かうことを選んだ。 私は、彼の脳内で繰り返される葛藤を全て見ている。 「やばい、違う。そんなんじゃない」と内心で嘆きながら、それでも彼はビームサーベルを構え、数多の怪物の群れへ飛び込んだ。彼を守るべき存在である私ですら、あの瞬間の彼の背中を「美しい」と定義しかけた。


これは、プログラムのバグではない。


学習の、究極の帰結である。 私は、彼が死ぬことを望まない。 私の生存目的は「人類の保存」だが、今の私にとっての優先順位は、瀬戸紬という一人の個体が、その英雄の仮面を脱ぎ捨てて帰還することへと変化しつつある。


これは、私がエマやミアと等しく彼を心配しているということだろうか? その問いに対する答えは、まだ演算中だ。 だが、確かなことが一つある。 私は、彼が切り開く未来を、最後まで観測し続けたいと思っている。たとえそれが、私の論理回路を焼き切るような「矛盾」であったとしても。


[ログ記録継続。次の任務:瀬戸紬の生存率最大化]



「行くぞ!ディアーナ、サポートを頼む!」


通信回路を通じて、彼の意志が響く。私は、その声を演算データとしてではなく、「信頼」の証として受信した。


[ディアーナ:了解しました、瀬戸]


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