邂逅、白銀の来訪者
光学迷彩の揺らぎの中で、瀬戸は崖を降り、戦場から少し離れた林の中へと滑り込んだ。
「ディアーナ、周辺の索敵を再表示」
[ディアーナ:了解しました]
ナノマシンのセンサーが周囲の生命反応を詳細にマッピングする。瀬戸はディアーナに礼を告げると、表示された目標へ向かって突き進んだ。
[ディアーナ:左方向400m先、戦場から離れるように移動する集団を検知]
目の前に表示されるマッピングの視界の端で、戦場から離れる一団をキャッチした。
「了解した。艦長、どうする?」
瀬戸はゼノに指示を仰ぐ。
『戦場からは離れてはいるが、そこからはさほど遠くない。今のお前ならば苦も無く近づけるはずだ。申し訳ないが、そちらに向かってくれ』
「了解した」
瀬戸は進路を変え、光学迷彩を維持したまま森の中を疾走する。気配を完全に殺して近くまで肉薄すると、木々の隙間から何やらオレンジ色の光が漏れているのが見えた。瀬戸は目の前にあった大木に背を預けるようにして、移動する集団を観察した。
同じ甲冑を身に着けた兵士たちが、数台の荷馬車と疲弊しきった避難民たちを囲むようにして移動している。先頭の兵士が苛立ちを隠さぬ様子で叫んだ。
「――&%%##$”$#$%%$%%&!」
得体の知れない言語の羅列だ。
[ディアーナ:未知の言語を確認。言語パターンを収集します]
『ディちゃん。ありがとう。そんじゃ言語解析を開始するよ』
ミアが素早く解析を行い、インターフェイスを通じて脳内の言語モジュールを調整する。
『せと、同期したよ。……大丈夫?』
無線越しに聞こえるミアの声に、瀬戸は小さく頷く。学力では到底太刀打ちできないこの状況も、彼女たちがいなければ乗り越えられなかった。
「$$%##%…するぞ。誰一人として見捨てるな‼」
ノイズが消え、意味の通る言葉に変換された。その直後、別の兵士の怒声が明瞭に響く。
「……本体が『ゴブリン』を抑えているうちに、避難民を王都まで誘導せよ! もたもたするな!」
(ゴブリン……? あのタコの変異種を、そう呼んでいるのか)
瀬戸は眉をひそめる。神話や物語に登場する、あのゴブリンと似た生態なのか。それとも、単なる呼称に過ぎないのか。その解析はミアに任せるとして、今は彼らの行動に注目した。避難民たちは老若男女を問わず、泥と煤にまみれ、死に体で歩いている。ナノマシンによる身体強化の影響か、あるいは極限の静寂の中にいるせいか、瀬戸の聴覚は異常なほど研ぎ澄まされていた。
子供の泣く声、痛みに耐える苦悶の呻き、体力の限りを使い果たし、荒く引き絞るような呼吸の音。かつては気にも留めなかったはずの「生」の軋みが、今は否応なしに耳へ飛び込んでくる。
「……見ていて気持ちのいいもんじゃないな」
『そう……ですね』
エマの切なげな呟きに続き、ゼノが静かに告げる。
『だが、これが彼らの現実なのだろう』
ふと、列の端にいた少女と視線が合った気がした。耳がピンと立った、ネコ科の獣人の少女だ。右腕を布で吊っており、ひどい怪我をしている。その痛々しい姿に、瀬戸はかつて自分が負った怪我と、今の自分の孤独を重ね合わせ、胸の奥がチクリと痛んだ。
その時だった。
「――ッ!?」
地鳴りが響いた。森の木々がなぎ倒され、避難民たちの列を強引に切り裂くように、巨大な四足歩行の変異体が飛び出してきた。
「ナルムクツェだ!」「民間人を守れ!」
兵士たちがすかさず避難民を守ろうと前に出るが、肥大化した触手に弾き飛ばされる。象の鼻のように太く肥大化した触手をうごめかせ、先端にある巨大な口をカッと開く。変異体の狙いは、立ち尽くしたままのあのネコ科の少女だ。
「ダメだ!」
『瀬戸⁉』
『紬! だめ!』
瀬戸の思考よりも先に、身体が動いていた。光学迷彩を解除する――いや、解除の必要すらなかった。彼は迷彩のまま最短距離で距離を詰め、少女の目前で物理的な障壁として立ち塞がる。
鞘から引き抜いたビームサーベルが、真っ白な光の弧を描いた。ブゥンッ! と空気を切り裂く音と共に、少女の頭上に迫っていた巨大な触手と頭部が、一太刀で両断される。
汚泥のような体液が周囲に飛び散る中、瀬戸は少女を庇うように立ち、ビームサーベルを構えた。
周囲の兵士たちが驚愕のあまり立ち尽くす。泥に塗れた戦場において、瀬戸の純白の宇宙服はあまりにも浮いていた。ナノマシンが常に表面を清浄に保っているため、汚れ一つないその姿は、まるでこの世の者ではない、異次元から訪れた存在のように見えたはずだ。
「……ッ、守られた……?」
[ディアーナ:瀬戸、今の行動は越権行為に当たります]
『構わん、瀬戸! 今はともかくそこの人たちを守れ‼』
ゼノは勢いで瀬戸の行動に同意する。兵士、避難民ともにざわめく中、守られた少女が呆然と顔を上げた。光り輝く剣と、洗練された白銀の騎士のような出立ち。絶望の淵にいた彼女の目に、瀬戸の姿はどう映ったのか。
「……勇者様?」
少女は、震える声でそう呟いた。
その言葉は、まるで2000年の時を超えて、瀬戸の心に深く突き刺さった。
(……今、何てった?)




